接客マナーは心の礎 (おもてなしの心)  📚偉人・先人から学ぶ

接客マナーは心の礎 (おもてなしの心) 

人を想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは人との「和」「おもてなし」の『心』です。
2017新タイトル

サービス業やおもてなしに関わる方,コミュニケーション,対人関係などの心と技に関連することを載せてます

ハート無題1s #思いやり ってどんなこと? ハート無題1s


当ブログに御訪問戴き,誠に有り難うございます。

人の和,思いやりの投稿を選び 心の礎“和”と“思いやり”のブログを新設しました。



己を律する意識を大切に!

お薦め度【★★★★】全業種、業態用

克己復礼照す

21世紀に入り日本の社会は個人が中心になり、
人前で堂々と化粧をしたり、電車やバスの中で食事をしたり、
人の通行する場所で自転車を走らせる人が目に付きます。
「どんなことをしようが私の勝手でしょう」、
「今しかできないから」
「公道だから、俺の自由だろ」
などと、その人達は思っているのでしょうか。
このような行為は、ルールやマナーを弁えた
振る舞いとはとても思えません。

その何気なくしていることが社会で生活している
周りの人達に不愉快な思いや迷惑をかけているのに
どうして気が付かないのでしょう。

私見ですが利己的で自己中心的な、
社会不適応行為ではないかと思われます。
多分、自分の中にある「当たり前」の基準が
正しく育っていないからなのでしょう。

このように自分の行動を
自らが「律する」ことが出来ないのは、
日本の社会の個人優先意識が強くなり、
個々人の姿勢や行動、心も含めた
自らの自己顕示欲が強まり「律する」(≒道徳意識)
ことよりも「自由に開放する」ことに重点を置いてきた
ことの結果なのではないかと考えられます。

個の社会になり、人は繋がって生かされ、
生きていられると言う人間関係の根底にある、
個々人の自らの意識を「開放する」自己主張や
自己顕示意識が強くなった結果、
認められたい」と言う自己保身意識が高まり
社会で生きるモラルである「律する」ことへの意識が
薄れお座成りになってしまっているのかも知れません。

先年の東日本大震災時やその後の災害時などで、
世界中から「律する」ことを称賛された日本です。

少子高齢化社会に突入した現在、人口減少の社会で生き抜き、
オリンピックで世界中の方々を「おもてなし」する上でも、
今こそ、古からの素晴らしい教え「克己復礼」の文言を、
心に深く刻みそれを実行する必要があると思います。


克己復礼」の解説・・・以下、論語から引用

顔淵が孔子に仁の意識を尋ねた。
先師が答えられた。

「私利私欲に打ち勝って、
 社会の秩序と調和を保つ礼に立ち戻るのが仁である。
 喩え一日でも己に克って礼に帰れば、
 天下の人もおのずから仁になっていく。
 その仁を行うのは自らの意思によるべきで、
 他人の助けによるべきでない」

顔淵が更に尋ねた。
「それではその仁の実践についての方法をお教えください」
先師が答えられた。
礼に外れたことは、視ないように、
 礼に外れたことは、聴かないように、
 礼に外れたことは、言わないように、
 礼に外れたことは、行わないようにすることだ


顔淵は言った。
「私はまことに至らぬ者でございますが、
 今お教えくださいましたお言葉を一生かけて
 実行して行きたいと存じています」

門人の顔回が仁について質問した時、孔子は
「己に克ちて禮に復るを仁と為す」と答えました。

顔回が続けて
「請う、其の目を問わん」とその実践上の要点(大切な事)を更に訊ねます。
孔子は、見る事・聴く事・言う事・行動の全て、何事に渡っても
礼から外れないのが大事だと答えているのです。
【以上引用終り】


私見ながら、克己復礼
私利私欲・我がまま・自分勝手なことをしない。
自分の欲望を制御・コントロールし、
我が身を慎んで礼の規準に従って
行動することが「仁」だと言っていると解します。

克己復礼」と五常の徳「義」「礼」「智」「信」は、
決して切り離せないと文言であると思います。


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    」を以って「」を成す

    お薦め度【★★★★】全業種、業態用

    仁礼和紙

    人間の心には、煩悩と言われる人の心を迷わせ悩ませ、
    苦しみの原因となる貪、瞋、癡、慢、疑、悪見などがあります。
    例えば、
    いい人と思われ「たい」、
    好かれ「たい」、
    愛され「たい」、
    認められ「たい」、
    褒められ「たい」
    と言った「たい」の我的欲求願望(意識)と受動的な意識があります。
    この総ては期待・欲求・願望・要求・欲望と言った自己欲に因ると考えられます。

    こういった意識(思考)を持たないよう心掛け、自発的で能動的な好きになる、
    愛する、認める、褒める、自他の良いところを自らが積極的に見付け出す、
    そして言葉や態度での表現の活動をすることで豊かな人間関係を育めます。

    積極的に、【一体・連帯・安泰・態度・状態・応対・大切・連隊・忍耐・歓待・土台】
    の文言を意識するようにすると良い人間関係を築け、色々な道が広がります。
    そして、論語にある【・義・・智・信】の文言を理解認識しておくと良いでしょう。

    まず、「」と「」について考えてみます。
    私達の住む社会は 、人間関係の『礎』ともいえる「認める」こと
    即ち「承認・信認」を表す「感謝」や『』の心の表現伝達が
    疎かになりつつあると感じられることを様々な処で味わい、見聞きします。

    例えば、
    何らかの形で他人を動かしお世話に成ったり、ビジネスや普段の生活において
    見知らぬ他人との縁や繋がりに何らかの御尽力を頂いた人に対し、
    人として自利や感情を抜きにして示し、伝えなければならない心身の活動が
    感謝」でありそれは『』を以って成すことであると思われます。

    或いは、ビジネスや私生活で挨拶したりやメールを送ったりした時、
    返事ひとつで発信した人の活動の仕方が決まったりするのに、
    返事もしない、メールもKS(既読スルー)したり、無視したり何の返事もしない。
    その結果として自分も相手もネガティブな思いをしたり、ビジネスに繋がらない。
    こういったことが平気で行われていることを時々体験し見聞きします。

    人として大切な「」=相手への思いやり、「」があって生かされる「礼」、
    有難い、お陰様ま「感謝」の心の表現伝達について気してみます。

    [感謝]と「愛]の対義語

    300966_294113473950728_301530035_n.jpg
     共に、認める心や活動の有無が礎です。

    また、会話時に目上の方や上司との会話で、腕組みや足組みをして聞いていたり、
    目上の方への承諾を「了解しました」と返事をしたり、
    目上の人や教えを受ける人に「参考にします」と平気で話したり
    喪中なのに「新年おめでとうございます」と言った言葉を平気で使ったり、
    金銭の授受の有無に関わらず教えて貰うだけでその後の経過を返さなかったり、
    先人への節度の無いタメ語や無礼な態度をしたり、
    こんなことをする社会人が増えていると思われます。

    即ち、礼を利己的に捉え、『礼』を尽くさずとも生きて行けると安易に考える人が多いと思います。
    誠に残念ながら、現実の生活、国や地方の行政機関での行為を取りざたされているように
    自己顕示、利己、保身、自己都合といったことが大手を振ってまかり通る社会になりつつあります

    このことを少なくするには次のようなステージで思考行動する癖を付けることだと思われます。
    ◆一人称~三人称の「Stage」&「Eye」
    人称別ステージ05
    自心も他人にも嘘偽りのない
    自らの本当の姿を知るために、
    自分を一番理解し愛せるのは自分だけだと自覚し
    「自分と向き合う」活動をする際、
    その時の様々な視点の一例を記してみます。

    皆さんは、人(=仲間)や物、物事・事象=自社(自店舖・商品)を
    どのステージの目線で見てどのステージに立って捉え、
    どのステージ立って思考(想像)し、夫々をどのように認識し、
    そして、どのような言葉や態度に表現しますか?

    そして、思いやりはどのステージでどう捉えることを言うのでしょうか?

    ※以下、『仁と礼』の大切さについて以下、学びメモと論語から記します。
    新渡戸稲造氏は、その著『武士道』で、
    「礼は寛容にして慈悲あり、は妬まず、礼は誇らず、驕らず、
     非礼を行わず、己の利を求めず、憤らず、人の悪を思わず」

    江戸中期の儒学者太宰春台氏は、
    「仁は目で見え難いが、義は行動となり、礼は形となって表れ目に見える。
     従って、礼を厳しく躾ければ、その過程でなぜそうすべきか解り、
     悪い心を持った人間でもその行儀作法と共に、心も自ずから正しくなっていく」
    とそれぞれ著書のなかで記しております。

    「礼」は、
    「仁」によって育まれた気持ちを形とする。
    「仁」のみであってはいけませんし、「仁」なくして『礼』はあり得ないということです。

    即ち「礼」は「仁」を具体的な行動として表したものです。

    元々は宗教儀礼のタブーや伝統的な習慣・制度を意味し、
    後に、人間社会の上下関係で守るべきことを意味する。
    また、武道の基本とされる
    『礼に始まり礼に終わる』も多く知られています。

    孔子の論語の中にある以下の語に「礼」の心が窺い知れます。
    『礼を学ばざれば、以って立つことなし。』[季子第十六]
    『礼を知らざれば、以って立つことなし。』[尭曰第二十]

    ※[原文の意味・解釈]
     孔子は長男の伯魚に、庭先で「礼」を学ぶことを強くすすめた。
     「礼」を知らないと、人格形成が出来ず、人間関係が上手くいかないからだ。
     伯魚の告白によれば、直接の父である孔子から教えを受けたのは、
     庭先で会って「詩(学問)の勉強」と「礼の勉強」を薦められた。
     この二つだけだったと言っている。
     さしずめ現在ならば「庭先での教え」は家庭で親が子に教える「躾教育」と言ったことです。

     また、孔子は「礼儀作法」を重んじた。
     「礼」を知らない「無礼者」になるなと。
     「礼」とは「礼儀作法」のこと。

     今流に言うと「礼儀」は「マナー」と「モラル(倫理・道徳)」、
     「作法」は、「ルール」「規律・規則」と言うことでしょう。

    ※礼(れい)とは、さまざまな行事の中で規定されている
    動作や言行、服装や道具などの総称。
     春秋戦国時代、儒家によって観念的な意味が付与され、
     人間関係を円滑にすすめ社会秩序を維持するための
     道徳的な規範をも意味するようになった。

     礼に始まり礼に終わる 武道の基本。
      この言葉の初出1907年7月『武徳誌』
     に内藤高治が発表した論文「剣道初歩」。
     
    *熟語 -礼記・礼拝・礼儀・礼装・礼服

    字源
    禮の古い時代から用いられている略体「礼」より。
    「禮」は、「示」+音符「豊」の会意形声文字。
    「豊」は「豆」に形よく供え物をならべた様。
    形よく整えられた祭礼を意味。

    意義
    1.形よく整えられた行儀作法。儒教の徳目のひとつ。
    2.形よく整えられた儀式。 婚礼、祭礼
    3.社会習慣、慣習。
    4.相手を尊重する取り扱いや挨拶。
    礼遇、敬礼「礼」の漢字の成り立ち・由来 形声文字です。

    ※漢字の成り立ち事典より「礼」を学びました。
    まず以前に学んだ「しめすへん」です
    神様へのお供えをのせた台をかたどって出来た文字でした。
    「豊」の文字と合わせて収穫の感謝を表した
    「禮」の文字がありました。

    「礼」は神への感謝の気持ちで「禮」は
    五穀豊穣への感謝を示す文字として使い分けられました。
    今では「禮」は略され「礼」の漢字で統一されました。
    私見ですが豊かな心と解します。


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      喉元過ぎれば熱さ忘れる

       【意味】,
       喉元過ぎれば熱さを忘れるとは、苦しいことも過ぎてしまえば、その苦しさや恩も簡単に忘れてしまう。


       お薦め度【★★★★】全業種、業態用

       8-15日

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        おもてなしの心得

        お薦め度【★★☆☆☆】全業種、業態用



        ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

        読者の皆様へ感謝

        風鈴27-1

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          忠言.

          お薦め度【★★☆☆☆】全業種、業態用

          忠言9

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            忠言-思いやり-2.

            お薦め度【★★☆☆☆】全業種、業態用

            三日程「忠言」を載せておりませんてした。
            ※今回の忠言6.~8.は体験からです。


            忠言6


            忠言-思いやり-3.

            忠言7


            忠言-思いやり-4.

            忠言8

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              思いやりの言行

              お薦め度【★★★☆☆】全業種、業態用

              2016・6-3・12


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                良薬は苦し

                お薦め度【★★★☆☆】全業種、業態用

                生きる上での学や生き方の教え、気付きにためにやくだった「忠言」を平日に出来る限り掲載します


                2016・6-2・1

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                  縁を絶つ勇気!

                  生きる上での学や生き方の教え、気付きにためになつた忠言を本日より平日に掲載します


                  忠言1
                   

                  ムヒカ前大統領・日本へのメッセージ“2016”

                  お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                  ウルグアイのムヒカ大統領10.11


                  今夜4月8日19時からフジテレビ系で、ムヒカ前大統領今回の日本訪問の放送があります。
                  現在の日本が失いかけている大切なことなど様々な学びがある思われます。

                  今回のムヒカ大統領のお話は、日本の子供達や将来の社会に何かを伝え気付かせようとの意図が伺えます。
                  それは、豊かな社会になった日本社会での悲しい出来事や犯罪を少なくするために役立つと思われます。

                  <以下・番組内容とリンク>
                  “世界でいちばん貧しい大統領"ムヒカ来日緊急特番~日本人は本当に幸せですか?~

                  今回の放送内容にも、生き方や心の持ち方について多くの学びがあると思われます。
                  また、豊かになった我が国の将来にも役立つ内容だと思われます。

                  --------------------------------------------------------------------------------------------------

                  以下は、昨年10月11日のフジテレビ、Mrサンデーで放送された
                  ウルグアイ前ムヒカ大統領の話に気付きと教え頂きましたので一部転載します。

                  第2弾 日本人へ向けて語った“大切な言葉”2015

                  産業発展に忙殺され、日本人が忘れてしまっている「足るを知る」=知足、
                  という言葉を思い出させてくれた世界一貧しいと言われたウルグアイ前ムヒカ大統領。

                  (以下転載)
                  ムヒカ氏は、かつての日本人は多くのものを持たず、「足るを知る」を美徳とした。
                  「日本は産業社会に振り回されている。
                   すごい進歩を遂げたけれど本当に日本人が幸せなのかは疑問。
                   西洋の悪いところをマネして日本の性質を忘れてしまった。
                   物は幸せにしてくれない。」
                  と日本人へ向けての真心のメッセージを伝えていました。

                  番組のコメンテーターの武田圭吾氏が、
                  「子どもたちに立派な人がいると示す以前に、大人たちはどうするのか
                   ということをインタビューの最後でも言っていた」
                  とコメントしていたのが印象的でした。

                  以上前回2015年放送
                  --------------------------------------------------------------------------------------------------

                  参考記事

                  ムヒカ前大統領の日本へのメッセージ-2015
                  足りるを知り人生に生かす



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                    大切な自心を育む

                    お薦め度【★★☆☆☆】全業種、業態用

                    自心育む


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                       「仁」を紐解く

                      お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                      仁1
                      以前放映されたテレビ映画「JIN‐仁」は、現在でも世界中で沢山の人達に
                      多くの感動を与え続けていると聞いております。
                      どうしてそんなに人の心を動かすのでしょうか?
                      それは、世界中の人々に「仁の心」が伝わるからではないかと思われます。

                      私見ですが、この『仁』の文字を【二人の人】と解します。
                      即ち、一人称の自分と二人称の他者が対象の対人関係力の一つであると考えます。
                      また、本人と支えている人の二人とも解せます。

                      『仁』の文字は

                      ①「自分と他人」
                      「自分ともう一人の自分(思考の選択に戸迷う自分)」
                      「強い自分と弱い自分」
                      「人」+「二」で組立てられ、それは自分と他の人(二人称)を表わしている。
                      即ち、自分自身と他者、二人の人間を意味すると解します。

                      ②『自分』と『他人』
                      「生きている自分」と「生かされている自分」
                      「人を愛する自分」と「愛されたい自分」
                      「利己」と「利他」
                      「認める自分」と「認められる自分」
                      「親切な自分」と「無関心な自分」
                      「与える自分」と「求める自分」(物・魅力・心)
                      「感謝する自分」と「感謝される自分」

                      ③『自分』と『もう一人の自分』
                      「人間の善悪二つの心」
                      「強い自分」と「弱い自分」
                      「明元素な自分」と「暗病反な自分」
                      自他に「優しい自分」と「厳しい自分」
                      「無関心な自分」と「共感する自分」
                      「楽に過ごす自分」と「楽しむ自分」


                      ※二人称
                      話し手(書き手)に対して、聞き手(読み手)をさし示すもの。
                      日本語では、「あなた」「あなたがた」「きみ」「きみたち」など。

                      ※辞書に「仁」は以下のように記されています。
                      [思いやりの心を持つこと。仁義・真実・まこと・誠意。慈しみ、思いやり。]
                      人を思いやること、これは内面的なもの、 詰り、心(気持ち)の事を意味しています。
                      孔子の『論語』で、お互いが慈しみ合う姿で「仁」を行うことが、「義」「礼」「智」「信」の【徳】を実践する
                      最終の目的とされています。

                      (備考)仁の解説 [以下Wikipediaより引用]

                      仁(とは中国思想における徳の一つ。仁愛。
                      特に儒家によって強調されており、孔子がその中心に据えた倫理規定、人間関係の基本。
                      主に「他人に対する親愛の情、優しさ」を意味しており、儒教における最重要な「五常の徳」のひとつ。
                      また仁と義を合わせて、「仁義」と呼ぶ。
                      儒学を大成した孔子は、君子は仁者であるべきと説いた。
                      性善説に立つ孟子は、惻隠(そくいん)の心が仁の端(はじめ)であると説いた(四端説)。
                      この惻隠の心とは同情心のことであり、赤ん坊が井戸に落ちようとしている時、
                      それを見た人が無意識に赤ん坊を助けようと思う心であると説いた。

                      なお、孔子は、『論語』の中で「仁」について明確な定義をおこなっておらず、
                      相手によって、また質問に応じて様々に答えている。
                      言い換えれば、儒家の立場においては「仁」とは
                      人間にとってもっとも普遍的で包括的、根源的な愛を
                      意味するものとして考えられてきたのであり、八徳の「孝」や「悌」、「忠」なども
                      『仁』の一つの表れだと主張されている。

                      [以上引用終り]

                      【仁】
                      人を思いやることに素直にあれ
                      人を思いやること、これは内面的なもの。
                      詰り気持ちの事を意味しています。
                      「思いやの行動には示さなくていい」と 思われる人が
                      いるかもしれませんが決してそうではないと思います。
                      孔子は『論語』で、
                      「仁」を以って最高の道徳であるとしており、
                      日常生活から遠いものではないが、
                      一方では容易に到達出来ぬもの、と説明がなされている。
                      ある場合は「人を愛すること」と説明し、
                      顔回(ガンカイ)の質問に対しては「克己復礼」こそが、「仁」である。
                      =私心を克服して礼を重んじること。
                      即ち「己に克ちて、礼を復むを、仁と為す」と孔子は答えています。
                      前者は外部に対する行為を指し、後者即ち顔回に対する答えは
                      自身の内なる修養のあり方を指している。

                      具体的な心構えとしては、
                      「己れの欲せざるところ、これを人に施すなかれ」
                      がよく知られています。
                      即ち、「仁」とは、思いやりの心で万人を愛し、
                      利己的な欲望を抑えて礼儀をとり行うことです。

                      以上学びのメモより転載。


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                        心の扉


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                          “世界一貧しい大統領”

                             第2弾 日本人へ向けて語った“大切な言葉”


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                          ウルグアイのムヒカ大統領10.11

                          11日のフジテレビ、Mrサンデーで放送されたウルグアイ前ムヒカ大統領の話に
                          とても共感を覚えましたので放送された中から一部転載します。

                          産業発展に忙殺され、日本人が忘れてしまっている「足るを知る」=知足、
                          という言葉を思い出させてくれた世界一貧しいと言われたウルグアイ前ムヒカ大統領。

                          (以下転載)
                          ムヒカ氏は、かつての日本人は多くのものを持たず、「足るを知る」を美徳とした。
                          「日本は産業社会に振り回されている。
                           すごい進歩を遂げたけれど本当に日本人が幸せなのかは疑問。
                           西洋の悪いところをマネして日本の性質を忘れてしまった。
                           物は幸せにしてくれない。」
                          と日本人へ向けての真心のメッセージを伝えていました。

                          番組のコメンテーターの武田圭吾氏が、
                          「子どもたちに立派な人がいると示す以前に、大人たちはどうするのか
                           ということをインタビューの最後でも言っていた」
                          とコメントしていたのが印象的でした。


                          ※参考記事
                          足りるを知り人生に生かす


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                            知足を紐解く

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                            生かされ、生きられる「証

                            証10

                            知足は、自分の周りの人や物、環境について「足りるを知る」という意と解します。
                            自然災害や震災を身近で体験したプロスポーツマン
                            (楽天の星野元監督や選手の皆さん、震災を肌で感じた羽生選手や浅田選手)、
                            自然災害や震災で傷ついた心の痛みを理解し共有した人達、
                            当時の国内にいて報道やテレビなどを通して震災の恐ろしさを知り、
                            感じ取った中高校生の子供達、そのような皆さんの多くは、辛くても
                            「自分と向き合う」時間を作り、前向きに歩きながら、
                            想像を超えた結果を出していると思えることが多くあります。

                            また、最近のスポーツ界で、若手の日本人で世界レベルの活躍をされている人達を見ると、
                            「己と本気で向き合い、誰かのために、高い目標に取組むと素晴らしい結果が生まれる」
                            のだと受止められることが多くあります。

                            自分と向き合う活動をしないで、外ばかり見て、人生を歩んできた私にとって、
                            己と向き合う「知足」即ち『足りるを知る』という活動をする必要性を
                            この歳になり改めて強く認識させられます。

                            少子高齢化社会をけん引する皆さんに是非取り組んで戴きたいと思っています。

                            知足】人生の後半に知ったこの言葉から多くの学びを得ました。
                            団塊の世代と言われる私達は、どうも「足りる」ではなく、
                            足りない物やこと」即ち「不足」していることばかりを追いかけ、
                            その不足することをどのように補い、修正し、正しく導くか
                            と言うことを柱にして生きて来たように思えます。

                            改めて、若かりし頃から壮年に至る迄の自分自身を振り返り考えてみると、
                            接客する人を見ては、「あの人には、〇〇〇が足りない。」、
                            お店については、「あの店には、〇〇〇が不足している。」、
                            並んでいる商品を見ては、「あの商品には〇〇〇が足りないから売れない。」
                            などと、ネガティブなマイナス要素ばかり見付け、
                            人や物事を捉えて来てしまったような気がします。

                            知足利他、即ち、知足の心と利他の行いに眼を向けていたら、
                            きっと違う世界が見え、現在までの生き方も変化したのではないかと思えます。

                            今思えば、ポジティブに優れている(足りる)処は、
                            敢えて度外視して来てしまったと思います。
                            社会環境が欧米化してきた20世紀後半から、
                            優れている処を伸ばすコーチングスキルが注目され、
                            普及してきたのもその表れだと受け止めています。

                            即ち、叱る時は真剣に本気で熱く叱る、褒める時は個人の個性を生かす、
                            要するに、ただ飴と鞭を使うのではなく個性に合わせて使うということです。

                            また、人や組織に合わせた適切な取組方法や手段、商品作りにも繋がると考えます。
                            人と組織のブランティングにも、『知足』の精神は必要であるとも思えます。

                            以下、『知足』を含む四文字熟語について記してみます。
                            知足熟語

                            知足利他
                             
                             足ることを知ると言う心が齎す、感謝と謙虚さを元に、他人を思いやる利他の行いをすること。

                            知足不辱

                             自分の分を知り、それで満足をすれば辱めを受けないということ。

                            知足安分

                             満足することを知らないと、どんなに豊かであっても安らぐことがないということ。
                             置かれている状況を自分に見合ったものとして不平不満を抱かないこと。
                             足りることを知り、分に安んずること。   

                            安分知足

                             高望みをせず、自分の境遇に満足すること。

                            小欲知足

                             欲が少なく、わずかなもので満足すること。

                            吾唯足知

                             人は欲張らず、今の自分を大切にしなさいということ。
                             「足る事を知る人は不平不満が無く、心豊かな生活を送ることが出来る」ということ。
                             このような『知足』は、己の現況に見合った姿(分)を弁え、
                             人の持つ欲をその人の分相応に合せ、抑制することを指すと解します。


                            竜安寺の手水鉢
                            吾唯足知京都・竜安寺

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                              健康十訓

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                                利己・自己顕示と現代社会

                                お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                                自己表現&克己復礼green


                                日本では、21世紀になって、
                                人前で堂々と化粧をしたり、
                                電車やバスの中で食事をしたり、
                                多くの人達が通行する公の場所で目的もなく、
                                しゃがみこむ人が目に付きます。
                                「どんなことをしようが私の勝手でしょう」、
                                「公道だから、俺の自由だろ」
                                などと、その人達は思っているのでしょうか。
                                このような利己的で自己中心の行為は、
                                礼を重んじる日本人の振る舞いとは言えないと思います。

                                普段、何気なくしているこのようなことが
                                自分の周りの人達に不愉快な思いをさせ、
                                自分の気付かない迷惑をかけているのに、
                                何故気が付かないのでしょうか。

                                このようなこと自己中心的で利己的な行為は、
                                多分、自分の中にある「当たり前」の基準が
                                社会生活上で不適応なっているのでしょう。

                                また、一方では自分をより強く表現するための
                                様々なパフォーマンスや意識が重んじられ
                                接客やおもてなしの過剰とも言える演出、
                                人の目を意識し過ぎた行動や所作、
                                自らの心を隠した作り笑顔、
                                と言ったことに重きを置く社会になりました。

                                その結果、相手のことを思い考えることより
                                利己的な自己表現や保身意識が強まり、
                                例えば【いじめ】を受けている子供が
                                SОSを発信していてもそれに気づかず、
                                大切な命を自ら亡くすことになったり、
                                集団で【いじめ】をして罪をなすり合ったり、
                                する行為が多く見受けられるようになりました。

                                このように行動を「自ら律する」ことが出来ないのは、
                                日本の社会全体が侘び寂びの心の表現よりも
                                パフォーマンスを重視するようになり、
                                個人優先意識が強くなり、個々人の姿勢や行動、
                                心も含めた自らの自己顕示欲が強まり己を「律する」ことよりも
                                己の心を「開放する」ことに重点を置いてきた
                                結果なのではないかと考えられます。

                                個の社会になり、
                                人は繋がって生かされ、生きていられると言う
                                人間関係の根底にある、個々人の自らを「開放する」
                                自己主張や自己顕示意識が強くなった結果、
                                「認められたい」と言う意識が高まり
                                「律する」ことがお座成りになってしまっているのかも知れません。

                                2011年の東日本大震災時に、
                                世界中から「律する」ことを称賛された日本です。
                                少子高齢化社会に突入した現在、
                                高齢化で人口減少の社会で生き抜き、
                                世界中の方々を「おもてなし」する上でも、
                                私達は今こそ、己を律する【克己復礼】の心で
                                思考し、活動する必要があると思います。

                                また、現代社会は、
                                『礼』が疎かになっていると様々な処で感じられます。
                                例えば、上司や目上の方・年長者との会話で、
                                腕組みや足組みをして聞いていたり、
                                目上の方への承諾を「了解しました」と返事をしたり、
                                喪中なのに「新年おめでとうございます」
                                と言った挨拶言葉を平気で使ったり、
                                目上や教えを受ける人に「参考に成ります」と平気で話したり、
                                教えて貰うだけでそのあとの経過を返さなかったり、
                                先人への節度の無い言葉使いや無礼な態度だったり、
                                このようなことを成さない社会人が増えていると思われます。

                                即ち、利己的な『礼』を尽くさずとも生きて行けると
                                安易に考える人が意外と多いのではないでしょうか。


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                                  恩を心に刻む

                                  お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                                  情け・継続

                                  【かけた情けは水に流し、受けた恩は石に刻む。】

                                  【言うものは水に流し、言われたものは石に刻む。】
                                  このような名言は、

                                  人は己が他人にしたことをいつまでも忘れられず、
                                   他人から受けた恩や情けをいつの間にか忘れてしまったり、
                                   ないがしろにしたりしがちになる
                                  。」
                                  と言うことを戒めている言葉です。

                                  仏教では、布施と言う奉仕、施しの活動を
                                  「してあげる」「してやる」のでも、「して差し上げる」「させて頂いている」
                                  「させて頂く」でもなく唯々『御返しをさせて頂いている』と
                                  受け止めることが大切だと説いています。

                                  私達人間は、その文字の如く、祖先や多くの霊、人々に支えられ、
                                  人と人との間で生かされ生きていることを自らの心の礎にシッカリと刻み、
                                  己が「生かされ、生きていられる」ことに「嬉しい」「お陰様で」「有難い」と
                                  人や自然、物事に謙虚に感謝し、その恩恵の心を何時も忘れることなく、
                                  生かされ、生きて生活していられることに
                                  『御返しをさせて頂いている』気持ちを持ち続け、
                                  表し伝えて行くことがとても大切だと思います。

                                  私は敢えて、サービス業やおもてなしに関わる者にとして
                                  何事も他者を主、己を従と捉えように意識し
                                  「受けた恩は心に刻め、かけた情けは水に流せ」
                                  と順序を入れ替えて意識するようにしてします。

                                  同時に、祖先や周りの人々から「生かされ、無事に生きている」ことに
                                  「お陰様で」「有難い」と言う感謝の気持で接するように心掛けています。


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                                      五徳無くして五倫有らず。」

                                      お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                                      五徳無くして五倫有らず1

                                      現代においても倫理道徳の基礎にある思想です。
                                      五倫は、儒教における5つの道徳法則、及び徳目。
                                      「仁義礼智信」の「五徳」と共に儒教倫理説の根本となる教義。
                                      主として孟子によって提唱されました。
                                      年末こそ、心豊かな来たる新年を向えるために今年一年を五徳五倫を振返ってみましょう。

                                      五徳の「仁・義・礼・智・信」。

                                      】 「人を思いやることに素直にあれ
                                      人を思いやること、これは内面的なもの。
                                      詰り気持ちの事を意味しています。
                                      いつも思いやりの心で万人を愛し、
                                      利己的な欲望を抑えて礼儀をとり行うことです。

                                      】 「正義を貫くに素直にあれ

                                      「義」とは、打算や損得のない人としての正しい道、
                                      即ち正義を指すものであり、「義」から派生した言葉に
                                      大義・道義・節義・忠義・仁義・信義・恩義・律義、
                                      更には義理・義務・義憤・義侠・義士・義民・義挙などがある。

                                      】 「礼を尽くすに素直にあれ」 

                                      仁によって育まれた気持ちを礼に依って形とする。
                                      仁のみであってはいけませんし、仁なくして礼はあり得ないという事です。
                                      即ち、「仁」を具体的な行動として、表したもの。

                                      】 「知(知恵)を磨くに素直にあれ

                                      学問に励むこと、知識を重んじること。勉強ができない人や知識がない人を
                                      愚か者だと貶す風潮がありますが、勉強ができるから賢いとは限りません。
                                      真の愚か者とは同じ過ちを繰り返し、何も学ばない存在を意味します。

                                      】 「人を信じるに素直にあれ」 

                                      言明を遵守し、約束を守ること。
                                      現在の社会で欠けていることであり、五徳の中で最も大切だと考えられる

                                      仁は同情心、義は正義感、礼は社会的節度、智は道徳的分別に信を加えて五常となる

                                      ※五徳のそれぞれにある素直は、徳の字源「直き心」を指し示す。

                                      五倫「父子の親・君臣の義・夫婦の別・長幼の序・朋友の信」。

                                      父子の親
                                      父と子の間は親愛の情で結ばれなくてはならない。

                                      君臣の義
                                      君主と臣下は互いに慈しみの心で結ばれなくてはならない。

                                      夫婦の別
                                      夫には夫の役割、妻には妻の役割があり、それぞれ異なる。

                                      長幼の序
                                      年少者は年長者を敬い、したがわなければならない。

                                      朋友の信
                                      友はたがいに信頼の情で結ばれなくてはならない。
                                      友人、知人、親や兄弟といった全ての人間関係における在り方。

                                      日常生活でも、当たり前に感じている関係こそ、どこかで見つめ直す必要があると思います。
                                      友情に厚く、言明をたがえないこと、真実を告げること、約束を守ること、誠実であることなどです。 


                                      ※言明の意味
                                      ① 言葉に出してはっきり言うこと。明言。
                                      ② 一定の意味内容をもった文を述べる行為。または,述べられた事柄。立言。
                                       

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                                        思いやる心

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                                              日蓮『八風の戒め

                                              (仏教学びのメモより転載)

                                              お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                                              8つの風

                                              八風とは、利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽のそれぞれの人の心に吹く風を指します。

                                              日蓮大聖人は、
                                              「賢人は八風と申して八やつの風にをかされぬを賢人と申すなり。」
                                              楽なり。心は利有るによろこばず、をとろうるになげかず等のなり。
                                              此の八風にをかされぬ人をば天はまほらせ給ふなり。」
                                              (四条金吾殿御返事)と、四条金吾に対してお手紙を認(したた)められました。

                                              四条金吾の信仰が深まるにつけ、周りから嫌がらせ、
                                              中傷を受け、主君からも誤解され、数々の冷遇を受けました。
                                              信心堅固の四条金吾も、信行の道は険しかったのでした。

                                              案じられた大聖人は、励まし、時には戒め、温情溢れるお言葉を与えています。
                                              法華経の修行者は、喩え如何なる事態に遭うとも、即ち、
                                              八つの風に侵されても、決して動じてはならない。
                                              どのようなことがあっても動じない人を賢人と言い、必ずや天の守護があるであろう。
                                              と、訓(さと)されたお手紙です。

                                              では、その八つの風について考えてみましょう。

                                              1.「」(うるおい)・・・目先の利欲にとらわれる姿
                                               利の風=物心両面にわたる潤いの風。
                                               利することがあれば嬉しい、しかしいつまでも続くとは限りません。執着しない。

                                              2.「」(おとろえ)・・・老衰や生活に破れた姿
                                               衰えの風=心身、仕事など衰えてくると、弱気になるものです。
                                               人生、山あり谷あり、一喜一憂しない。ことに老い、病は人の定め、受け容れる。

                                              3.「」(やぶれ)・・・・他人に批判されて自己の信念を変えてしまう姿。
                                               毀れ、挫折、失敗の風=多くの人は落胆し、虚しさを覚えます。
                                               失敗は人生につきもので、七転び八起きの精神で、その風を受け止める。
                                               挫折、失敗は、人を磨く砥石です。

                                              4.「誉強調文」(ほまれ)・・・・名聞名利にとらわれ、我を忘れた姿。
                                               誉れの風=誇りとするに足る風が吹けば、喜び、有頂天にさえなる。
                                               油断禁物、常に己を戒めて行くこと。

                                              5.「」(たたえ)・・・賞賛されて増上漫になり、自分を見失うことをいう。
                                               称えの風=誉め、称えられれば、これまた喜び、過ぎると慢心になります。 
                                               謙虚でありたいものです。
                                               とかく人は「おだて」と「もっこ(担がれること)」には、すぐ乗りたがります。
                                               最高の状態にあって尚、己れを戒めるということは、容易なことではありません。

                                              6.「」(そしり)・・・他人からそしられ、自分を見失うことをいう。
                                               譏りの風=非難、中傷の風。譏られれば、良い気持ちはしないものです。
                                               特に身に覚えが無い場合は、尚更です。
                                               「成らぬ堪忍、するが堪忍」という言葉がありますが、堪えがたきを堪え、
                                               忍びがたきを忍ぶ修行は大事です。

                                              7.「」(くるしみ)・・・人生の苦境に負けてしまった姿。
                                               苦しみの風=生きるということは、苦しいものです。
                                               「譏りの風」同様、多くの苦しみ、試練を乗り越えてこそ人は強く逞しく成長するもの。
                                               苦しみの風に、振り回されないようにしたいものです。

                                              8.「」(たのしみ)・・・享楽に負けてしまった姿。
                                               楽しみの風=嬉しいものです。しかし、いつまでも続きません。
                                               くれぐれも、楽しみの風に振り回されないようにしましょう。
                                              以上、8つの風について述べました。

                                              一切衆生は四順を愛欲し、四違を忌避しようとするために煩悩に侵される。 
                                              四順(利・誉・称・楽)四違(衰・毀・譏・苦)

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                                                  」を「」に生かす

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                                                  礼に始まり1

                                                  現代社会は、『』が疎かになっていると感じられることが様々な処で見聞きします。
                                                  例えば、
                                                  目上の方や上司との会話で、腕組みや足組みをして聞いていたり、
                                                  目上の方への承諾を「了解しました」と返事をしたり、
                                                  喪中なのに「新年おめでとうございます」と言った挨拶言葉を平気で使ったり、
                                                  目上や教えを受ける人に「参考に成ります」と平気で話したり、
                                                  教えて貰うだけでそのあとの経過を返さなかったり、
                                                  先人への節度の無い言葉使いや無な態度だったり、
                                                  このようなことを成さない社会人が増えていると思われます。

                                                  即ち、利己的な『』を尽くさずとも生きて行けると
                                                  安易に考える人が意外と多いのではないでしょうか。


                                                  以下、『』の大切さについて以下、学びメモと論語から記します。

                                                  新渡戸稲造氏は、その著『武士道』で、
                                                  礼は寛容にして慈悲あり、礼は妬まず、礼は誇らず、驕らず、
                                                   非礼を行わず、己の利を求めず、憤らず、人の悪を思わず


                                                  また、江戸中期の儒学者太宰春台氏は、
                                                  は目で見え難いが、義は行動となり、礼は形となって表れ目に見える。
                                                  従って、礼を厳しく躾ければ、その過程でなぜそうすべきか解り、
                                                   悪い心を持った人間でもその行儀作法と共に、心も自ずから正しくなっていく

                                                  とそれぞれ著書のなかで記しております。

                                                  」は、「」によって育まれた気持ちを『礼』に依って形とする。
                                                  」のみであってはいけませんし、「」なくして『』はあり得ないということです。

                                                  即ち、「」は「」を具体的な行動として、表したものです。
                                                  元々は宗教儀礼でのタブーや伝統的な習慣・制度を意味し、
                                                  後に、人間社会の上下関係で守るべきことを意味する。

                                                  孔子の論語の中にある以下の語に「」の心が窺い知れます。

                                                  礼を学ばざれば、以って立つことなし。』 [季子第十六]

                                                  礼を知らざれば、以って立つことなし。』  [尭曰第二十]

                                                  [原文の意味・解釈]
                                                  孔子は長男の伯魚に、庭先で「礼」を学ぶことを強くすすめた。
                                                  「礼」を知らないと、人格形成が出来ず、人間関係が上手くいかないからだ。
                                                  伯魚の告白によれば、直接の父である孔子から教えを受けたのは、
                                                  庭先で会って「詩(学問)の勉強」と「礼の勉強」を薦められた。
                                                  この二つだけだったと言っている。
                                                  さしずめ現在ならば「庭先での教え」は家庭で親が子に教える「躾教育」と言ったことです。
                                                  また、孔子は「礼儀作法」を重んじた。
                                                  「礼」を知らない「無礼者」になるな。
                                                  【引用終り】
                                                  」とは「礼儀作法」のこと。
                                                  今流に言うと「礼儀」は、「マナー」と「モラル(倫理・道徳)」、
                                                  「作法」は、「ルール」「規律・規則」と言うことでしょう。


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                                                        私達は行き先の見えない社会環境の中に在り、
                                                        古より伝わる素晴らしい日本の文化を、
                                                        【温故知新】の心で見直す必要があります。
                                                        その一つは、お釈迦様の仰っている「仏教の教え」であると考えます。
                                                        いつの世でも、人は自分を含め誰もが幸せに成りたいと考え、そして願っています。
                                                        本当に幸せに成りたければ、日々幸せの種を蒔き続けねばなりません。
                                                        幸せの種の一つ、「思い遣り」の心で、自分も相手も幸せな道を歩むことが出来るのです

                                                        日本には、このような素晴らしい教えがあります。
                                                        どんな境遇の人でも、少しの思い遣りの心を
                                                        持てば実践出来る布施を「布施行」と言うそうです
                                                        そしてその総ての親切な行いを「布施」と言うそうです。

                                                        仏教には、「ありがとう」「おかげさま」の感謝の気持ちを
                                                        行動で表す身近な実践として、
                                                        「雑宝蔵経」(ぞうほうぞうきょう)に説かれている、
                                                        無財の七施』と言い表しています。
                                                        その七つの施し(布施)は、【施しは、自らの生きる力の元と知れ
                                                        を表現する言葉だと解します。

                                                        私達が周りの人々を幸せな気持ち(心)にさせる為には、
                                                        思い遣りの心とも言える『無財の七施』を以って
                                                        人々と接することである、と受け止めます。
                                                        私見ですがこの『無財の七施』は、
                                                        まさしく【利他の心】ではないかと考えます。

                                                        ※仏教の布施は、元来お金や物を与えること。
                                                         布施の「布」は分け隔てなく、遍く(アマネク)、
                                                         「施」は文字通り施し与えるという意味です。


                                                        お釈迦様は、喩え物やお金がない人あっても
                                                        誰もが出来る「布施行」を教えとしています。


                                                        ★『無財の七施』と「にんげん力」

                                                        他者と「向き合う」-認める活動『無財の七施』.
                                                        人としての認める活動と仏教の教えである
                                                        「無財の七施」は、関連していると解します。
                                                        認めることは、その原点だと解します。

                                                        1.眼施 (ゲンセ)☛※1.人眼力
                                                        触合う相手に、温かな優しい眼差しで接する。

                                                        2.和顔施(ワゲンセ)☛※3.人現力
                                                        又は和顔悦色施(ワガンエツジキセ)
                                                        明るい笑顔(表情)、優しい微笑をたたえた笑顔(柔和な顔)で人に接する

                                                        3.言辞施(ゴンジセ)☛※2.人言力
                                                        触合う人々へ、心を込めて思い遣りの優しい言葉をかける。
                                                        思い遣りの篭った温かい言葉をかけながら生きること。

                                                        4.身施(シンセ)☛※3.人現力
                                                        人の為、社会の為に肉体を使い懸命に働くこと。
                                                        ボランティア活動(無料奉仕)。身体による奉仕をすること。

                                                        5.心施(シンセ)☛※4.人原力
                                                        いつも「ありがとう」「お陰様で」などの感謝の表す言葉と態度、
                                                        思い遣りの心を込めた態度と言葉使いで人々と接すること。
                                                        人や他の物の存在に、感謝の心で触れ合い接すること。

                                                        6.牀座施 (ショウザセ)☛※4.人原力
                                                        謙虚さに徹し、場所や席を譲り合ったり、
                                                        会話上でお互いに譲り合ったり、遜ったりする心です。

                                                        7.房舎施(ボウシャセ)☛※4.人原力
                                                        わざわざ訪ねてくる人があれば、
                                                        一宿一飯の施しを与え、労をねぎらいお世話する。
                                                        転じて、心温かなおもてなし。
                                                        今風に言えばホスピタリティの活動。


                                                        ※の解説
                                                        ※1.人眼力
                                                        人を見る(診る・覧る・観る・看る・視る)目・眼力
                                                        ※眼力=物事の善悪・真偽・成否などを見抜く能力

                                                        ※2.人言力
                                                        心を表現出来る言語力と適正な言葉使い

                                                        ※3.人現力
                                                        自らの人格、意思、意識、
                                                        ビジョンが明確に表現、伝達出来る力

                                                        ※4.人原力
                                                        人の持つ様々な心と思考力。気持ち。
                                                        物事を思考し、判断、表現する時の原点と捉える。
                                                        思いやり、ホスピタリティ(おもてなし)の心を持ち、
                                                        表現伝達の基礎とされるマナー修得。

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