接客マナーは心の礎 (おもてなしの心)  人と向き合う-活動

接客マナーは心の礎 (おもてなしの心) 

人を想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは人との「和」「おもてなし」の『心』です。
2017新タイトル

サービス業やおもてなしに関わる方,コミュニケーション,対人関係などの心と技に関連することを載せてます

ハート無題1s #思いやり ってどんなこと? ハート無題1s


当ブログに御訪問戴き、誠に有り難うございます。

書き始めて10年目に入り、人との和,思いやりの投稿を選び心の礎“和”と“思いやり”を開設しました。

≪お知らせ≫

当ブログは,読者の皆さんが記事を見付け易いよう,記事の右にあるカテゴリーに記事を別け整理しました。




認められる人?

お薦め度【★★★★】全業種、業態用

 心の礎認める和紙  思いやりと認める

 現代社会は、Facebook・Twitter・LineなどのS.N.Sツールが氾濫している社会です。
 その元となると思われるのは個々人が自分の存在を「認められる・認められたい
 といった承認欲求に依るのではないか、と私見ながら捉えています。
 K.S(既読スルー)だったり、「いいね」が押されない理由で犯罪者も出ています。

 人間は誰でも認めてもらいたいという承認欲求を持っていますが
 個の社会環境になった今の時代、更に強くなったように思えてなりません。

 さて、貴方は「認める」ことをどんな風に受け止めていますか?
 現在までの実体験から「認められる人」はどんな人なのか?を記しました。

 貴方は、有る=〇印がいくつありますか?
 ※自分自身を振りかえる為にもお使い頂けまると思います。


 採点)有=〇/無=✖/何方ともいえない=★
「認められる人」のタイプ横

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    認め合う活動-人間としての義務責任

    お薦め度【★★★★】全業種、業態用 

    社会人・人として

    ※以下松下幸之助氏 「一日一話」 から引用

    我々お互いが、自ら進んで常識を豊かにして行くとか、仕事の力を更に高めて行くということは、
    勿論自分自身の為ではありますが、それは同時に、社会に対する一つの義務でもあると思います。

    例えば、我々の社会で、総ての人が一段ずつ進歩したとするならば、社会全体も一段向上します。
    ところが他の人が皆三段進歩したのに自分は一段も進歩しなければ、
    社会全体の平均の段数は三段上がらないことになります。

    自分ひとりのために全体の水準の向上が犠牲になるわけです。
    我々は、このような社会人としての義務感を確り認識し、日々努めなければならないと思います。
    ※以上引用終わり



    人としての節、大人として義務や応対や対応、社会人としての責任、報告、連絡、相談などは、
    総て相手を「認める(≒信認)」ことが原点であり人との和の「礎」です。
    また、「認められる」ことで自信が付きますし、逆に「認められない」と受け止めてしまうと、
    ネガティブな意識に成ったり、自己中心や反発したりする利己的な活動をしがちです。
    最近、私生活やビジネスでのメールには、相手に対する認めている意識が表れ易いのです。
    送って来たメールやメッセージを読まずスルーしたり、既読スルーしたりしたことが原因となり、
    大切な信頼を失い、いじめやハラスメント、犯罪の要因の一つなっている場合も見聞きします。
    もっとも簡単で疎かしてしまいがちな「認め合う」活動は人間関係の礎だと意識しておくことです。

    節】

    節」を弁えてこそ、初めて一人前の社会人と言われています。
    謙虚な心で(謙遜)、相手を尊び敬い、自らの行いを丁寧にすることを「」と言います。
    この「」を其の場、其の時に即して、状況に応じて(Т.P.О)
    自らが様々な回答、報告、連絡の行動が出来るように弁え、
    言葉や態度、行動に現し示すことを「節」と言います。
    子供と大人(成人)の違いは、この「節」と「義」が何たるかを知り、
    この礼節を備え、身に着ついているか、否か。であるとも言われています。
    しかし、最近の若手経営者の中には、人の心とも言える社会通念より自己判断を優先し、
    礼節(敬語・意思表示・報告・連絡など)を軽んじる人も少なくありません。

    [礼]
    ※礼とは、様々な行事の中で規定されている動作や言行、服装や道具などの総称。
    人間関係を円滑にすすめ社会秩序(儒家にとっては身分制階級秩序)を維持するための道徳的な規範をも意味します。
    「礼に始まり礼に終わる」は武道の基本とされます。

    ◎論語[顔淵第十二]

    『礼に非れば、視ること勿れ
    (解説)礼にかなっていなければ、それを見ようとするな。

    『礼に非れば、聴くこと勿れ
    (解説)礼にかなっていなければ、そんなものに耳を貸すな。

    礼に非れば、言うこと勿れ
    (解説)礼にかなっていなければ、そんなことに口を出すな。

    礼に非れば、動くこと勿れ
    (解説)礼にかなっていなければ、そんなことで行動するな。

    ※私見乍ら、人との繋がりが改めて見直されている情報世界の現在、
    「礼に非れば、認めること勿れ。」
    「礼に非れば、繋がること勿れ。」
    このような言葉も入れても良いのではないでしょうか。 


    この礼と切り離せないお辞儀は、相手への信認、相対する人を尊び敬う心、
    こう言った相手に対する「心」を表し、伝えるために行うものです。
    人は自らの心で、己の態度や言動を見つめることで自分自身の品位を築きそれを高めます。
    お辞儀などの「礼法」を自ら修めることは、「心法」とも言う自らの品位を高め、品格を育みます。

    義務

    人として行うべきこととした特定の個別的な行為や一般的な行為を意識すること言います。
    即ち、人に課し、人を拘束する、習俗、法律、特に道徳の規範を指しています。

    責任

    責任は、何らかの行為を行ったことだけについて適用されるのではなくて、
    行われるべきだったのに行われなかったことに対しても適用されます。


    この義務責任の意識を表すことであり、自他の安心と人との繋がりを重んじる言葉に
    「自分の発した言葉に責任を持つ」と言うことがあります。
    簡単な事例として 、即ち、何かを依頼主が依頼した人に対し、
    自分の発した言葉の重さを自覚しその内容をきちんと実施することです。
    敢えて言うなら、其の場凌ぎの言動を差し控えることです。
    この簡単が出来ず、大切な人や友人、人や社会から信頼を失うことがあります注意しましょう。



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      けじめの診断(公私の区別)

      お薦め度【★★★★】全業種、業態用

      けじめ診断

      診断項目

      【採点例】
      良く出来ている=◎.出来ている=〇.時々=△.最低限=◇.出来てない=▲.


      [ ]コンプライアンスや会社のルールをキチンと守っていますか?

      [ ]自分の感情的な判断(好き嫌い)で公私の区別を言行に表していませんか?

      [ ]勤務時、店舗内や社内で上司や仲間に公私の区別をつけて言動をしていますか?

      [ ]仕事中は公私の区別を弁えて、自分勝手な言動や感情をコントロールしていますか?

      [ ]服務規則や職場のルールを守っていますか?

      [ ]今は何をする時か(T.P.O)を弁えた言動をしていますか?

      [ ]お客様や大切な相手に、歩きながら挨拶していませんか?

      [ ]よそ見しながら応対していませんか?

      [ ]自分の置かれている状況、状態を知り、それに合わせた言動、態度をしていますか?

      [ ]話の内容に、必要なことと、不要ことをハッキリ区別して会話していますか?

      [ ]自分の権限を越えて判断、決断していませんか?

      [ ]自分の置かれている立場を認識し、相手を認めた上で言動していますか?

      [ ]言うべき時には、キチンと意見を述べていますか

      [ ]言うべきことは相手の立場を考えた上で言っていますか?

      [ ]行うべきことはキチンと行い、適切な報告をしていますか?

      [ ]「始め」と「終わり」のけじめをつける為の報告・連絡を実行していますか?

      [ ]良いことは良い、悪いことは悪いと態度と言動で示していますか?

      [ ]指示や命令を受けた際、出来ない時は出来ない、出来る時には出来ると自らの意思を明確に伝えていますか?

      [ ]お客様や大切な相手に、お喋りしながら、会釈やお辞儀をしていませんか?

      [ ]お客様や大切な相手に、手を動かしながら応対していませんか?

      [ ]お客様や大切な相手に、ものを書きながら応対していませんか?

      [ ]お客様や大切な相手に、パソコンを見ながら応対していませんか?

      [ ]お客様や大切な相手に、考え事をしながらお辞儀、応対していませんか?

      [ ]馴れ馴れしくせず、大切な相手、『お客様』と言う意識を持って接していますか?

      [ ]自分の言動が人に迷惑をかけているか、いないかを意識していますか?

      [ ]相手に合った適切な敬語や謙譲語を使っていますか?

      [ ]上司や同僚への挨拶の仕方に節度がありますか?

      [ ]職場や店舗で聞かれてもいない私的な話や相談をしていますか?

      [ ]その場に居ない仲間やお客様のことを話題にしていませんか?

      [ ]自分自身の心の表現に、公(おおやけ)のこととプライベートのことを区別していますか?


      診断は、個人・組織(店)に合わせて5W・1Hに当て嵌めてする方法もあります。



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        円滑な対人関係を創る15の「S」

        お薦め度【★★★★】全業種、業態用

        日々の生活で豊かな人間関係や大切な人を創るために、
        いつも意識しておくと良いと考えられる「S」の項目を選んでみました。
        勿論、おもてなしサービス業に関わる方には必須な項目ばかりです。


        人間関係の「S」虹


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          神対応と神応対

          お薦め度【★★★★】全業種、業態用

          神対応枠Q

          最近、心豊かな人達の「〇〇〇の神対応・・・」と言う言葉を耳にします。
          この「神対応」は、相対する人を思いやる心から自然に生まれ出る言行と考えます。
          この語は、独りの人が多くの人に対する場合を言い表します。
          主となる人が相対する人(個人・特定複数)への場合「神応対」と言い表すと考えます。
          これは、下記した応対対応の語彙に因るからです。

          ■「対応」一人称と「応対」二、三人称

          「対応」一人称と「応対」二人称

          応対」は、You・Your Stage ・二人称以上への意識
          個人または複数の相手(お客様)に対し、
          相手の立場や状況を察知し、受け答えや処置・行動をすることです。
          「電話応対」「応接室」、「応接間」とも言うように、触合う相手やお客様等々を気遣い、
          思いやる心を以って「おもてなし」をすることではないかと思われます。

          対応」は、My Stage ・ 一人称での意識
          相手やその人の置かれたの状況に対し、
          こちら側が主になり対処処置等々の言動、態度をすること。文字色
          この「対応」は、必要に応じて思いやりや謝意などの
          その場その時の状況に合わせたの表現をすることが必要です。

          このように「応対」が「対応」と異なるのは、
          接する相手(主に個人・特定の人々)を中心に思い考え、
          その相手に合わせた、態度、言動すると言うことです。

          おもてなしとも言える神対応の【】=『礎』(土台石)は、

             人を心から思い遣る「利他の心」思いやりです。


          参考記事
          応対と対応の知識
          立場転換


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            現在の承認欲求認める活動」

            お薦め度【★★★★】全業種、業態用

            認める活動&勇気和紙虹1

            豊かな環境で生活する現在の日本の少子高齢化社会に於いて、
            コンプライアンス(≒モラル)違反行為、孤立、いじめ、ハラスメント、
            事件や犯罪などを少しでも無くすため、個々人の心身り安心安全のためにも
            承認欲求】と言われる自他の対人関係になくてはならない様々な「認める活動」と、
            それを行うための「勇気」に目を向け、向き合う意識と力を身に付けなければなりません。

            さて、8年前の秋葉原事件、その犯人の逮捕後、「誰も俺を認めてくれない
            と言っていた一言は、幼年からの家庭環境に重なり、今も心に深く刻まれています。

            人の温もりとの触れ合いがスマホなどの拡散で少なくなったIТ社会の現在、
            「ひと」、「もの」などの様々な情報や自然災害時の情報収集など良いことも沢山あります。
            同時に、個々人が人や社会から「認められたい」との強い思いが心の中で増大し、
            やがて思い入れ(思い込み)となり、様々なツールでそれを周りの人に知られることなく
            一方的に発信し、それを受け入れられない(認めて貰えない)時には、ストーカーや
            先日あった女大学生傷害事件のような人として成してならない犯罪を引き起こします。
            個人優先の今の社会でスマホ依存の人達への弊害を認知させる対策が必要です。

            心の病と言われる、引きこもり、心の自立が出来ない人、コミュニケーションが苦手な人
            薬物依存、モラル違反、ストーカー行為、いじめ、ハラスメント、コンプライアンス違反
            その他、犯してはならない事件や犯罪は、まだまだ増えるのでないかと思えてなりません。

            どうして、行政機関は、表面上の対応や対策ばかりに目を向けるのでしょうか?
            その裏に隠れ、薄れつつある日本人のアイデンティティ、認める、思いやる心
            と言った心の病を起す原因、心の育成に目を向けようとしないのでしょうか?
            そのようなことの裏には、社会人基礎力にない人間の心の礎認める・思いやる心」の無関心、
            即効性や保身意識(←結果・成果の予測が難しい)を重んじているからと推測します。
            では、私達に何が出来るのか?
            私見乍ら、その答えは、「認める、認められたい」と言う承認欲求への取組みとそれをする勇気、
            その結果可能となる『仁』と言われる「思いやる心」の育成ではないかと考えられます。


            社会人基礎力-「12」(2006年経済産業省HPより転載)
            ●前に踏み出す力(アクション)
            1. 主体性
              物事に進んで取り組む力
            2. 働きかけ力
              他人に働きかけ巻き込む力
            3. 実行力
              目的を設定し確実に行動する力

            ●考え抜く力(シンキング)
            4. 課題発見力
              現状を分析し目的や課題を明らかにする力
            5. 計画力
              課題の解決に向けたプロセスを明らかにし準備する力
            6. 創造力
              新しい価値を生み出す力

            チームで働く力(チームワーク)
            7. 発信力
              自分の意見をわかりやすく伝える力
            8. 傾聴力
              相手の意見を丁寧に聴く力
            9. 柔軟性
              意見の違いや立場の違いを理解する力
            10. 情況把握力
              自分と周囲の人々や物事との関係性を理解する力
            11. 規律性  
              社会のルールや人との約束を守る力
            12. ストレスコントロール力
              ストレスの発生源に対応する力
            以上転載終わり。

            この12の項目総てに必要なのが【承認欲求】と言われる「認め、認められる」心です。
            皆さんは、
            ・「認め、認められる」ことと本気で向き合っていますか?
            ・向き合わない方は、どうして、承認欲求を満たすことをしないのですか?
            ・では、どんな形で認めたり、認められたりする【承認欲求】を表現しますか?


            ※【承認欲求】(Wikipediaより転載)
            承認欲求は承認されたい対象によって、おおむね2つのタイプに大別される。
            一つは他人から認められたいという欲求であり、もう一つは自分の存在が理想とする自己像と重なるか、
            或いはもっと単純に今の自分に満足しているか、という基準で自分自身を判断することである。
            前者を他者承認と呼び、後者を自己承認と呼ぶ。

            劣等感の強い人間や、情緒不安定な人間は自己承認が困難だったり、
            或いはその反対に過大な自己評価をしがちであることは、よく知られている事実である。
            また、思い込みが強い人間や被害妄想に囚われている人間の中には、
            幻想の他者を造り出してしまうために、自分が他者承認の問題であると思っていても、
            実際には自己承認の問題であるという錯誤がしばしば発生する。


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              不安を与え易い「一言」(電話&メール)

              お薦め度【★★★★】全業種、業態用

              忠言9-1

              ☎やmailで伝えた用件の重軽に関わらず、
              「折り返します」
              「後程」
              「改めてこちらから」
              と返事され、所要時間や日時を知らされないまま
              電話を切られることが多々あります。

              内容にもよりますが、聞く人は相手に『期待感』が生まれ
              色々な想像したり、想定します。

              ビジネスなら尚更です。
              そして、連絡が来ないと要らぬ心配や想像し、多少なり
              【不安感】を覚えているのです。

              こんなことからも、話す相手と自分の心の距離、相手の「思い」を窺い知れます。
              こういった些細なことも互いが「認め、思いやる」活動の一つです。

              例えば、信頼関係にある人に
              「何分後位に(何時に・いつ)、折り返します。」と言われたら安堵し、信頼も深まります。
              このことは、電話に限らず、会話時の対人関係力にも求められます。
              同様なことは、メールのレスにも言えることではないかと思います。

              レスが直ぐに返せない時、短く「〇〇時頃に」と、メールをくれた相手へ思い遣る心で
              短文でも伝えることによって、相手との安心感や気配りのキャッチボールになるだけでなく、
              信頼関係や愛情の構築にも結び付きます。
              場合によっては、折角頂いた御縁が途切れてしまうことにもなり兼ねませんので、
              「折り返す」のたった一言でも【自分の発した言葉に責任を持つ】ことは、
              相手を認める活動であり、自らの人望を高めることにもなります。

              また、ビジネスなどに於いて現況を知らせる【中間報告】をしないと
              相手に不安感与えたり、、要らぬ心配や気苦労などをさせてしまうことます。
              結果、組織としても、人としても折角築いた信望を失いかねません。


              信頼12


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                コミュニケーション-心の持ち方・捉え方

                お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                お互い様二分の一

                人には、色々な感情あり、その場その時の状況によって変化します。
                公私共に対人関係でポジティブな感情が生まれる例としては、
                自分の話したことで嬉しそうな笑顔を見せた時、
                感謝の言葉やその気持ちをもので頂いた時、
                自分の活動の成果や実績を周りの皆が認め、褒めて貰った時など、

                ネガティブな感情が生まれてしまうことでは、
                後で連絡すると言われて待っていても何の音沙汰も無い時、
                文書、メール、メッセージを送っても無視されたと感じ取った時、
                一度は目的が明確なアクションを起こされても次がない時、
                などと言った様々な言行や活動に拠って感情が変化します。

                良いことでは、コミュニケーションに役立ち信頼や愛が芽生え、
                悪いことでは縁が途切れ、憎まれたり、恨まれたりする場合、
                ハラスメントと言う形で表れ、噂話、批判や批評を受ける場合
                最悪の場合は犯罪に起因(誘因・動因)になることさえあります。

                このようなネガティブな感情が起きた時、
                相手に怒りを覚え、矛先を向けてしまう人、
                もう二度と話さない、会わない、と思い距離を置いたり別れたりする人
                「みんな私が悪いのよ」と考え自分を責める人
                「何故なのかなぁ」と疑問を持つ人
                「仕方がないか」と忘れようとする人
                など人それぞれです。

                そのような気持ちが起きた時、半分は自分のせいなのだろう☜「お互い様
                と受止めるようにすると比較的感情を修め易いと体験から学びました。

                今迄の社会生活で多くの人々との出会い、繋がりを始め、
                お客様、職場の上司・仲間と言った人々との触合いなどから
                実感し、感じたことからの学びを「二分の一の法則」としました。
                接客業に携わりながら、お客様に感動や余韻を与えるポジティブなこと、
                不愉快な思いや不快感、不信感などを与えてしまったことなどの体験を
                振り返ってみると、殆どのことがこの「二分の一の法則」に当て嵌まります。

                似たような意味表す諺や言葉として、
                「情けは、人の為ならず」
                「自ら動いてこそ、人も動く」
                「人の心を動かすのは我が言行」

                と言う、昔から言われている言葉もあります。

                プライベートでの様々な場面での数々の人とのお付き合いをする上で、
                仕事を行う上で、触れ合う人々から良くされ、親切にされ、愛されるのも、
                悪口や陰口を言われ意地悪(イジメ)やハラスメントを受けるのも「お互い様」、
                即ち、半分は己の力が成せることで、自分自身の意識、言行や態度が
                相手にそのような言動、態度、意識にさせていると捉えることです。
                相手にそうさせる要素、要因、動因、誘因の半分は
                自分自身の心や言行に拠る所も半分あるのでないかと謙虚に捉え、考えることです。

                例えば、
                今までとても優しくしてくれた人が、
                急に冷たくなったら「何故の心」で考えてみることです。
                キッとあなた自身にそのようにさせる元となる
                何らかの事由(訳)があったのではないか?
                と振り返ってみる癖を付けることを習慣とすると
                心も落ち着き、コミュニケーション力が付きます。

                仕事も含め人間関係で、相手がしたことを批評や批判をしたり、責めたり、
                批判したりする前に、必ず自分自身に都合のよい言い訳や嘘をついたりしないで
                真摯に自分を一番知っている自分の心と「向き合い」顧みる習慣は心を豊かにします。
                そうすると私的な人間関係だけでなく、仕事上の人間関係でも、
                素敵な御縁や良い盛夏実績を生む活動に結びつくことが多いと思います。

                以上をまとめると、
                自分自身のしたことや発した言葉に拠って良くも悪しくも、
                他人から何らかの反応や言行があった際や無視された時に、
                半分は自己責任】(=お互い様)と心静かに受け止め、
                面倒くさくても自分と【向き合う】≒[自心を省みる] ⇔ [自分を指差してみる]
                この活動を習慣づけると潤いのあるとコミュニケーション力豊かで幸せな心を育みます。


                お店や会社、医療機関の場合では、三現(現品・現場・現実)を以って現況を把握し、
                自らの環境(現況)と真摯に【向き合う】活動(=リスクアセスメント)に着目し、
                即ち[自店舗・自社を省みる] ⇔ [人(接客・接遇)もの(商品)環境(店)を指差す] ことです。

                善きにつけ、悪しきにつけ、触れ合う周りの人やお客様から
                何らかの意思表示や言動があった場合、自分や自店舗が相手やお客様に、
                そのようにさせる原因があり、要素要因を作っている、と捉えることは、
                生活していく上ばかりか、接客接遇の仕事上でも必要、不可欠なことです。

                私生活で、心の許せる親しい友が出来ない、友人がいない、恋人がいない、
                周りの人や仲間から冷たくされる、仲間と同じ体温を感じられない、

                接客や接遇では、顧客数の減少や、定期的にお見えになったお客様が来ない、
                リピーターが少ない、残し物が多いなどの原因を見つけ出すためにも、
                「お互い様」=「二分の一の法則」
                自施設(自店自社)と「向き合い」、振返り、見直すことは総てに於いて大切です。


                【お互い様】[大辞林 第三版の解説] 相手も自分も同様の関係・立場にあること。

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                  認める・褒めるスキルは「先心後技」で

                  お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                  褒める・認める

                  「認めるスキル・褒めるスキル」は、“先ず、相手を思いやる心”があってこそ生かされる。

                  認め、褒めることは本気で真剣に相手を考える心と洞察力、思いやり、気遣いが必要です。
                  中でも、褒めることは状況によっては、本心から褒めて言いても、
                  素直に受入れられず、心にも無いことをヨイショしている、お世辞を言っている、
                  または、何らかの見返りが欲しくて褒めている、などと誤解されないか?
                  と考えて伝えられない場合もあります。

                  また、対人関係で、相手を否定すると、たちどころに非難合戦になってしったりもします。
                  いち早く相手の表情(目・眉間・顔全体・口元)を見て、その人の気持ちを察知し
                  相手の気持ちになって考えることが出来れば言い換えることもできます。

                  思いやり溢れる柔らかな口調(人の温かさのある)や優しい表情で言い表すことも出来ます。
                  最近多く使われるメールなどにおける文字だけの場合は、相手の表情や心が見えないので、
                  言いたい放題に言っている、との印象を相手に与えてしまう危険性もあります。

                  感謝や御礼、謝りの謝意を伝える場合は、
                  文字だけではこちらの心からの謝意の気持ちが伝わり難いので、
                  肉声や礼状、御礼の品などの使い方にも細かな配慮をしましょう。

                  また、自分の意や主張が10割正しいと思っていても、少なくても一割程度は、
                  相手の良さや活動内容を認める、広い気持ちが必要です。

                  今のネット社会の世渡り術は、相手を認め、受入れ、褒めることかもしれません。
                  「そうですね」と共感したり。「私もそう思う、しかし・・・」などと相手を一度受入れ、
                  お互いが居心地良く自分の意見が自由に言い合えると言ったことにも表れています。

                  それは、相手を「思いやる心」や安心の意識が自分の中に根差しているからだと思います。
                  ポジティブな人はやる気に満ち溢れて・自己解決を努め・不平不満や批判を話す時などは、
                  積極的に明言素言葉を用い、その訳(理由)や改善方法もきちんと伝える。

                  嫌いな人でも、「嫌いな人は運命の人」と意識し、自分の無い良いところを探したり、
                  それを認めたり、褒めたりするように心掛けています。

                  相手を、「重視」している意識を表現伝達します一方では、
                  その場の空気をよくする方法の一つとして、褒める、認める活動があります。
                  人は、自分可愛さがあり認めて貰う、褒めて貰うと言う事にとっても敏感です。
                  ですから、どんな些細なことでも認めて貰い、褒められたら嬉しいものです。
                  自分の部下の良い処を覚えてりメモしたりして、その場面に当たったら、すかさず褒める。
                  このようなことは、ビジネスの場やおもてなし・接客の場などで結果は、中々目に見えるものではありません。

                  ではどうすれば、よいのでしょうか?

                  そのためには、その活動や行為を積極的に認める、見つけ出すことです。
                  誰かが、認めてくれていることが自覚出来れば、やる気が出るはずです。

                  それは「認める」=「褒める」この二つの活動を積極的にすることです
                  ちょっとしたことにも「大変だね」と声をかけ、「頑張れ」と激励するのは簡単です。
                  相手と向合い、良いところを見つけ出したり、褒めたりするのは本当に難しいです。
                  時に照れくさかったり、おべっかだと思われたりしないか不安となり考えてしまいます。

                  例えば、スタッフが良いことをした、頑張っているなと思ったら、必ず褒める。
                  褒められる=認められる=結果として顕れる。
                  人間は、「褒める」ことで育つと言われています、
                  中には、ごく稀に叱られ、けなされて伸びるという人も居るでしょう。
                  しかし、叱咤されて伸びる場合はハングリー精神・負けず嫌い精神と言った
                  強靭な信念、自信、プライドといったものも伴う必要性があります。
                  自分を含め個々の個性を大切にし、認め、褒める活動をすることで
                  モチベーション(やる気)を上げると言う、自分の生きていく上での技術(テクニック)として伸ばすことです。

                  褒めるときのポイントは、ただ漠然と闇雲に褒めても、
                  なんだか薄っぺらで軽い表現としてしか伝わりませんので、
                  本人も多少自負しているポイントを見付け出し、表現することです。

                  言い換えるなら、褒める技術というよりも、他者ときちんと向合い、
                  他人の良いところを探し見出し、表現伝達するスキルということです。

                  シャイな日本人は、どうも「褒める」事が苦手な人種で、中々口で言うほど簡単ではありません。
                  この「認め、褒めるスキル」は。自分を「認め褒める技」を伸ばすことから始めます。

                  大切なのは、『自分の心に嘘をつかず、言い訳をしない』ことを心掛けることです。



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                    「認め」「承認」「信認」⇒【承認】の活動

                    お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                    【承認】の活動

                    人を育むコーチング活動で、認める・信認、褒める、諭す、励ます、受け入れる、自己開示など、
                    直接相手のモチベーションを高めるアプローチを総称して「承認」と呼んでいます。
                    「承認」は人を動かす力を持っています。
                    しかし、言われて嬉しい「承認」もあれば、素直に受入れられず反発を感じてしまう場合もあります。

                    「承認」をする場合は、先ず受け止める側のその場の感情、状況を察知することです。

                    表現の仕方でひとつで、相手の受け取り方や、効果や結果に違いが生まれて来ます。

                    ある人が「承認したくても、今は思い当たらない。そんな時はどうすれば良いのか」と考え込んでいました。

                    その解決法は、相手を承認しようという意図の下に、相手気持ちや態度を観察すること。
                    そして【結果】ではなく観察した事実「承認」として使えばよいのです。

                    例えば、髪を切ってきたり、髪型を変えて来た部下がいた時に、「とても似合っていていいよ
                    という言い方は、似合っているという結果に対しての承認です。
                    「〇〇さん、髪の毛切ったんだね(髪型変えたんだ)!」何気なく自然に話すことです。
                    これが、観察した事実を使った承認です。=【認める】こと。
                     
                    即ち、良いも悪いもなく、現実に観察した事実を「承認」と意識して使うのです。
                    この行為は認めるばかりではなく、関心を持っていることも伝えられます。

                    最も効果的な「承認」は、本人でさえ気付いていない事実を観察し探し出し伝えることです。

                    例えば、
                     「いつも誰よりも早く来ているね」

                     「毎日同じ時間に来ているね」

                     「いつも背筋が伸びていて気持がいいね」

                     「挨拶する時はいつも笑顔だね」

                     「毎朝必ず君の方から挨拶してくれるね」

                     
                    などと言うように「承認」を心掛けることです。
                    これをきっかけに、徐々にコミュニケーションの量は増え、
                    相手から話しかけてきたり、相談されることが多くなっていくのです。

                    「承認」によって、人は自分の行動や存在そのものが、
                    相手を成長させ、具体的な成果を生み出します。

                    周囲への影響力を知ること、貢献していることを知ることは大きな喜びです。
                    効果的な「承認」は、その人の「存在」の認識を強め、肯定します。

                    信頼される人とは、様々な場面にふさわしい挨拶が出来、
                    自己意思や主張が明確に出来、相手を「認める」「信認」「承認」することの出来る人間です。

                    この「認め」「承認」「信認」の意識やそれを表す行動は、

                    社会や日々の生活に必要とされる人間関係力を支える[礎]です。 


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                      「感謝」と「謝罪」を伝える

                      お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                      謝意の伝達s

                      ※【謝意】感謝の心。 過ちを詫びる気持ち。謝罪の心。
                          
                      今の日本社会環境は、「個」を優先し、個々人の安心・安全・保身をと大切にする傾向があります。
                      この「個」を何よりも一番に考えること、言い換えるなら、利己的な要素や要因を如何にして解決し、
                      解消して行くのかが、これからの社会全体の課題ではないかと思われます。

                      古より日本人は、シャイな性格であり、自らの保身の為や他人の思惑を優先して考える傾向や、
                      イエス・ノ-の返事をハッキリしないで曖昧にすることを美学と考える国民性があります。
                      同時に、多少に関わらず生き方や人間関係に不安を持っている人達が一番先に求め望むことは、
                      自他を認め、感謝し合うこと、安心感を与え合うことと自覚し、心に留め置くことだと思います。

                      その様々な不安を解消するには、シャイな気持ちを外し「有り難う」と「御免なさい」と言う【謝意】の表現伝達、
                      他者を想い、相手を大切にし、思いやる利他心の意識を持つことです。
                      それには、先ず心の原点『思いやり』、『優しさ』、『感謝』の心を日々の生活から学び知ることです。
                      現代社会では、他者との心の繋がりや結付きに大切な会話や電話、メール、文書などのやり取りや
                      仕事上での報連相をする際や返事をする時に、何時どんな方法での言葉を入れずに伝え合う。

                      これらの曖昧で不明確な言葉をメールや会話で頻繁に使う人は、自分が知らない間に、
                      その相手に安心感ではなく、不安感を味あわせている場合が多いと思われます。

                      相手にもよりますが、S.N.SツールのF.B.やミキシィなどの場合は特に注意を払うべきだと思います。
                      そのために、先ずあなたが、聞いたり読んだりする人の気持ち(立場)になって考えてみることです。
                      日々の人との触合いやビジネス上でも、互いが「謝意」「安心感」を与え合うことはとても大切ですので、
                      「謝意」「安心感」のキャッチボールを心掛けることが円滑な人間関係を築く為にも必要です。

                      普段の、生活でも謝意や安心感を与えたいと思い無意識の内に何気なく発した一言が、
                      逆効果となり、相手に不安を与え、強いては自分の不信や損失に繋がることもしばしばあります。
                      特に面識や繋がりが希薄なその人との初期の段階は、言葉選びに注意を払うべきです。

                      寂しがり屋で孤独な人、
                      受け身で積極自発性に乏しい人、
                      自信や信念の持てない人、
                      自分の外見に自信がない人、
                      孤独な人や不遇な人、
                      いじめを受けている子供や孤独なった老人ほど、
                      謝意や安心感の言葉や活動のキャッチボールを求めているのです。

                      現代の社会生活でメールは欠かせないツールに成りました。
                      しかし、人として温もりを伝え合い、繋がり、支えられ生かされ、
                      日々生活して行く上で果してメールだけでよいのでしょうか?

                      特に初対面時や触れ合う期間が短かった場合、
                      メールだけで判断したり、謝意を伝え合うのは如何なものでしょうか?
                      このメールだけを使うことが多い、出会い系サイトやS.N.Sに於いて、
                      誤って理解したり、時に犯罪に繋がったりしてしまう場合が無いとは言い切れません。

                      大切なのは、感情と温もりを持ち、人格や個性が表れる顔付きを持つ
                      人間が使うものだと言うことを自覚認識することだと思います。

                      メールは、少子高齢化社会に入った現在、人との和や繋がりに欠かせないツールですが
                      人らしさが表れるように上手く使うことだと思います。


                      【問】 皆さんは、現在の情報社会でこのような【謝意】をどんな方法や手段で相手に伝えますか?

                      ① 伝えるために適切な日時を判断、ツールの選択をする
                      ② 先ず相手の状況を考え、何を使うかを選択する
                      ③ 此方が詫びなければならない際はスルーする

                      ④ 相手を自己判断し、メールと電話を使い分ける
                      ⑤ 自利(見返り)を考え、メールと電話を使い分ける
                      ⑥ 感謝を伝える際は、メールを使う。

                      ⑦ 感謝を伝える際は、電話を使う。
                      ⑧ 謝罪を伝える際は、メールを使う。
                      ⑨ 謝罪を伝える際は、電話を使う。

                      ⑩ 感謝・謝罪共にメールで形だけで伝える
                      ⑪ その内容により、メールと電話を使い分ける
                      ⑫ メールか、電話か、どちらかを先にして併用し伝える

                      ⑬ メール、電話、手紙(文書)、面会、他者からの内、二つ以上を使って伝える
                      ⑭ 盆暮れの挨拶状、贈答品を送る
                      ⑮ 季節毎に挨拶状を出す


                      〇感謝の心の表現と伝達の【ポイント】

                      感謝は自分が思っているだけでは相手に伝わりません、大切なのは伝え方です。
                      それは、リアルな言葉(声の表情・入魂)や態度にして伝わり、その心が活かされます。
                      感謝は、お陰様でや有難いといった心の支えだけでなく、形に現して伝える時もあります。
                      時には勤労やボランティアと言う活動で現したりもします。

                      【ポイント】

                      1. 感謝は人の為ならず、と自覚する

                      2. その場所で心を込めた所作で伝達

                      3. その後、電話(肉声)で伝達

                      4. メールで伝達(携帯・PC)

                      5. 自筆の葉書・手紙で伝達

                      6. 忘れないようにメモとして残しておく

                      7. その人に対する感謝の心をいつまでも持続し、行動や態度に移す

                      8. 予め勝手に答えを予測しない

                      9. 何らかの見返りを求めない、望まない

                      10.感謝の心と行動のキャッチボールを日々忘れない


                      (備考)
                      「ありがとう」といえば言うほど自分を含めた周りの状況が良くなるのは事実です。
                      感謝の言葉や活動に、お金はかかりません。
                      お金は使えば減りますが、謝意の心や言葉はどんなに使っても減る事はありません。
                      それどころか感謝の心や言葉が多い人ほど、人の徳が増え、高まります。
                      幸せな人ほど、謝意の表現を忘れません。
                      それを日々表現伝達し続ければ、どんな状況にでも光が射してきます。
                      謝意のある処には温かな心が存在し、温かな心が周りの良いものを引き寄せます。
                      なかでも感謝の言葉「お陰様、有難い」は、優しさや思い遣りなど人の善を導きます。


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                        社会人の義務と責任を果たす

                        お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                        社会人の義務と責任s1

                        最近、少なからず実体験していることの一つに、
                        「自分の発した言葉に、責任を持つ」
                        意識と活動について気掛りなことがあります。

                        それは、人を人間として認めない見ないふりや無言の態度、
                        忘れたふり、メールなどのスルー(既読スルー)などのことです。

                        そのような「認めない活動」をする人の殆どは、
                        自信過剰、優柔不断、保身、意志薄弱、自己中の判断、
                        或いは、これはと言う人に自分を認めさせたいが故の活動、
                        という自分自身を顕示する意識とプライドが強く、
                        自分のしたことの何等かの見返りとして認めて貰おう
                        と必死になっている人も中にはおります。

                        そのような人に、触れ合う相手に対し、私利私欲(相手のためになる)のない、
                        無心の認める活動が「信認」に繋がることを自覚してもらいたいものです

                        即ち、まず自分から積極的に相手を認める活動をする
                        与えよ、されば与えられん」の如く
                        認めよ、されば認められん
                        見止めよ、されば見留められん※見留は自作
                        なのです。

                        最近、経営者や責任者、また人を管理指導育成する立場の方々と会話で、
                        検討する時間や相談する時間が必要で即答できない内容があります。
                        「時間を作って、改めてこちらから連絡します」
                        「忙しい○○の行事が後に、日程を知らせます」
                        「仲間と打合せて、改めてお知らせします」

                        など、何らかの形での連絡・報告やレスポンスが必要とされるやり取りです。
                        そのようなやり取りの中で大切なことは、『自分の発した言葉」に責任を持つ』
                        即ち、「有言実行」の様々な活動をすることです。

                        ※「有言実行」・・・口に出したことは、何が何でも成し遂げるということ。
                         「有言実行」 は 「不言実行」をもじってできた語。
                         同義語に「言うは易く、行うは難し」がある。

                        塩鉄論……利議から
                         「口で言うのは容易いけれども、それを実行することは難しい。」
                         この言葉には、捉え方が二、三あると考えられます。
                         一つは、言葉通りの意、他には相手から自分を守るためや其の場凌ぎの意などです。
                         最初の意の言葉の場合は、伝えた相手を認めていることと共に、
                         それを聞いた相手の何らかの期待感を生み出します。


                        今迄の様々な人と触合いの体験から、
                        この「有言実行」の活動を信じ、仕事や他人に真面目に取組む人程、
                        この言葉を重く真摯に受け止め、様々な期待感を抱き連絡を待っていると思われます。
                        しかし、いつまで経ってもその言葉が実際にされないと、
                        発した人へ不安や不信感を抱く誘因や動因にもなります。
                        若し、何らかの事情で伝えるために時間を要する場合は、
                        不安を与えないためにも適時適切な中間連絡をすることも心掛けることです。

                        この言葉を発する人が其の場凌ぎ言葉として使う場合は、
                        其の場だけでもいい人と思われたいと意識する人、
                        お調子者であったり、感情的な言動であったりする人
                        保身のため相手への距離を置きたい
                        と言う意思の現れなどの場合が多いようです。

                        何れにしろ、人との触合いに於いて、
                        喩え相手が自分の意にそぐわない人物であったとしても
                        自分の発した、言葉の重さを弁え、責任を持つ。」こと、
                        善し悪しに関わらず、自分の意思をキチンと相手に伝えることは、
                        社会人としても人としても大切ではないでしょうか。

                        その結果、相手が離れたり、縁が切れたりしてもよし、
                        と捉えることも必要だと思います。

                        また、報告や連絡、メールのレスがない場合
                        落ち度や不謹慎な言動がなかっただろうか?
                        と己の言動を平らな気持ちで省みてみることが必要な場合もあります。

                        おもてなしの心を持つ日本では、子供の頃に親から
                        「自分の言うことに責任を持ちなさい」
                        「何かして貰ったら、ありがとうと言うのですよ」
                        「間違ったことをしたら、ご免なさいと謝りなさい」
                        などと躾られたり、教えられたりします。

                        しかし、大人になるとその大切な教えを自尊心や忙しさ、
                        利害関係や好き嫌いなどで実際に行わなくなることも多いようです。
                        そして、そこには人間の欲とも言える当たり前に「見返りを期待する」心が存在します。

                        他者を「持て成す」純な心を持ち、このような見返りを期待せず、
                        私心の無い「認める」「感謝」「人や社会への情けや施し」など
                        互いが信認できるよう、積極的な活動に心掛けたいものです。


                        ※日々の小さな心掛けとして【言葉の重さ】の認識も大事です。 


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                          自他と「向き合う」⇔安心感と安信感

                          お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                          安心感と安信感

                          安信感は、安心と信用・信頼を自ら発信すること言い表す自作の熟語です。
                           この安信感も、人生の後半になってからその重みと大切さを感じた言葉です。


                          安心感は、優しさと同様に与えられた人の心の中にいろいろ形で芽生えます。
                          そしてその人への※安信感(≒安心の発信、信頼、信用)は、
                          思い遣りと同様に、相手に自らの思いを相手に伝え届けることであり、
                          様々な思いを発信することを表わした言葉です。

                          安心感を発信すること、即ち※安信感は、相手を信じることと共に、
                          「信」の熟語である【信用・信頼・信念・信条】の語句を意識し、表現し、活動することです。
                          但し、この安心(安信)感は、利他の心から生まれることであり、
                          「見返りを望んだり、求めたりすること」ではないと強く自覚しておくことが肝要です。

                          古より日本では、自らの保身の為や他人の思惑を優先して考えてしまう傾向があり、
                          相手への返事のイエス・ノ-を曖昧にしてしまうことを美学とする国民性があります。
                          今の日本社会環境は、「個」を優先し、個々人の安心・安全・保身をと大切にする傾向があります。
                          この「個」を何よりも一番に考えること、言い換えるなら、利己的な要素や要因を如何にして解決し、解消して行くかが、これからの社会全体の課題ではないかと思われます。

                          同時に、多少に関わらず生き方や人間関係に不安を持っている人達が真先に求め望むことは、
                          相手を認めると共に※安信感を与え合うことだと自覚し、心に留め置くことではないでしょうか。
                          その様々な不安を解消するための為のキーワードの一つとして、相手を思いやる利他心とも言える、先ず他者を想い、その人を大切にし、安心させると言う意識を持つことが挙げられます。

                          それは、人として相手を認めることは勿論のこと、人を大切にする心と行動、
                          即ち人の原点である『思いやり』と『優しさ』の心を備え持ち、
                          周りの人々に安心して頂けるように振舞い触合うことです。
                          その一つのとして、様々な※安信感のキャッチボールが必要であると考えます。
                          日々の人との触合いやビジネス上でも、互いが「安心・安信感」を与え合うことはとても大切です。
                          無意識の内に軽い気持ちで何気なく発した一言が、相手に想定外の不安を与え、
                          強いては自分の不信や損失に繋がることも対人関係ではしばしばあります。
                          特に面識や繋がりが希薄なその人との初期の段階は、注意しておくべきです。

                          例えば、
                           相手に伝わるように、「はい」の返事をする
                           アイコンタクトと自然な和顔に心がける
                           家庭、職場や会社心からの挨拶を日に一度は交わし合う

                           些細な挨拶でもされたら必ず返す
                           感情や我欲を自制する
                           自他と真摯に向き合う

                           互いに感謝の言葉「ありがとう」を、心から伝え合う
                           質問や問いに、適時適切に答える
                           依頼されたことに責任を持つ

                           断る勇気を持つ
                           相手のことを何故の心を以って、観察察知する
                           メールは、ひと言でも即レスをする

                           相手から依頼されたことなどについて、断りや承服できないことを曖昧にせず伝える
                           報連相を確り行う(特に報告連絡は信用信頼に欠かせない)
                           公私ともに環境の整理整頓がなされている・・・など。

                          このような※安信感のキャッチボールは、寂しがり屋で孤独な人、
                          受け身で積極自発性に乏しい人、自信や信念の持てない人、
                          自分の外見に自信がない人、友達が少なく孤独な人や不遇な人、
                          子供や孤立した生活をしている老人ほど嬉しく感じ、相手に求めます。

                          また、※安信感のキャッチボールは、
                          人と人との間に出来る溝を埋め、誤解を解き、
                          人間関係を円滑にし、人々を幸せな気持ちに導き、
                          同時に、いじめや思い込みによる感情的な犯罪などを
                          社会から少なくし、減らすことにも役立つと思われます。


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                            彼岸に【自分と向き合う

                            お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                            大切な彼岸の中日の今日、これからの自他に役立つ【自分と向き合う】活動を致しましょう。

                            彼岸・彼岸花

                            未曾有の自然災害、それに伴って起きる人的被害
                            オリンピック開催や安保など国政への不信感、
                            社会環境の変化と各ソフトの進化や情報過多による
                            いじめ」や様々な「ハラスメント」の増加
                            人としてあるまじき犯罪や人的なうつ病(引きこもり)の増加
                            といったことが多発している少子高齢化に入った社会、
                            今後の日本は一体どうなってしまうのでしょうか?

                            日本の人的社会環境は昭和から平成に移り、
                            人との触れ合いや社会生活は大きく様変わりしています。
                            そして私達の生活環境は、数多くの豊かな物に溢れ、
                            選択できない程の情報の選択に戸惑ってしまいます。

                            このような中でも特に変化が著しいのが
                            接客や接遇、おもてなしを教える側の人達です。

                            マナーを教える一部の先生やインストラクターの方は、
                            心よりテクニックを重んじるようになってしまい
                            マナーの心である「思いやる心」を軽く扱い、
                            即実践に役立つ表面上の所作ばかりを教える姿をみます。

                            例えば、人にはその人の持つ独自の顔がありますが
                            それを無視し明らかに作っていると思われる笑顔、
                            謝罪する目的にそぐわない表情・姿勢や態度、
                            人相に合わない極端に口角を上げている口元、
                            男性らしくない女性的な身のこなしや仕草、
                            原義を忘れカッコの良さのみを意識した手組み、
                            見た目や自己満足を重んじたこのようなことを
                            最近数多く体験したり、見聞きしたりします。

                            また、人を指導し、管理する立場でありながらも
                            人を思いやる心が欠け、自己事情や感情を優先し
                            レスポンスや返事がないといったことも多く感じます。

                            このようなことが「当たり前」になってしまうことは
                            受け止め方によっては「いじめ」に該当することであり、
                            それが子供達の「いじめ」や大人の「ハラスメント」に
                            結びついているのではないかとも考えられます。

                            個々人を優先して物事を思考し行動する現代社会は
                            外見や人の目、他人の思惑を意識する人が多くなりましたが
                            一方では、個人が自分自身と向き合うことで心が強くなり、
                            個々の能力がより高くなり、世界レベルのスポーツマンや
                            様々な文化人、世界に進出する企業も年々増加しています。

                            個を優先する社会となった今の生活環境、
                            何事も「仏作って、魂入れず」にならぬよう
                            人として、何を、どのようにすべきか、
                            に焦点を当てる時期に来ていると思われます。

                            そのために必要不可欠なのが、自分自身を、
                            知り、許し、認め、受容、もてなす」、
                            といった【自分と向き合う】の活動をすることです。


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                              筋を通す」ことは当たり前?

                              お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                              「筋を通す」

                              社会や一般生活上、対人関係に於いて、自分の話に人としての“”がなければ、
                              その場その時の気分(感情)や成り行きで話をしているように相手に聞こえてしまい、
                              信用性や説得力に欠け、相手に不快な思いや費やした時間を無駄にさせてしまいます。

                              この“”がどんなことかを知り、それ備えて活動しない人は、人としても信頼されません。
                              それは、自分の基準【心の軸】をどこに置くか、自分自身が解らないからです。
                              これに反し、“”を備え持っている人は万人に納得されますから万般に通じます。
                              社会人としても、指導育成者としても、
                              このようなを持ちそれを通すことは為すことは最低限必要です。


                              私は仕事上で、度々テキストや文書などのメールを
                              指導育成する方、管理する立場の方に送ります。
                              その内容は、「査収」に該当しますが、
                              最近目立つのは、受取ったのか受取らないのか、
                              見たのか見てないのか、何の連絡や返事、
                              意見などを貰えないことが多くなったことです。

                              相手への感情は別として、受取った一人の人として、
                              相手に対する必要最低限の返事や連絡は、
                              人間の思いやりを表す形のマナーであり、
                              指導者として、人としての「筋を通す」ことです。

                              現在まで、仕事や社会生活をしてきて、
                              メールや文書の返事や必要最小限の意見・感想などは、
                              好き嫌いの感情を交えずレスすることが、
                              人として“筋を通す”ことだと思い実際にしてきました。

                              以下、この“筋を通す”ことについて記してみます。
                              さて、会話などであの人の話は「筋が通る」とか、
                              彼は「筋が通らない」ことを話すとか言います。

                              この “筋”とは、人間の精神の指標を指し、
                              それはその人が持つ判断基準です。

                              人は夫々の立場で判断を迫られ、自分の判断基準に照ら合わせて、
                              「良い悪い」(是非)を判断しているはずです。

                              その判断基準の根源は、道理やモラル(倫理)、
                              詰り、社会人としても、人として正しい物事は何か、
                              という原理原則に拠るのです。

                              故に、物事に「筋が通る」ということは、
                              単に論理的に矛盾がないということではなく、
                              コンプライアンス意識の元、人として取るべき道に
                              照らし合わせて、不都合が生じないということです。

                              詰り、頭の中だけで軽々しく判断したものではなく、
                              理に叶っていることを筋が通るというのです。

                              生活上に必要とされる対人関係構築のための、
                              人や物事の正しい判断や決断をするには、
                              自らの中に確り指標(軸)が必要なのです。


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                                「心と位置」がレスポンスに表れる

                                お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                                「心」がレスポンスに表れる

                                レスポンスは、「応答。反応。対応。返事。」という意味です。
                                電話で連絡を入れた相手の方から、
                                その用件の重軽に関わらず、
                                「後程こちらから」、
                                「後でこちらから折り返します」、
                                「少し(ちょっと)したら」、
                                「後で電話入れます」
                                「来客が帰った後に」
                                「仕事が終わったら」・・・等々。
                                と相手からレスをもらえる日時を告げられず、
                                電話を終わってしまうことが多くあります。

                                例えば「何分後に、折り返します。」
                                と相手に言われたら電話した人はどんなに安心することでしょう。

                                このことは、電話に於けるコミュニケーションに限らず、
                                会話時の対人関係力、メールのレスにも言えることではないかと思います。

                                メールのレスが直ぐに返せない時、短く「今無理・〇〇時頃に」と、
                                メールをくれた相手へ思い遣る心でレスを入れることによって、
                                相手との安心感や気配りのキャッチボールになるだけでなく、
                                信用・信頼・絆の構築にも結び付きます。

                                一般には、知人や友人、取引先などから
                                メールで何らかの文書を受取った場合、
                                その相手へ受取った旨を伝え、
                                内容に関する言葉を返すのは当たり前の礼儀です。
                                些細なことですが、このようなやり取りに
                                相手に対する心の位置や意識が表れます。
                                メールを送った人は、ひと言の簡単な
                                返事のレスであっても安心感が生まれるのです。
                                レスの捉え方は、対面時の相手への
                                「はい」の返事と同様だと意識することです。

                                また、SNS( Line)などメッセージのやり取りで
                                よく言わる既読スルー(KS)したことが、
                                いじめやハラスメントの原因になるとも
                                言われますので心得ておくことも大事です。


                                メール用語の豆知識

                                取引先や知人、友人、先輩、上司、仲間からメールが来たら、
                                あなたは受取り確認(受領確認)のメールで、受け取りを表すどんな言葉を使いますか?
                                その言葉には
                                「受取りました・戴きました・受領しました・拝受しました・拝見しました」
                                と様々な表現があります

                                中でも「受領」には「重要なものを受け取る」という意味があります。
                                この「受領」を、更に丁寧に表現した言葉が「拝受」です。

                                また、「内容を確認した」という意味を伝達したければ「拝見」です。
                                一方、送り手のよく使う「査収」は、『よく調べた上で受け取ること』(広辞苑)の意味。
                                送った相手に、添付書類の内容を“確認”して貰うことを依頼する場合に使われます。


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                                  「認め、認め合う心」を大切に

                                  お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                                  認め合うL

                                  社会での日々のお付き合いや触合う中で、
                                  大切なことは互いが人間として「認め、認め合う」ことです。
                                  その円滑な人との関り、繋がりに欠かせないのが
                                  認める」「認め合う」の心と言動です。
                                  対象となる人を「認める」ことは、
                                  態度に表し、言葉を発する前の、
                                  己の心の持ち方やその取組み姿勢がベースとなります。

                                  この度の岩手で起きた中学生のいじめによる自殺
                                  SOSを発信しても、きちんと本人と向き合い、
                                  それを心を開いて受け止め認めることをせず
                                  大切な尊い命を自殺により失ってしまいました。

                                  また、数年前の秋葉原の無差別殺傷事件の犯人が、
                                  「周りの人々に、自分を認めて欲しかった」
                                  と話していたことを思い出されます。
                                  彼は、自分が周りや社会から認められないことにより、
                                  人間性喪失・生甲斐を失う・孤立感・劣等感・悲壮感など
                                  様々なネガティブ要素による意識が芽生えた結果
                                  悲しい事件を犯してしまう要因の一つになっていると思われます。

                                  人々が先ず、人としてお互いが「認め、認め合う」ことの
                                  キャッチボールをスムースに出来る社会であれば、
                                  人として、社会人として成してはならない、
                                  様々な悲しい事件はもっともっと少なくなると信じています。
                                  この「認める」ことは、お互いが「認め合い認識する」ことに繋がります。
                                  そして様々な「犯罪・「DV・いじめ」など人としてあるまじき行為を減らします。
                                  この、人として「認め、認め合う」ことは「心の礎」であり、
                                  無くてはならない大切な心得と活動です。

                                  ※【認める】は、辞書検索すると、
                                  見える、気付く、判断する、よいと評価するとあり、
                                  1.目にとめる。存在を知覚する。気付く。
                                  2.見て、また考えて確かにそうだと判断する。
                                  3.正しいとして、また、構わないとして受け入れる。
                                  4.能力があると判断する。
                                  5.気をつけて見る。じっと見る。・・・・・とあります。 
                                  熟語として「認可・認定・認容・公認・承認・信認・否認・黙認・容認」などがあります。


                                  さて、おもてなしや接客の場で、大切な客人への心の篭ったもてなしには
                                  この「認め、認め合う」ことなしでは伝えられません。
                                  例えば、挨拶時、
                                  「こんにちは」よりも「○○さん、こんにちは」と言われると、
                                  自分の名前を付けくわえてもらえると、とても気分が良いです。
                                  お店や会社の通路で、
                                  従業員が壁側に沿って端を歩いているのを見ると
                                  【このお店は、お客様を大切な人と捉えているんだなぁ】
                                  と自然に感じます。
                                  そして【お客様を立てる事】は
                                  「お客様を認め、おもてなしをする第一歩」です。

                                  『あり難い』=感謝の言葉「ありがとう」は、
                                  お客様へのお店(会社)の姿勢の現れです。
                                  日々、ごく身近で些細なことから「認め合う」癖を付け、
                                  人として「認め合う」ことの大切さを認識しましょう。
                                  お客様から『君が居るからこの店に来るんだよ』
                                  お店(会社)から『○○さんの存在は大きい』
                                  仲間から『○○さんだから出来たんだね』など、
                                  「認められる」ことで生れ湧き出てくる、
                                  計り知れない超大な心のエネルギーを得られ、
                                  素晴らしい感動や余韻を互いが味わう為にも必要なのです。


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                                    本気で「人」と向き合う

                                    お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                                    向き合う【挨拶】

                                    ※今回の岩手であった事件や少し前にあった「いじめ」について、私見で書きます。

                                    自ら積極的に【いじめ】のSOSや様々なハラスメントに遭っていることを
                                    上手く発信できない人が被害者には多いようです。

                                    全て方とは言いかねますが、ネットなどで見る限り、
                                    マナーを教えている、子供を持つ親である先生方は
                                    今回の事件のようなことがあってはならないと
                                    仲間や境遇同じ人と話題にしますが
                                    自分達に出来る、真摯に「人と向き合う」ことや
                                    普段の「挨拶」時から相手の心を察知することを考え、
                                    直ぐ実行に移すことをされないように思えます。

                                    言い換えるならマナーの原義である
                                    他者を思いやる心をきちんと理解していれば
                                    どうすればいち早く子供達からのSOSを
                                    察知出来るのかが解る筈だと思われます。

                                    さて、今回の事件のような校長先生や担任の先生は
                                    どうして子供の発するSOSに気付かないのでしょうか?

                                    大きく捉えれば、
                                    本気で「人と向き合う」ことが出来ているのか、
                                    子供の目線になって、日々の挨拶を交わし、
                                    それに拠って子供達の心身の状態を察知する努力をしているか、
                                    このようなことをシッカリとしていれば
                                    今回の事件は少しでも少なく出来ると考えます。

                                    このようなことを書きながら、
                                    より多くの人々にマナーの原義「思いやり」を
                                    周知する必要があると強く意識いたしました。


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                                      内面外面 (実体・本質・虚偽・虚飾・虚像)

                                      お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                                      表裏一体赤長

                                      今回は外の自分と中の自分の統一、表裏一体である人間の「」と「」の顔について記します。

                                      内面外面の意味(辞書検索)

                                      外面(ソトヅラ)。物の外側の面。がいめん。他人との応対などに見せる顔つきや態度。
                                      内面(ウチヅラ)。 家族や内輪の人に対する顔つきや態度。物の内部。内側。


                                      人の性格や能力、心は、外見だけでは判りません。
                                      何事も経験してみなくては本当のところは解らないのです。
                                      何も体験してみないで、批判や評価するべきではありません。

                                      例えば外面の良い人々に共通するのは、
                                      外面の良い人々に共通する角1
                                      ・・・などがあります。

                                      現代社会は、他者の目や思惑を気にし過ぎるばかり、己の本質を偽り、
                                      日本人の心と言われる「侘び寂び」の心を失い、虚飾や虚像と考えられる
                                      自分自身の外見や対人テクニックを優先し身に着けたがる傾向があります。
                                      最初は「素敵」に見え、着飾り本質を偽ったとしても数ヶ月経てば
                                      虚飾や虚像の中身は露見してしまうものです。

                                      その結果、大切な人を失ってしまう事例をこの目で無数に見てきました。
                                      口ではお世辞を言うのに内心では人を馬鹿にしていたり、
                                      外では道徳の大切さを話すけど自分はモラルに欠け倫理に従わなかったり、
                                      自分の家は汚いのに他人の家の汚さの文句を言ったり、
                                      他人には優しいのに家族には威張っている、といったことがないでしょうか。

                                      食い違いがあること事態は人間として当然ですが、吟味しない侭、
                                      そのギャップを大きくしてしまうのは良くありません。

                                      何かをする時に、言行不一致と言われている、思っていたり、言っていたりすることと、
                                      実際に行動していることって結構違う場合があります。
                                      また、他人を見る時の基準と自分を見る時の基準が変わってしまうことがあります。
                                      文章を書く時にも、思ってもないのに、
                                      自分がよく認識していないことや思いつきで書いていてしまうことも多々あります。

                                      人は、多少なり外面内面が違っているのは仕方ないことかもしれません。
                                      ТPОに合せて、外面を変えないといけない場合もありますから、
                                      外面を気にしてはいけないと一概には言い切れません。

                                      自らの心が変な暴走をしないように防ぐためにも、
                                      内面と外面は少なくとも違っているということを意識しておいた方が良いと思われます。
                                      そのために、自分自身の本当の姿と向き合い、それを認め受入れることです。

                                      では、どんな自分を知り、それと向き合うのかを以下にアップしてみました。 自分を知り、それと向き合う1
                                      といったことがあげられます。
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                                        空間管理」

                                        お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                                        対人関係苦空間


                                        人が対面している時には、その立ち位置(角度)によって印象が変わります。 

                                        ①恐怖の空間…見えないところからの応対では必ず一声かけてから!

                                        お客様の真後ろは、お客様からは何も見えない、非常に不安な「恐怖の空間」と
                                        呼ばれる場所なのです。人は自分の後ろに立たれるのは、非常に不安なのです。
                                        (例:俺の背後に立つなbyゴルゴ13…実はここからとっているのです)
                                        お客様の後ろを通ったりする際は、必ず一声かけてからにしましょう。

                                        理性空間…真正面での応対は、主に金品の授受や謝罪など、

                                        間違ってはならない大切な場面で使います
                                        お客様の真正面は、お客様からしてもこちらからしても、非常に圧力のかかる位置です。
                                        故に金品の授受、または謝罪などのときは必ず真正面を向いて応対します。
                                        人が最も理性を働かせる位置なので、「理性空間」と呼んでいます。

                                        の空間 …リラックス出来る位置からは、挨拶や会話などでコミュニケーション!

                                        主婦の井戸端会議(雑談感覚の話合い)を想像して見て下さい。
                                        3人以上の場合は円を描くように、2人の場合は、お互いが斜め合いながら話しています。
                                        決して真正面で向かい合って話してはいないはずです。
                                        これはお互いの斜めの位置が、最も心許せる空間で、これを「の空間」と呼んでいます。
                                        親しい方やお客様と会話をする際は、この位置でするのが最も話し易い位置と言えます。

                                        体験からの私見ですが、自分の右のの空間を「心交」、左を「親交」の空間として使っています。
                                        以上の3点は、普段無意識の内にその位置を使っていると思いますが、
                                        改めて「理論」としてこれらを覚えてみてください。
                                        「なぜそのようにするのか?」「なぜそのようになるのか」が解っているのとないのとでは、
                                        理解出来る量も違ってきます。


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                                          「時間」にあなたの思いやる気持ちが現れる

                                          お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                                          思いやる心の「ものさし」 時間!

                                          人の心の中にある思い遣る心を計ることなど、到底正確に計ることなど出来ませんが、
                                          敢えて、この思い遣る心を計るとすれば、それは、【時間】であると思います。
                                          また、このものさしの目盛には、五常の義、信認度、感謝、尊敬、真摯さ、誠実さなどと言った心も表します。

                                          ※解説・・・五常の義

                                          『大切な人』や『お客様』、『クライアント』を思う(想い)時間、その人と関わり合う時間、
                                          +++お互いが共有するひと時の長短と言った、【時間】を大切にすることではないかと思います。

                                          例えば、あなたが大切な人と思っている恋人ことに当てはめてみれば、
                                          その恋人があなた自身の心や時間を占有するようになり、
                                          一緒に居られる時間を多く取るようになります。

                                          また、大切な取引相手やお客様との約束には、必ず時間前に余裕をもって行きます。
                                          お店に見える大切なお客様へは、お見え頂いた大切な時間の使い方を色々と考えて、
                                          そのお客様に接し歓待する僅かなひと時を有意義に使えるように応対します。
                                          このように時間を大切に使うことは、おもてなしの一期一会の精神に相通じます。

                                          また、諸行無常と言われる過ぎ去った貴重な時間は決して取り戻すことが出来ませんから、
                                          大切な人の為に関わり費やす時間の使い方を熟慮し行動したいものです。

                                          思い遣る心の【ものさし】、 即ち「時間」の大切さを常に自覚し、
                                          大事に心掛けることは、大切な人への思い遣りの心を創る≪源≫でもあるのです。
                                          この時間は、大切な人と想う心の【ものさし】であると同時に、
                                          人としての「誠実さ」を計れる【ものさし】のひとつであると言うことも
                                          弁えておくべきだと考えます。

                                          ★具体的には

                                          ・お互いの時間を大切にし合う
                                          ・約束の時間を守る
                                          ・報告・連絡の時間を作る

                                          ・上手に時間を組立てる
                                          ・相手のために、時間を作る(電話・メール・手紙含)
                                          ・費やす時間を予測する(時間を費やす)

                                          ・費やした時間を自分に置き換えて考える
                                          ・物事に時間をかける
                                          ・文を作る時間を取る

                                          ・物事を解決するための時間を持つ(作る)
                                          ・時間をかけて伝える(話す)
                                          ・時間を配分する(振り分ける)

                                          ・考え、想う時間を持つ(作る)
                                          ・触れ合う時間を作る(持つ)

                                          ・時間を共有する
                                          ・先々の時間を考える(想像する)
                                          ・・・などがあります。



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                                            人は一人では生きられない!

                                            お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                                            安信感と利他心感性s

                                            みなさん御存知の通り、人の文字は、人に支えられて成り立ちます。
                                            古より日本では、人と触合う際、自らの保身の為や他人の目、
                                            他人の思惑を優先して考えてしまう傾向があり、
                                            可否やイエス・ノ-の返事を曖昧にしてしまうことを美学とする国民性があります。

                                            そして現在の社会は、「個」を優先し、個々人の安心・安全・保身をと大切にする傾向があります。
                                            この「個」を何よりも一番に考えること、言い換えるならば、
                                            一人称である利己的な要素や起因を如何にして解消して、
                                            人は個人、即ち一人だけでは決して生きていけないと
                                            みんなが考え行動する社会にして行くかが、
                                            これからの日本全体の課題ではないかと思われます。

                                            同時に、多少に関わらず生き方や人間関係に不安を持っている人達が一番先に求め望むことは、
                                            相手を認めると共に安心感を与え合うことだと自覚し、心に留め置くことではないでしょうか。

                                            その様々な不安を解消するための為のキーワードの一つとして、
                                            相手を思いやる利他心とも言える、先ず他者を想い、
                                            その人を大切にすると言う意識を持つことが挙げられます。

                                            それは、人として相手を認めることは勿論のこと、人を大切にする心と行動、
                                            即ち人の原点である『思いやり』と『優しさ』の心を備え持ち、周りの人々に触合うことだと思います。

                                            その一つのとして、
                                            互いが様々な「安心感」のキャッチボールを心掛けることであると考えます。

                                            日々の人との触合いやビジネス上でも、互いが「安心感」を与え合うことはとても大切です。
                                            それはやがて信用・信頼に繋がり、絆や愛を生み出します。
                                            無意識の内に何気なく発した一言が相手に不安を与え、
                                            強いては自分の不信や損失に繋がることもしばしばあります。
                                            特に面識や繋がりが希薄なその人との初期の段階は、注意しておくべきです。

                                            寂しがり屋で孤独な人、
                                            受け身で積極自発性に乏しい人、
                                            自信や信念の持てない人、
                                            自分の外見に自信がない人、
                                            孤独な人や不遇な人、
                                            子供や老人ほど安心感のキャッチボールを求めます。

                                            また、この安心感は、人々を幸せに導き、
                                            同時に犯罪を少なくすることにも役立ちます。
                                            例えば、
                                             ・相手に伝わるように、「はい」の返事をする
                                             ・家庭、職場や会社心からの挨拶を日に一度は交わし合う
                                             ・些細な挨拶でもされたら必ず返す
                                             ・日に一度は、心を込めた挨拶を交わす
                                             ・互いに感謝の言葉「ありがとう」を、心から伝え合う
                                             ・質問や問いに、適時適切に答える
                                             ・相手のことを何故の心を以って、観察察知する
                                             ・メールは、一言だけでも即レスをする
                                             ・相手から依頼されたことなどについて、断りや承服できないことを曖昧にせず伝える
                                             ・報連相を確り行う・・・
                                            その他、何らかのキッカケで御縁を頂いた方への挨拶メールも大切なその一つであると思います

                                            些細な御縁が得られるネットの様々なツール(ツイッター・フェイスブック・ミキシィなど)で、
                                            まだ面識のない見ず知らずの人からの挨拶メールの有無で、
                                            その人のこちらに対する意識や心(姿勢)が量られている場合が
                                            多いと考えてみることも、時に必要なのではないでしょうか。
                                            挨拶のレスの有無に、取組姿勢や自らの利害意識が如実に表れると考えられます。
                                            その一例を挙げますと、自分自身に何らかの形で役立ちそうな人、
                                            著名人、ビジネスに繋がる可能性がある人など言った方には、
                                            進んで挨拶のメッセージやコメントを送りますが、
                                            自利利己的な意識で関心のない人はシカとして無視してしまう傾向が
                                            あるということも時折あると考えられます。

                                            意外と忘れがちな、このようなネット上のツールでの、
                                            「初めまして、どうぞ宜しくお願いします。」
                                            の一言の挨拶メールを交わすことです。

                                            このようなことは、
                                            相手を一人の人間として「認めること」、互いが「認め合う」こと表れであり、
                                            即ち「安心感」のキャッチボールであると同時に「安信感」の原点であると思います。

                                            また、断る勇気の大切さを自覚し、
                                            自分に関係ないと思われるイベントのお誘いやお願い事などを無視しないで、
                                            ハッキリ「辞退します」とか「出来ない」と断ることも、相手へ不信を抱かせずに済みますし
                                            逆に安心感を与えその人への思い遣りを表わし伝える結果になると思います。

                                            常々このような「安心感」のキャッチボールが出来るように心掛け生活して行くことは、
                                            自利利他の心を育みます。
                                            この心は、自分や自社だけの利益を考えるのではなく、
                                            一番に損得を考えず、先ず、自己犠牲を払ってでも相手やお客様に尽くそうという精神であり、
                                            人間として最も尊く、美しい心です。

                                            捉え方を変えてみると、このようなことは「安心感」≒「安信感」に繋がります。
                                            ※安信感は、安心と信用・信頼を言い表すことで、私見で考えた言葉です。

                                            日常生活上での「認める心、認め合う心」と「態度」は、
                                            思い遣りを表現するひとつの手段です。

                                            例えば、ビジネスにおいてクライアントに接する場合や場面で、
                                            自己事情や己の甘えや要望を優先した言動や其の場凌ぎの調子の良い会話、
                                            手間を惜しんで楽に逃げてしまったり、目先の利益を追いかけてしまったりするなどして、
                                            相手を大きな視野(視点)で捉えることが出来ず、相手やクライアントの奥にある
                                            多大な可能性や無数のマーケットを見逃してしまうことがあります。

                                            このようなことの無いようにするには、
                                            相手やクライアントを大切にする心、
                                            その人(会社)への安心感のキャッチボールに
                                            気遣いと心配りする心を備え持つことです。

                                            また相手やクライアントに、思いやりの「ものさし」である時間を取ったり、作ったり出来るかです。
                                            この思いやりの心の大小により、信用や信頼、絆が生まれるか否かが決まるとも言えます。

                                            そこで、当て字になりますが「安信感」を、常に意識することをお勧めします。
                                            「安」は安らかな心と安全、「信」の文字の組立てから、「人への心を口」から発すると解します。
                                            安心感は、優しさと同様に、与えた人と与えられた人の心の中に生まれるものです。
                                            そしてその人への安信感(信頼、信用)は、
                                            思い遣りと同様に相手に自らの思いを相手に伝え届けることであり、
                                            様々な思いを発信することを表わした言葉です。

                                            安心感を発信すること、相手を信じることと共に、
                                            「信」の熟語である【信用・信頼・信念・信条】の語句を意識し、表現し、言動することです。
                                            但し、この安心(安信)感は、利他の心から生まれることであり、
                                            「見返りを望んだり、求めたりすること」ではないと強く自覚しておくことが肝要です。


                                            ※利他心は他人の利益を重んじ、それを得られるように振舞う人を思い遣る心を表わす語句です。

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                                              「認める」から生まれる他者への意識

                                              お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                                              認める心思いやる心


                                              ⦿認める活動は

                                              1. 人としての温もりを表現する
                                              2. 相手の為に、役に立ちたいと意識する
                                              3. 相手の話に頷いたり相槌を打ったりしながら会話する
                                              4. 寛容さを持つ(広い心・許す心)
                                              5. 同じテーブルで会話する

                                              6. 信用、信頼の言動、態度をする
                                              7. 傾聴を意識する
                                              8. 共感共鳴出来る
                                              9. 小さなことでも褒め、讃えられる
                                              10. 安易に判断、決断しない

                                              11. 同情する
                                              12. 心と感情の共有が出来る
                                              13. 真心を以って本気で諭せる
                                              14. 努力を褒め称える
                                              15. 天性の才能は、それを認め称える
                                              ・・・など。

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                                                自ら認める、人から認められて伸びる人のタイプ

                                                お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                                                認めて伸びる

                                                ・嫌いな人は運命の人と自覚出来る人
                                                ・褒められて伸びる人
                                                ・叱咤激励されて伸びる人
                                                ・報酬など、何らかの見返りを示され伸びる人

                                                ・プライドをくすぐられ伸びる人
                                                ・感謝されて伸びる人
                                                ・劣等感を持ち、反骨精神で伸びる人

                                                ・生活環境に左右され伸びる人
                                                ・志を掲げ、その目的達成の為に努力し伸びる人
                                                ・努力している姿を言葉や行為で示され伸びる人

                                                ・有言実行の出来る人
                                                ・成功志向が強く実利的な人が伸びる
                                                ・自分に価値がないことを恐れ、他人から己の価値を感じて伸びる人

                                                ・好きな仕事をして伸びる人
                                                ・淋しがり屋で、人と触合いにより伸びる人
                                                ・我欲達成したいとの思いで伸びる人

                                                ・他人に好かれたい、愛されたいから伸びる人
                                                ・伸びることを生甲斐にしている人
                                                ・人を助け、与えることを喜びとして伸びる人

                                                ・安心を求めるために伸びる人
                                                ・自己顕示欲求を満たすために伸びる人
                                                ・自己満足欲求を満たすために伸びる人
                                                ・家庭を守る目的で伸びる人
                                                ・・・・・・などなど。


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                                                  「仁」を「礼」に生かす


                                                  お薦め度【★★★☆☆】全業種、業態用

                                                  『礼』と『仁』

                                                  現代社会は『礼』が疎かになっている、と感じられることが様々な処で見聞きします。

                                                  例えば、目上の方や上司との会話で、腕組みや足組みをして聞いていたり、
                                                  ◾目上の方への承諾を「了解しました」と返事をしたり、
                                                  ◾喪中なのに「新年おめでとうございます」
                                                  と言った挨拶言葉を平気で使ったり、
                                                  ◾目上や教えを受ける人に「参考に成ります」と平気で話したり、
                                                  ◾教えて貰うだけでそのあとの経過を返さなかったり、
                                                  ◾先人への節度の無い言葉使いや無礼な態度だったり、

                                                  このようなことを成さない社会人が年々増えていると思われます。

                                                  即ち、利己的な『礼』を尽くさずとも生きて行けると
                                                  安易に考える人が多いのではないでしょうか。

                                                  以下、『礼』の大切さについて以下、学びメモと論語から記します。

                                                  新渡戸稲造氏は、その著『武士道』で、

                                                  礼は寛容にして慈悲あり、
                                                  礼は妬まず、礼は誇らず、驕らず、
                                                  非礼を行わず、己の利を求めず、
                                                  憤らず、人の悪を思わず


                                                  江戸中期の儒学者太宰春台氏は、
                                                  「仁は目で見え難いが、義は行動となり、礼は形となって表れ目に見える。
                                                  従って、礼を厳しく躾ければ、その過程でなぜそうすべきか解り、
                                                  悪い心を持った人間でもその行儀作法と共に、心も自ずから正しくなっていく」
                                                  とそれぞれ著書のなかで記しております。

                                                  「礼」は、「仁」によって育まれた気持ちを形とする。
                                                  「仁」のみであってはいけませんし、「」なくして『』はあり得ないということです。
                                                  即ち「礼」は「」を具体的な行動として表したものです。

                                                  元々は宗教儀礼のタブーや伝統的な習慣・制度を意味し、
                                                  後に、人間社会の上下関係で守るべきことを意味する。
                                                  また、武道の基本とされる『礼に始まり礼に終わる』も多く知られています。

                                                  孔子の論語の中にある以下の語に「礼」の心が窺い知れます。

                                                  礼を学ばざれば、以って立つことなし。』[季子第十六]

                                                  礼を知らざれば、以って立つことなし。』[尭曰第二十]

                                                  [原文の意味・解釈]

                                                  孔子は長男の伯魚に、庭先で「礼」を学ぶことを強くすすめた。
                                                  「礼」を知らないと、人格形成が出来ず、人間関係が上手くいかないからだ。
                                                  伯魚の告白によれば、直接の父である孔子から
                                                  教えを受けたのは、庭先で会って「詩(学問)の勉強」と「礼の勉強」を薦められた。
                                                  この二つだけだったと言っている。

                                                  さしずめ現在ならば「庭先での教え」は家庭で親が子に教える「躾教育」と言ったことです。

                                                  また、孔子は「礼儀作法」を重んじた。
                                                  「礼」を知らない「無礼者」になるなと。
                                                  「礼」とは「礼儀作法」のこと。

                                                  今流に言うと「礼儀」は「マナー」と「モラル(倫理・道徳)」、
                                                  「作法」は、「ルール」「規律・規則」と言うことでしょう。

                                                  ※礼(れい)とは、さまざまな行事のなかで規定されている動作や言行、服装や道具などの総称。

                                                  春秋戦国時代、儒家によって観念的な意味が付与され、
                                                  人間関係を円滑にすすめ社会秩序を維持するための
                                                  道徳的な規範をも意味するようになった。

                                                  礼に始まり礼に終わる 武道の基本。
                                                  この言葉の初出1907年7月『武徳誌』に内藤高治が発表した論文「剣道初歩」。

                                                  熟語 礼記・礼拝・礼儀・礼装・礼服

                                                  【字源】

                                                  禮の古い時代から用いられている略体「礼」より。
                                                  「禮」は、「示」+音符「豊」の会意形声文字。
                                                  「豊」は「豆」に形よく供え物をならべた様。
                                                  形よく整えられた祭礼を意味。

                                                  意義

                                                  1.形よく整えられた行儀作法。儒教の徳目のひとつ。
                                                  2.形よく整えられた儀式。 婚礼、祭礼
                                                  3.社会習慣、慣習。
                                                  4.相手を尊重する取り扱いや挨拶。

                                                  礼遇、敬礼「礼」の漢字の成り立ち・由来 形声文字です。

                                                  ※漢字の成り立ち事典より「礼」を学びました。
                                                  まず以前に学んだ「しめすへん」です
                                                  神様へのお供えをのせた台をかたどって出来た文字でした。
                                                  「豊」の文字と合わせて収穫の感謝を表した「禮」の文字がありました。

                                                  「礼」は神への感謝の気持ちで「禮」は五穀豊穣への感謝を示す文字として使い分けられました。
                                                  今では「禮」は略され「礼」の漢字で統一されました。
                                                  私見ですが豊かな心と解します。

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                                                    道理・義理の「理」の字源を知る

                                                    お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                                                    理は
                                                                                  
                                                    “理無く、理過ぐことなく、理迫る、理は良知なり” (出典不詳)
                                                    (訳)
                                                    道理に合わないことなく、当たり前の程度を越えず、道理を尽くす
                                                    その理を作り出す根源は人としての良知である。

                                                    ※理の文字の成立ちは、 里は「田+土」からなり、筋目をつけた土地。
                                                     「理」は「玉+里」で、宝石の表面にすけて見える筋目。

                                                    ◍理無し
                                                    1. 理由がない。筋道が立たない。
                                                    2. 道理に合わない。道義を弁えない。

                                                    ◍理過ぐ
                                                    1.当たり前の道理や程度を越える。
                                                    2.常識を越える。

                                                    ◍理迫めて
                                                    1. 道理を尽くして。
                                                    2.道理がきわまって。もっともなこと。

                                                    ◍理過ぎて  
                                                    あたりまえの程度を越えて。極端に。

                                                    ※【理】の語彙1.(辞書検索)

                                                    1) 宝石の模様の筋目。
                                                    2) ことわり。物事の筋道。
                                                      (条理とか、道理、義理)
                                                    3) ことわり。筋目をたてる考え。理屈。
                                                      (理屈、理論、理想)
                                                    4) きめ。動植物の表面にあるきちんと整った筋目。
                                                      木の木目など。(肌理=キリ。肌のキメ)
                                                    5) おさめる。きちんと筋道をたてる。
                                                      筋を通して整える。(整理、理髪)
                                                    6) おさめる。訴訟をきいて筋道をただし、
                                                      よしあしを整理する。
                                                    7) とりあげて処理する。
                                                    8) 筋がたって整っているさま。
                                                    9) 自然の法則を求める科学。(理科)

                                                    【理】の語彙2.こと‐わり《「断り」と同語源》
                                                    1 物事の筋道。条理。道理。
                                                    「彼の言葉は理にかなっている」
                                                    「盛者必衰の理」
                                                    2 わけ。理由。



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                                                      報恩感謝】にその人物が現れる。

                                                      お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                                                      報恩感謝

                                                      施して報を願わず、受けて恩を忘れず。
                                                      江戸時代中期の学者中根東里が著した『東里新談』の中の言葉です。
                                                      これと同じような意味を持つ
                                                      受けた恩は石に刻み、かけた情けは水に流せ。
                                                      と言う言葉もあります。

                                                      人に物を送ってお礼を期待するな、人から物を貰ったら直ぐにお礼をしなさい、
                                                      と言う人としての心の在り方を表した言葉です。
                                                      子供の頃から親によく言われた言葉です。

                                                      この「施して報を願う」とは、自らの行為を誇りそれによって慢心することと言え、
                                                      それは、まさしく人に「恩に着せる」ことではないでしょうか。

                                                      また、「受けて恩を忘れず」とは、人から貰った恩を、恩と感じて、
                                                      それに報いようとする行いであり、報恩感謝であると言えます。

                                                      私達は普段の生活で、社会人として、人の上に立つ者として、
                                                      その人の人物をみる時や御縁を育もうとする際、
                                                      その人のする報恩感謝の活動によって、
                                                      人物を判断することがしばしばあります。
                                                      どこまでが報恩感謝でありと礼を示すことで、
                                                      どこからは恩に着せることなのか
                                                      人付き合いの上で、このことの線引きは
                                                      歳を重ねる毎に高くなるように思われます。

                                                      他人に何らかの恩を受け、
                                                      それに報いる人として礼を返すことの活動が
                                                      適切か否かを判断するのは凄く難しい、と思われます。

                                                      例えば、何らかの役立てばと考え他人に何らかの活動をした際、
                                                      その人が恩を感じ感謝と礼を示す人、感じていても示さない人、
                                                      当たり前だと受止めアクションも起こさない人、人それぞれそでその心は様々です。

                                                      しかし、一人の人間としての心の在り方を備えることは
                                                      いつの世でも変わらないと思います。
                                                      喩え他人にどう言われようが、人とて正しい道の選択をし
                                                      その道に沿い自ら報恩感謝の活動をすべきだと思います。

                                                      様々な人の思惑が交差する現代社会においても、
                                                      素直な心を持ち、周りの人から沢山の恩を受け生かされ、
                                                      生きていられることに心を配りながら、
                                                      日々、報恩感謝の心を忘れずに生きて行きたいものです。


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                                                        お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                                                        ※来たる10月1日に、或る集まりで講話をさせて頂く概要です。

                                                        技を生かす

                                                        〇信頼と人間力認める

                                                        1. 挨拶とレスポンスの【当たり前】

                                                        2. 総ては「認める活動」から

                                                        3. 「自分の発した言葉に責任を持つ」

                                                        4. 「ひと言」の重さを自覚する

                                                        5. スキルテクニック


                                                          基本は、マインド☞スキルテクニックの順です。

                                                         仕事や人間関係で様々な形や所作と言われるテクニックが優先されている現代社会ですが、
                                                         それを支えるスキルやマインドが欠ければ「人形作って魂入れず」になってしまいます。
                                                         このことは、人との関わりを始め、仕事上やスポーツで結果や成果を出すためも大切です。

                                                        ⦿マインド(心)は、その人の気持ち、目的や目標に向い取組む姿勢、魂、志、人柄。

                                                        ⦿テクニックは、技・手段・技法・作法・形。

                                                        ⦿スキルは、上記テクニックを用い様々な場面で其の場に合わせ実行する時に必要な能力。

                                                         例えば「伝達力」というスキルを身につけるために、下記のようなテクニックがあります。
                                                         ・会話する時の、聞くや話をする際の様々なテクニック
                                                         ・報・連・相のテクニック
                                                         ・文書やメールを使う際の知識&テクニック
                                                         ・妥協点を見つけるテクニック
                                                         ・洞察するために必要なテクニック
                                                         これらのテクニックを、相手やТPОに合わせて使い分け、
                                                         それを相手に伝達出来てこそ、「スキル」になるということです。

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                                                          認める心2

                                                          少子高齢化社会、不安の拭えない社会環境、個の意識の高まりに依る引きこもり、
                                                          人としてあるまじき犯罪やいじめ、ハラスメント、孤立死や孤立による自殺者の増加、
                                                          このようなことの起因は、個中心の社会になり自己保身が優先するが故に、
                                                          他者を「認める」意識の欠如にあると思われます。

                                                          詰り、円滑な人との関わり、繋がりに欠かせないのが、先ず「人を認める」と言う言葉や態度です。
                                                          この「認める」言動や態度、意識は、「思いやり」「利他心」の表れであり、
                                                          それは「情けは人のためならず」、その逆の「因果応報」に繋がると思います。

                                                          最近話題になっている子供の「いじめ」も、一つは「認めず無視」が原因で起きています。
                                                          このことは、残念ながら大人の社会でも数多く見られます。
                                                          それは、対面、非対面に関わらず「挨拶」や、メール、SNSの「メッセージ」に表れます。

                                                          例えば、対面時挨拶をしても「無視」された「糠に釘」の態度、
                                                          心無い挨拶、SNSツールで何らかの答が欲しくてメッセージを
                                                          入れても「KS」既読スルーされ何のレスもないことがあります。

                                                          喩え、このような方と親しくなっても、心にわだかまりが残り、御縁が育めず長く続きません。
                                                          時にこのようなことに、相手への心のポジションが現れ、醜く悲しい結果を生む場合もあります。

                                                          そのような認めない行動や態度は、利己(自己中)の表れそのものであると同時に、
                                                          何らかの見返りを心のどこかで求めている結果だと考えられます。

                                                          また、人は或る程度の立場になると「非を認めて謝る」方が難しくなります。
                                                          自尊心ばかりが強く片意地を張る人に沢山出会いましたが
                                                          本心から謝意を示し、頭を下げる人はあまりいません。

                                                          どんな立場の人でも、
                                                          「己に否があればそれを認め、潔く謝る。」、

                                                          この姿勢態度の奥底には、自分と相手を「謝意」は勿論のこと、
                                                          「感情の制御」「慎み深さ」「素直」「自他を認める」「礼を尽くす」「受け入れる」「誠実」
                                                          と言った心と共に、
                                                          「人の道(道理)」「人としての正しいこと」「自分と向き合う」「相手を立てる」「筋を通す」
                                                          と言った真摯な気持ちが存在すると思います。

                                                          「筋を通す」だとか「道理」だとか「節度」だとか随分古臭い言葉かもしれません。
                                                          筋を通す」というのは、仁義とも解せ、日本人にとってとても大切な武士道の義の精神です。
                                                          道理」に従わねばどんな事も必ず失敗すると体験からも言えます。
                                                          このような心の軸を支えている「礎」が「認める」(信認)することであると思います。



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                                                            いじめの増加、引きこもり、無差別殺人、自分の子供の虐待殺害と言った、
                                                            今迄の通念では思いもつかない事象や事件が多発しています。

                                                            見方を変えると、人や物事を一人称で捉える個人中心の社会と成り、
                                                            二人称である他人に対する意識で捉える人として為してはならない犯罪よりも、
                                                            我欲や己の心をコントロール出来ない犯罪が年々数多くなっていると思われます。
                                                            このような自分の心が柱となる犯罪が益々増加するのではないか、と危惧致します。

                                                            さて、その起因や要素と考えられるのは、「心の礎」とも言える「道徳教育」を
                                                            受けていない親達の「道徳心の欠如」にあるのではないかと思います。
                                                            また、総てとは申しませんが、個人優先社会と成り、
                                                            子を持つ大人が子供を中心に生活する意識がすこしずつ弱まり、
                                                            親としてではなく一個人として生活を楽しむような風潮が
                                                            巷に多くなっているからではないかとも考えられます。

                                                            一方、日本を牽引している知識層の一部の人達は、
                                                            自分の都合で他者に「不安」を与えるなどと言った、
                                                            自分自身を一人称で捉え「自分さえよければ主義」に変われつつあると思います。

                                                            このような状況から脱皮し、平和・自立・調和の日本を築き直し、
                                                            日本の優れた文化・伝統を復興させ二十世紀を通じて日本人が失いつつある、
                                                            先ず人を思いやり繋がりを創出する「和の心」を取り戻すことが、
                                                            二十一世紀に生きる私達日本人の課題だと思います

                                                            それは、失いつつある尊き日本精神の涵養であり、心の絆の再発見、詰り日本文化の再生です。
                                                            日本の歴史の中で、最も重要な言語を選ぶとすれば、「心」ではないでしょうか。
                                                            また、聖徳太子の言葉「和を以って尊し」にあるように他者との繋がり
                                                            即ち「和合と享受の精神」、「武士道」では、感情を抑える美学、
                                                            日本の象徴である皇室では「直き心」、
                                                            一方歴史を遡ると、「古事記」「日本書紀」での「清き明き心」、
                                                            仏教では、最澄が「道心」と唱えている「道を求める心」と言った、
                                                            」と取上げて来ています。

                                                            日本人は正直、誠実、謙虚、繊細で、
                                                            人との繋がりを重んじ、尊き日本精神の涵養である心の絆、
                                                            より良いものを作り出そうとする向上心、伝統的技術や文化を
                                                            継承していくと言った国民性を備えています。

                                                            二十世紀に至る迄、日本人が大切に育んで来た、
                                                            助け合いの文化、譲り合いの文化、労わりの心、
                                                            自然への畏敬と感謝の心は、「個人の生活」中心で
                                                            安心安全を重んじる社会になった21世紀の現在、
                                                            人々の心から徐々に薄れかけています。

                                                            私達は、他人を思いやる「おもてなし」の日本の心に原点回帰し、
                                                            日本人としての「」を再認識する必要に迫られていると思います。

                                                            その為にも、東日本大震災後に見られた人との繋がり、
                                                            豊かな生活環境の見直し、人の文字の如く、
                                                            他者に支えられ生かされていることの自覚、
                                                            先ず人を思いやる心の育成、
                                                            世界に類のない日本独自の和の文化と言ったことに
                                                            真剣に向き合うことが急務だと思われます。

                                                            東日本大震災直後における世界が賞賛した
                                                            日本人の様々な対応の素晴らしさは、
                                                            間違いなく日本の「和の文化」に裏打ちされていると考えられます。

                                                            私達は東日本大震災を経て、
                                                            古より大切に育んできた、助け合いの文化、譲り合いの文化、
                                                            労わりの心、自然への畏敬と感謝の心
                                                            の大切さ気付かされました。

                                                            このような日本文化を改めて省み、
                                                            その素晴らしさを再認識するためにも日本人としての
                                                            「心の軸」「心の礎」に目を向けなければならない時期に来ていると思います。

                                                            ひとり一人国民、自らがそう言った活動を推進することで、
                                                            心の闇」の怖さに気付き、日本人の心の軸と言える「和の文化」の認識が出来、
                                                            日本人ならでは道徳心「心の礎」を育むことに繋がると思います。


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