接客マナーは心の礎 (おもてなしの心)  道徳・倫理・モラル

接客マナーは心の礎 (おもてなしの心) 

人を想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは人との「和」「おもてなし」の『心』です。
2017新タイトル

サービス業やおもてなしに関わる方,コミュニケーション,対人関係などの心と技に関連することを載せてます

ハート無題1s #思いやり ってどんなこと? ハート無題1s


当ブログに御訪問戴き、誠に有り難うございます。

書き始めて10年目に入り、人との和,思いやりの投稿を選び心の礎“和”と“思いやり”を開設しました。

≪お知らせ≫

当ブログは,読者の皆さんが記事を見付け易いよう,記事の右にあるカテゴリーに記事を別け整理しました。




モラル、マナー(躾)、礼儀を見直す(調和の認識)

この記事は、『誰よりも愛し、大切にしている自分を見失わないで欲しい!』そんな想いで記しました。

お薦め度【★★★★】全業種、業態用

和と言葉


    「世界中が日本の文化、日本人の素晴らしさを認め賞賛しているのに、
    日本人はその良さを失いつつある、それを若者たちに気付いて欲しい」

    と、世界で一番貧しい大統領と言われ親日家である元ウルグアイ大統領
    ホセ・ムヒカ氏も訪日の際に多くの場で話されています。

    現代社会は、自己保身、他人の思惑、見た目の恰好良さや
    心の伴わないパフォーマンスが重視されています。
    そして、楽しくもない自分と「向き合う」ことに背中を向け、
    楽な他人との上辺や形で向き合う傾向が強まっていると思われます。

    日本人の心の原点と言われる「和を以って尊しと成す」は
    人と人の本質の調和の意を表わす文言であると思います。
    これを実社会の対人関係で生かすにはモラル・マナー・礼儀は欠かせません。

    人の心は活動や態度に表れ、それによって相手がどんな人物かがある程度解ります。
    ではどういったことを意識し、どのような態度をすればよいのでしょうか?

    〇マナー☞思いやりの形。触合う人への行儀作法。

    モラル☞社会や個人の道徳・倫理観。

    礼儀 ☞敬意、慎み深さを表す行動や作法。


    対人関係で敬意の表現をするのはマナーやモラルではなく
    その人の心を表す「礼儀」にのっとったものだと考えられます。

    私見ながら礼儀は(=心づかい・心配り)だと言っても良いと思います。
    この「礼儀」を形や物で表すと「贈り物」となり、
    言葉や態度で表すと「敬意表現」と言えます。

    マナーは他人を意識しているだけとは限りません。
    例えば、御飯をお箸で食べるのは人が見ているからではありません。
    モラルは、自分自身の意識(心)が大きな部分を占めます。

    他人が見ていても、観られていなくても
    正しいことは正しいと判断出来ることです。
    言う間でもなくこの「礼儀」は対人関係にとても大切です。
    まとめると、礼儀(=敬意表現)は、相手に対する心づかいです。

    言葉は、発する人の意図する気持ちが正確に伝わってこそ
    初めて相手の心を動かし生かすために使うものです。

    ●マナーは、思いやりを表す形。触合う人への行儀作法。
      =「自他の保護」

    モラルは、社会や個人の道徳・倫理観。
      =「善悪の判断基準」

    ●礼儀は、敬意、慎み深さを表す行動や作法。
      =「心の表現伝達活動」


    例えば、「私はあなたを尊敬しているからこの気持ちを受け取って!」
    「こちらには慎みの気持ちなのに解って貰えない」
    などと押しつけるものではありません。
    いくら自分が英語をペラペラ話しても英語を知らぬ人にとっては
    「音」であり心と心を通わす【言葉】にはなりません。

    同じように「語彙や気持ち」が正確に伝わらないのなら
    会話をしている意味などなくなってしまいます。

    「こちらには敬意があるのだから、言葉はどうでもいい」

    では通用しない相手や場面があるでしょうし、
    また、下手で無理を感じる敬意表現なら、逆効果です。
    使うなら、やはりある程度の知識がなければなりません。
    勿論、聞く方にもその知識がなければならない、ということです。
    相手を尊び敬う礼儀を無しで、形だけの挨拶する人も少なくいと思います。

    敬意の表現は、双方がよく相手を理解した表れとして
    使うのならばとても便利で有意義な表現なのです。

    他人の批判や悪口を言ってしまうというのは、
    人としての軸(礎)が安定していないからだと思います。

    どんなに優れたスキルやパフォーマンス能力を備えていても、
    人としての軸(礎)安定していない限り、
    礼儀や敬意を表す形だけのパフォーマンスは、
    その場その時だけで相手の心に届かないでしょう。

    上の図にある「自分の発した言葉」の裏に隠された意味は、
    前記したマナー・モラル・礼儀を備え持ってこそ成し得ることだと思います。


    スポンサーサイト
     

    “人は、独りでは生きられない”

    お薦め度【★★★★】全業種、業態用

    モラル心軸人間は、

    人は多く人々に支えられて生きていられることの自覚を!

    見ず知らずの人とのコミュニケーションの礎人としての“モラル”の修得。
    今の日本の社会は個人生活を重んじることが浸透してきているせいか
    恥ずかしいのか(シャイ)、人の目を気にするのか、
    独り下を向いてスマホを見ているよう振る舞う
    仲間にイジメの事由にされる目立つ活動を避けている
    このように推測される行為、態度、活動が見られます。
    最近バスの中で、混雑したバスなとの公共交通機関内での、
    マナーやモラルの個人主義的な行為を優先する態度を目のあたりにしています。
    例えば、混雑したバスの中程が空いているのに出入り口付近で
    床に足の置き場の無い位バックや荷物を置き大声で話す若者達、
    年配者が立っていても気づかない振りをして席を譲らない学生さん、
    また、計画停電で混雑したバスで奥が空いていても詰めない学生や、
    歩いて数分の所でも歩かずに乗車する若い方々、
    子供に席を譲って貰った母親が、挨拶が無く、しても仕方なく形だけ、
    このような光景を見ると「モラル」やマナーの低さに心が痛みます。
    また、現代社会を築いて下さった先人達を敬う心も活動に表して欲しいことです。

    “モラルのレベルアップ”

    「モラルの徹底」は、自らの心に起きるものであり、
    人に求めたり望んだりするものではありませんが、
    人々の心に自覚を促す為に勇気と情熱を持って、
    徹底ように働きかけて行かなければなりません。

    此処まで「モラル」について書いて来ましたが、明日からの日本の為に、
    私達一人ひとりが今直ぐに出来ることの一つとして、前の大震災を機に、
    現在までの「モラル」をもう一度見直し、新たに高い水準の「モラル」を構築すること、
    即ち「モラルのレベルアップ」が何よりも大切ではないか考えます。
    また、レベルアップにより、日本の復興に必要な「心」も育むことになるのではないかと考えます。

    その為に、温故知新の心で、先ず日本の独自の文化であり、
    伝統である「おもてなしの心・精神」を再認識すること、
    その中にはモラル向上に役立つ答えが数多く存在すると確信します。

    “モラルは、社会人常識力に不可欠”

    モラル(Moral)は、「道徳・道義的な教訓」などを意味する英語から来ています。
    大きく捉えると、現実社会や実際に生活をする上での態度や気持ちの有り様を言い、
    「マナー」を含めた「道徳・倫理・良識」のことを指しています。

    そして、日常生活上の人との交わりや人間関係で必要とされ、道徳、倫理意識とも言える
    「善悪の是非、判断を伴う感性、意識」を指しています。
    モラルと言う時は、特に「現実の社会生活に即した道徳」と言う点が【ポイント】なのです。

    立場転換や思いやりの心と言う、自らの気持ちや意識が「モラル」の大きな部分を占めます。
    他人が見ていても見られていなくても、正しいことは正しいと判断出来ることが「モラル」なのです。
    人は、「道徳を守ることは正しいことである」と広く考えられており、
    私達は、直接自分に関係がない場合でも他人の行動を気に掛け、道徳と規範に従っているかを注視します。

    道徳に反する行為は、通常、本人に罪悪感を、それを目撃した第三者には嫌悪感や怒り、
    報復など強い感情的反応を引き起こします。
    更に、違反者に対して寛容な態度を取る者へも同様の憤りを引き起こします。

    人は非道徳的な行為の犠牲者になったり、それを目撃したりした場合に、
    一般的にその行為者を処罰したいという強い願望を持っています。

    マナーやエチケット、慣習的規範への違反は人々から軽率で粗野な行為であると
    見なされますが、道徳的規範への違反は、処罰の欲求を呼び起こします。

    「モラル」を大きく捉えてみますと、次のようなことだと思われます。

    親しみ・思い遣り≒親切さ、他人に親切にすること、害を加えないことの意識

    〇平等性≒公平公正さ、公正さを保ち、不公平な扱いを気に掛け罰する意識

    〇協調性・奉仕≒集団性、家族、集団への忠誠さ(誠実)、自己犠牲の言動や態度の違反意識

    〇権威・継承≒伝統の継承や権威への服従、従わない時の意識

    〇純粋・美化意識≒純粋さや清潔さを好み、汚れた物や不純な物を嫌う意識

    〇規律性・コンプライアンス≒規律・ルール・規定などの遵守意識と守らない行為に対する意識

    〇物を大切にする≒物品を勿体ない意識で取扱う意識、汚したり傷つけたりする行為の意識



      ブログパーツ
       

      心の「軸」と「礎」?

      お薦め度【★★★★★】全業種、業態用

      心の軸

      〇個々人の人間力≒心の「軸」と「礎」

      「心の軸」と「心の礎」は信頼され、愛される人間力の源です。
      最近数多くの文献やネットで見聞きする言葉に「心の軸」と言う言葉があります。
      現代社会は、有り余る他人や情報に翻弄され易くなっていると思います。
      大切なのは、他人や情報に惑わされない自分の中の「心の軸」を持つことが、必要だと思います。
      その為には、自分の中に、自分らしさを確立し、「心の軸」を持つことです。
      人は、お金や名誉、地位と言ったことだけでは、幸せにはなれないと思います。
      本当の意味で、幸せを感じるためには一人ひとりが自分の中に「心の軸」を築くことが大切です。
      日本人は古より、自らが遜り「人を許し、人を生かして、共に調和して生きようとする心」を持つ
      国民性があると言われています。

      一方で、「和」と「輪」「環」即ち「調和」を重視するばかりに「曖昧」になると言う弊害もあります。
      この「調和」は、目的を同じくする様々な集団を一体化し、
      単なる要素を組み合わせた総和を越え、想定外の大きな創造力を生み出します。
      このような私達日本人ならではの「和」と「輪」「環」、
      「調和」を図る上で日本の文化「おもてなしの心」はとても大切です。
      人は「先ず人を思う」ことで、「和」と「輪」、「調和」を重んじ、
      他者とその置かれた様々な環境を大切にするようなります。
      そしてその「心の軸」は、日々の出会いや触合う人々、相手を「思い遣る心」であると捉えます。

      ○「心の軸」

      人間が立って居られるのは「骨」があり、その骨が軸となり、立っていられ、歩いたり、走ったりする
      ことが出来、喩え倒れても、起き上がれるのは、身体の軸となる骨があるからです。
      逆にいえば、骨がなければ、立っていることさえいられません。
      人の心も同様で、その安定のためには、確りした骨が必要です。
      心にその骨あることで、人の思惑や世間の風に流さることなく生きられます。
      それは、人間力と成り自分自身の健全な精神と心の安定を保つ強力な骨(力)になります。
      そして、この軸が確りしていれば、少々トラブルや困難があっても、決して倒れることはありません。

      では、心の軸とはいったい何でしょうか?
      それは、生き抜くための人生の「哲学」で、次の三つがあると思われます。
      1.生き方・姿勢・道
      2.信念・志・魂
      3.ビジョン・夢・目標
      この三本の軸があることで、「哲学」と言う一本の太い軸が創られます。
      生き方・姿勢・道は「人生の歩み方」とその時の「姿勢」、「歩む道」、「道理」のことです。
      それが確立されていれば、想定外のトラブルや苦難にあっても、
      その姿勢や道を正し、軌道修正することができます。

      信念・志・魂とは言うまでもなく「志」、真ん中にある自分が信じている「魂」です。
      自分が信じていることがあるからこそ、自信を持って発言・行動をすることができます。
      迷いを断ち切り、自分に合った判断が下せるようになります。
      ビジョン・夢・目標とは、目的や目的地のことでそれが分かることで進むべき方向を自覚出来ます。
      この三つの軸は、人としての心の安定に必要な心の骨です。
      心の骨が確りしていれば、他人から悪口を言われたり、想定外のトラブルがあったりして、
      喩え倒れても、また立ち上がることが出来るのです。
      この軸があることで道に迷うことなく、正しい方向に向かい、一歩一歩前進出来るのです。

      〇心・技・体

      「心・技・体」と向き合う-1

      「心」=精神力、気力、志と信念、表現力、学習力、問題解決力、決断判断力。
          思いやり、感謝、信念、誠実、寛容、奉仕、自制、慈愛、尊敬、忍耐、向上心、やる気、情報力、
          気遣い、心遣い、気働き、安心感、立場転換、チャレンジ心、ビジョン、志、愛情、先見予、知識力※など。

      ※知識力=人として備える様々な知識の修得と知識を活用するため力。

      「技」=表現力、伝達力と動作、マナー、おもてなし、各技術技能力、課題力、改革改善力など。
           表現、伝達に伴う全ての技術技能及び動作、鍛錬、様々な解決技法、装飾、自己表現法

      「体」=実行実践力、表現伝達力、健康さ、逞しさ、身嗜み、生活力、経済力など。

      「心」「技」の修得と実践に必要とされる体力と表現出来る健康な身体、
      その身体を維持継続させるための生活経済力、自己管理力


        ブログパーツ
         

        モラルとマナーを身に着ける

        躾とルール深緑

        キチンとしたマナーを身に着けるには、大人として必要とされる「しつけ」を備え
        同時に、社会人としての常識を弁え「ルール≒コンプライアンス」を遵守することが不可欠です。
        これを「モラル」と言います。

        ○モラルは、常識力に不可欠

        モラル(Moral)は、「道徳・道義的な」「教訓」などを意味する英語から来ています。
        大きく捉えると、現実社会や実際に生活をする上での態度や気持ちの有り様を言い、
        「マナー」を含めた「道徳・倫理・良識」のことを指しています。
        そして、日常生活上の人との交わりや人間関係で必要とされ、道徳、倫理意識とも言える
        「善悪の是非、判断を伴う感性、意識」を指していると考えます。
        モラルは、特に「現実の社会生活に即した道徳」=【倫理】と言う点がポイントです。
        立場転換や思いやりの心と言う、自らの気持ちや意識が「モラル」の大きな部分を占めます。
        他人が見ていても見られていなくても、正しいことは正しいと判断出来ることが「モラル」なのです。

        多くの人々は、「道徳感や倫理感を持つことは人として、正しいことである」と意識しており、
        私達は直接自分に関係がない場合でも他人の行動を気に掛け、道徳と規範に従っているかを注視します。
        道徳に反する行為は、通常、本人に罪悪感を、それを目撃した第三者には嫌悪感や怒り、
        報復など強い感情的反応を引き起こします。

        更に、違反者に対して寛容な態度を取る者へも同様の憤りを引き起こします。
        人は非道徳的な行為の犠牲者になったり、それを目撃したりした場合に、
        一般的にその行為者を処罰したいという強い願望を持っています。

        マナーやエチケット、慣習的規範への違反は人々から軽率で粗野な行為であると
        見なされますが、道徳的規範への違反は、処罰の欲求を呼び起こします。

        この「モラル」を大きく捉えてみますと、主に次のようなことではないかと思われます。

        〇親しみ・思い遣り≒親切さ、他人に親切にすること、害を加えないことの意識

        〇平等性≒公平公正さ、公正さを保ち、不公平な扱いを気に掛け罰する意識

        〇協調性・奉仕≒集団性、家族、集団への忠誠さ(誠実)、自己犠牲の言動や態度の違反意識

        〇権威・継承≒伝統の継承や権威への服従、従わない時の意識

        〇純粋・美化意識≒純粋さや清潔さを好み、汚れた物や不純な物を嫌う意識

        〇規律性・コンプライアンス≒規律・ルール・規定などの遵守意識と守らない行為に対する意識

        〇物を大切にする≒物品を勿体ない意識で取扱う意識、汚したり傷つけたりする行為の意識
          ・・・・・
        「モラルの徹底」は、自らの心に起きるものであり、人に求めたり望んだりするものではありませんが、
        人々の心に自覚を促す為に勇気と情熱を持って、働きかけて行かなければなりません。

        また、「常識」は、経験度合、学歴、地位、年齢で変わる場合が多いと言えるでしょう。
        また、若い方々の持つ常識と、年齢を重ねた人々の常識に違いが見られます。
        そして、それは体験や生活社会環境の違いや時代によっても変化します。

        一例ですが、第二次大戦後ハンバーガーを歩きながら食べる何て考えられませんでした。
        今では歩行者天国で歩きながら食べています。

        また、生活する上で様々な規則・規律、即ち「ルール」が有ります。
        ルールは、もし野球やサッカー、ゴルフにルールが無かった場合を考えてみて下さい。
        スポーツにはルールがありそのルールに従ってするから楽しいのです。

        接客のルールは、大切なお客様に失礼の無いように、また思い遣りや感謝の心を正しく伝えるためにあるのです。
        キチンとしたルールを身に付けることは、正しい判断や人の道を知るために役立ちます。

        一般的に「しつけ」とは社会生活をする上で規律正しくすることを指します。
        「あの人はしつけがいい」とか「家庭のしつけが厳しい」とか言いますが、
        接客や人に関わる仕事に従事する者にとって「しつけ(基礎所作)」は必須条件と言えるでしょう。

        我見ですが「躾(しつけ)」は新調した衣服の「しつけ糸」(形を整える)の役割と
        同じと説明しています。形を整える上で「しつけ糸」が有ると無では仕上がりと美しさが違います。
        キチンとしつけの身に付いた方は、人々に好感を生み出します。

        接客マナー、ビジネスマナー、日常マナーなどのマナーの基礎になる「しつけ(ルール)」を自覚し、
        「コンプライアンス」・「常識」・「倫理心」=【モラル】を弁えることです。

        この基礎は、
              人生の舞台に立ち、人生の道程を歩く
        為に無くてはならないものです。


        ※コンプライアンスの解説

        ① コンプライアンスとは?

        職業人としての社会的な責任を自覚すると共に、国の定めた法令、
        人間として必要とされる最低限のモラルや職場の規定、ルールを遵守し、
        誠実且つ公正公明に職務を遂行する能力と取組姿勢。

        ② 法令・諸規則(規定)の把握と認識

        イ) 企業・組織(店舗)の社会的責任について把握し、認識をしている。
        ロ) 社内生活上で必要とされる法令及び法定の知識を理解し、認識している
        ハ) 企業・組織(店舗)で定めた就業規則や諸ルール及びコンプライアンスの遵守上で
         問題となり易い関連法令の知識とその内容を熟知している。
        ニ) 職業人としての確りとしたプロ意識、社会的責任感、職業に関する倫理意識を保有している。
        ホ) 経営理念、ビジョン・社是・モットー・社訓、倫理憲章、行動様式規範の内容を熟知している。
        ヘ) 企業活動全般に関する法的・倫理的問題についての具体的事例を理解し、それが自社に及ぼす影響を理解している。

        ③ 法令・諸規則(規定)の遵守

        イ) 公の利益と企業の利益が相矛盾する際に企業倫理感の下公正且つ適切な判断をしている。
        ロ) 公私の区別(≒規律性) の適切な基準を保有し、それを明確化した言動をしている。
        ハ) 日常業務の遂行において法的或は、倫理的な要素の問題に直面した際は、
         上司同僚に積極的に相談したりするなどし、より良い的確な解決策を模索している。
        ニ) 日常の業務に関連する法定または倫理的な問題についての具体的ケースについて、自らの見解や意見を保有している。
        ホ) 社会道徳的に望ましいモラルや意識を有し、その言動を率先して行い、日常業務上において
        ヘ) 経営理念、ビジョン・社是・モットー・社訓、倫理憲章や行動規範を自ら具現化している。
        ト) 部下・後輩の倫理的な相談に対してアドバイスやサポートをすると共に、その解決に向けて共に考えるなどして取組んでいる。
        チ) 営業上の不測の事態や事故災害に関しても冷静沈着な現状分析に基づき、
         必要とされる適切な問題解決力を保有し、実行している。
         

        にんげん力とモラルの関係

        お薦め度【★★★★】全業種、業態用

        にんげん・モラル

        ●モラル(倫理・道徳)観(≒社会的意識・活動)

        モラルは人としてやるべきこと、やってはいけないことを分別する品性です。
        社会では責任ある立場の人の倫理道徳観の欠如による不正汚職などもあります。
        今後、倫理道徳観は益々重要なファクターとなってくると思われます。


        〇「にんげん力」人間力の原点

        漢字の「人間」の元となる要素を、ひらがなの「にんげん」と捉え『人間の保有能力』である知情意を、
        次の四つにまとめて「にんげん力」と定義します。
        日々の人との触合いのある社会生活勿論のこと、おもてなし、接客サービスや接遇の場に
        無くてはならない「にんげん力」を学び知り、知識として確りと認識し、
        生きる為の知恵として生活に、生かすことは、「人として生きる」為、
        また「社会や企業の成長」に繋がり、必ず役立ちます。

        1.人元力  五感(五官)=味覚・臭覚・触覚・聴覚・視覚+六感。
        生きる為に必要な「磨かれた五感」と「豊かな感性」(第六感)が、人としての【元】。
        リアルなものと、アンリアル≒バーチャルなものとして感じることがあります。

        人眼力 ※人眼力=人を見る(診る・覧る・観る・看る・視る)目や能力・眼力を称す。
        他人と違う人眼力を持ち、それに依り異なった捉え方や動きが出来るようになる。
        【眼力】目で物を見る力。視力。ガンリョク。物事の善悪・真偽・成否などを見抜く能力。
        人や物事を理解する気持ち、理解のあること・
        心眼のあると人は、人として正しい判断の出来る人、
        人を見抜く眼力の持ち主、美術品などの鑑定士、眼力がある人、
        〇〇の名人、新人発掘の達人、目や口などが肥えている人、
        鑑賞力のある人、人や物事を見る目が高い人、優れた目利きの出来る人、
        評価能力を備えている人、プロと言われる人、感性(感覚)が豊かな人と言われます。

        2.人原力 
        人として「原点」と捉え人間とて必要とされ、利他心と言われる思い遣り、感謝、奉仕などの
        様々な心とその知識と社会人としての躾、マナー、モラル(道徳)、コンプライアンス、ルール所作を言う。
        対人関係で言えば、マナー修得が「原点」となり、思いやりやホスピタリティ(おもてなし)の心を備え持ち、
        人としてのモラル(道徳)弁え、表現伝達の基礎となるスタートになるということです。

        【以下もこの中に含まれます。】
        人幻力 実際の存在が確かめられなく、実体がないのにあるように見せる力。
               すぐ消え去る儚いものの喩から、諸行無常の心で物事に当たる力。人に幻想や幻覚を与える力を指す。
        人玄力 奥深くて微妙で深遠な道理を備え持っている人。
        人厳力 威厳な人柄。神聖なこと。

        3.人現力 自らの人格、意思、意識、ビジョンが明確に表現、伝達する力を指す。

        【以下もこの中に含まれます。】
        人弦力 曲線上の2点を結ぶ線分のことでコミュニケーション力を指す。
        人厳力 威力が強く勢いの激しいことの語彙より姿勢・態度(動作)を指す。
                    厳しい態度や口調、厳格な性格や動じない志をも指す。
        人減力 減ること、減らすことの意から人を幻滅させる力、短所や暗病反の言動。
        人玄力 建物の正面の出入り口玄関を指すことより、身嗜み(外見)や挨拶力。
        人言力 心を表現出来る言語の知識力と適切、適正な言葉使いが出来る力。

        4.人源力 
        前記した、1.~3.のにんげん力を人間関係の源と捉え、取組む力。
        また、にんげん力社会、店舗、企業の成長や繁栄の源は、≪≫と捉える力。
        お客様も従業員も同じ≪人≫であることを基本として触合う。(CS・ES意識の基盤)
        (備考)社会生活を始め、人との触合い、おもてなし、接客に無くてはならない
        「にんげん力」を確りと見つめ、見直すことは人と企業の成長に繋がり、必ず役立ちます。


          ブログパーツ
           

          道徳教育から振返る【心の礎

          お薦め度【★★★★】全業種、業態用

          道徳親背中

          ~親として自ら実践しているか?~
          現在義務教育の場で「心のノート」として教えられている下記のことがあるそうです。
          以下【心のノート】から引用
          小学校から中学校を通じて、身に着けるべき四つの柱に基づく内容項目が学習指導要領で挙げられている。
          ※「徳目」「価値項目」と言われることと、

          学習指導要領上「内容項目」として
          〇主として自分自身に関すること
          低学年
          ・健康・安全。物や金銭を大切にする。整理整頓。
          規則正しい生活。任務遂行。善悪の判断。正直。
          中学年
          ・自律。節度ある生活。深謀。謝罪と改心。
          不撓不屈。勇気。正直。明朗。
          高学年
          ・節制。目標設定。自由。誠実。真理追求。創意工夫。自己評価。
          中学生
          ・望ましい生活習慣。健康。節制。調和のある生活。希望と勇気。自主性。責任。理想実現。自己の向上。個性の伸長。

          〇主として他の人との係りに関すること
          低学年
          ・あいさつ。言葉遣い。動作。幼児・高齢者への親切心。友情。感謝。
          中学年
          ・礼儀。思いやり。尊敬と感謝。理解・信頼・助け合い。
          高学年/中学生
          ・TPOの区別。男女協力。謙虚な心。感謝と報恩。礼儀。人間愛。友情の尊。異性の理解。人格尊重。他に学ぶ。

          〇主として自然や崇高なものとの係りに関すること
          低学年
          ・動植物愛護。生命尊重。敬虔な心。
          中学年
          ・自然への感動。崇高なものへの感動。
          高学年/中学生
          ・自然環境保全。自他の生命の尊重。感動する心。畏敬の念。

          〇主として集団や社会との係りに関すること
          低学年
          ・遵法。公共物の保全。父母への尊敬・家族愛。愛校心。郷土愛。
          中学年
          ・公徳心。勤労。家族愛。愛校心。郷土愛。愛国心。国際理解。
          高学年
          ・集団活動。義務の遂行。公正・公平。社会奉仕。家族愛。愛校心。郷土愛。国際親善。
          中学生
          ・集団生活の向上。法の遵守。社会連帯。差別偏見の撤廃。公共の福祉と社会の発展。家族愛。
          愛校心。郷土愛。愛国心。国際貢献。

          ※現在のこの「心のノート」は、来年度から「私たちの道徳」と改名されるそうです。

          人間力の「心の礎」と言えるこの内容は、
          これからの少子高齢化社会に向け、子を持つ親として「自分の背中」を見せつつ、
          共に学び生活して行くことではないかと考えられます。
          果たして、現在社会を担っている多くの大人みんなが、理解し、説明出来、
          自らの行動で表わし示しているか?と言われてみれば、そうではない大人が多いと思います。

          それは、過度な安心安全意識(自己保身)、モラルの欠如、道徳心の希薄、自己顕示、
          思いやり不足、ハラスメントなどと言った行動や態度に表れていると共に、
          社会現象となっている学歴、スキル、実績優先や外見の執着と言った体面を重んじ、
          倫理意識の元となる道徳心(人間力)の育成に目を背けていると思われることが多々見受けられるからです。

          それは、以下のようなことです。

          ・己の心と「向き合う」ことを好まないが、他人のことはあれこれと言う。
          ・自己の都合を優先し、自ら発した言葉に責任を持たない。
          ・自分の快・不快い的「感情」に従う。
          ・苦労することに背を向け、楽に向かう。
          ・一人の人として「筋を通す」意識が希薄。
          ・人としての常識と言われる当たり前を判断するラインの低下。
          ・自らの行動規範には節度や礼儀に対する意識が薄い。
          ・人に良く思われたい、自分を身の丈以上に良く見せたいと言う思惑意識が強い。
          ・指導的立場の人の誇大な自己表現(自己顕示)。
          ・人間としての活動に見返り優先がある。(人との損得感情)


          自分中心の個の社会と成った現在、以上のようなことを行わないようにするには、
          一人の人間として、親としても子供達と正面から向き合うことが求められると思います。
          世界中で活躍しているエンターテナー、スポーツマン、賢人達はこのようなことを成さず、
          高い目標や明確なビジョンを備え、自分自身と真摯に向き合っています。
          と同時に、次のようなことに心掛けていると思われます。

          ・組織やチームのために、今何をすれば良いか?
          ・人としての道は何なのか?
          ・人の文字を認識し、人やものに感謝出来ているか?
          ・人として、何が正しいことなのか?
          ・人として、礼や義に欠けることはないか?
          ・人として、邪な感情に流されていないか?
          ・人として、自分の成すべき役割・役目は何か?
          ・人として、適切な感性を備えているか?
          ・人として、組織人として自分に足りないものは何か?
          ・現れた結果に満足せず、上を向いてチャレンジ出来ているか?


          私達、普通の人間は、この総てが実際に出来ませんが、
          自分自身が出来ることはするように心掛けることだと思います。


            ブログパーツ
             

            モラル意識の変貌

            お薦め度【★★★★】全業種、業態用

            躾とモラル意識

            個人の当たり前やと常識力、モラルは、環境、立場、年齢や体験のより差が出ます。
            その中でも、その人の育った環境と体験や年齢による差異は顕著に表れます。
            厳しいをされて育てられた人、甘やかされ自由奔放に育った人でも差異が生まれます。

            特に「」は、子供の頃からの親の考え方、取組み方や育った生活環境に
            大きく左右される場合が大変多いのでないかと思われます。

            当然ながらベテラン社員と新入社員との常識力は異なりますし、
            20代の若者と40~50代の人間では常識力が異なるのは当たり前です。

            の根本は、社会の為に働く人間としての
            誇りの自覚と認識と周りの人々への思いやりです。

            一般社会人の「躾」と「モラルの修得は、
            人として社会人としての様々な決まりを
            「学習化」⇒「習熟化」⇒「習慣化」⇒「習性化」
            のプロセスから成立つこと認識し、それを実施することです。

            また、挨拶力も捉え方によっては「常識力」に含まれると思われます。

            社会には、様々な常識力がありますが、その基礎となる「躾」「モラル」について考えてみます。

            さて、20世紀末頃迄は、日本人は人の目人種と言われ子供は人様に対する「」を柱に

            「そんなことをすると人(誰々さん)に笑われますよ」
            「我が家の恥になるようなことは止めなさい」
            「みっともないから、やめなさい(してはいけません)」
            と言ったように人の目や思惑を意識した躾で育てられて来ました。

            これに対し、欧米の子供の躾はキリスト教の教え「善悪」を前提にし
            「それは悪いことだからしてはいけません」
            「人に迷惑をかけると罰せられます」
            「それは、良いことだからしなさい」
            と言う風に躾られて育ちます。

            要約すると20世紀末頃迄の日本は「恥の躾」、
            欧米は、「罪の躾」であると言えます。

            私見ながら21世紀に入ってからは、自らが積極的に他者を認めず、
            認めて欲しい、認められたいと言う人、個人の利益、安心安全を優先する
            「保身?の躾」になっているように思えます。

            従って、個を主に捉え、自己顕示や自分さえ良ければと言う考え方、
            褒めてぬくぬくと育てられた結果、打たれ弱くキレ易い体質になり、
            人としての常識力を軽んじ、モラルを低下させる結果になっているのではないでしょうか。

            社会の中枢を担う人や人を指導教育する立場の人に、古より日本人が大切にして来た
            人の礎とも言える「義」や「礼」、モラルに乏しい人達が多くなってしまったように受け止められます。

            また、私達日本人は、自分の家の物は、よく気をつけて大切に使い、清潔に保ちます。
            しかし、海外で公の乗り物の中や施設を汚すのは日本人が多いと言われています。

            数年前にあったヨーロッパの有名な遺跡に、日本人の若者の心ない落書きがされていたり、
            公共のトイレを汚したまましにしたりする事例が実在しているのが現状です。

            私達は、日本人の原点である「義・礼」を省み、
            その大切さを再認識する必要があると思われます。

              ブログパーツ
               

              けじめ(公私の区別)とを通す~

              お薦め度【★★★★】全業種、業態用

              「けじめ」「筋を通す」

              日常生活でも、仕事上でも、不可欠なけじめ」と「を通す」ことについて考えてみましょう。

              社会で生きていく上は勿論のこと、日常生活でも、仕事をする上でも
              けじめ」は、なくてはならない大切なことです。
              それは、人としての【を示すことであり、
              モラル」、「を通す」、「誠実さ」を表すことでもあります。

              人から愛されたり、尊敬されたり、親しまれるために、私生活で信用、信頼され、
              会社では、キチンと円滑に業務を行い信頼され期待される人となるために必要です。

              自らの立場を弁え、人として確りとした
              「精神の指標」(=)を弁えた上で
              「言うべき時か、否か」や
              「正しい・良し悪し」の判断をし、
              「言うべきことは言う」
              「言うべき時には言う」
              をすることが「けじめ」であり人として「を通す」ことです。

              それには、先ず、社会や職場の ルールをキチンと守ること。
              また「良いことは良い、悪いことは悪い」と判断し、
              「出来ない時は出来ない、出来る時には出来る」などの、
              けじめ」や「筋を通す」ことを心掛けることです。

              そうして行く中で、何が良いのか、何が悪いのかが、少しずつ理解出来て来ます。
              同時に、正しい判断の仕方や決断力が身に付くようになります。

              大切な人に接する時の心構えに、「けじめ」と「筋を通す」が有ります。
              けじめ」とは、“今は、何をする時か?”をよく考えてすることを指しています。
              筋を通す」とは、“道理にかなうようにする。物事の首尾を一貫させる。”ことです。

              人は、「」を大切にする余り、「けじめ」を忘れたり、
              人として「筋を通す」ことをから逃避してしまう場合もあります。

              よほど悟った人でない限り、人間は放っておくと、楽で安易な方に流れてしまいます。
              中途半端な考えから「和」を実践しようとすると、人間関係が乱れてしまいます。

              必要特定の人に対し、大局から見て「けじめ」をつけること、人としての「筋を通す」ことは、
              長い時間の流れから見て、人間が性善であることの表れと言えるのです。


              ✡「けじめ」(けぢめ)の原
              [1]物と物との相違。区別。差別。
              [2]道徳や社会的規範に従って言動に表す区別。
                節度ある態度。言動における節度。
                師弟のけじめ・公私のけじめ
              [3]次第に移り変わってゆく物事の、前と後の違い。
                連続する物事などの境目。区切れ。
              [4]隔て。しきり。

              ✡「筋を通す」の語彙(大辞林より)
               道理にかなうようにする。
               物事の首尾を一貫させる。



                ブログパーツ
                 

                ◎現代社会に必要なモラルの確立

                お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                モラルの確立小

                自らの頭で考え、行動する社会人(従業員)をどう増やすか
                現代社会(企業)では、量より質の高い人間力を求められ、
                自主性、自発性、自立性の高い人物が求められます。
                それには、先ず人として、対人関係力「マナー」の基礎となる
                モラルルールの意識を確りと持つことが必要です。

                モラルルールの違い
                モラル※2.は、私達が人として備え、目指すべき心(気持ち)の根底(中心)に存在するもので
                道徳・倫理をまとめたもので、人としてのマナー(思いやりを表す形)の「原点」と解します。
                同時にモラル意識は、その元に近ければが高く、それから離れて行くほどモラルは低下します。
                一方ルール※1.は、モラルの土台石(礎)であり、それがシッカリしていなくては崩れてしまいます。
                それを、守るか否か、即ち人の心の礎となる土台石が無くては、人間(社会)と言う建物は立ちません。

                法令順守といわれるコンプライアンス※3.が叫ばれる昨今、
                国や企業は以前に増して多くのルールを導入しています。
                ルールばかりが強調されると、守るべき境界線上ぎりぎりの処に立つ人が増えます。

                人としての心の礎であるモラル(道徳観)がないのに、
                最近は、平気な顔で「私は、ルールは遵守しているから」と言う人が増えています。

                言い方を変えれば、ルールは、自分達がモラルを意識し、律する一つの手段に過ぎないのです。
                ところが人は、ルールを強く意識し過ぎると、ルールを守ることが目的化するはめになり、
                最終目標であるモラルを軽視する逆転現象が起きます。
                即ち、ルールを過剰に意識することが、返ってモラルの低下を引き起こしてしまうのです。

                また、モラルは年齢や社会経験によって、それ相応に備え持つべきものだと考えます。
                私達が目指すべきことは、年齢や地位に見合った、より高いレベルのモラルを身に着けることです。

                一方マニュアル依存の危険性は危機の時に現れる弊害はそれだけではありません。
                ルールが増えれば、手続きも増えます。
                手続きが増えれば組織の効率も落ちます。
                組織をルールでがんじがらめにすると、物事への柔軟な対応や対処もルールを意識し過ぎて難しくなります。
                社会人として優先すべき意識は、ルールよりモラル(道徳倫理感)です。

                「ルールを守れ」と常々言われ続ける内に、多くの人は、形ばかりを優先する形式主義に陥り、
                「それは、社のルールで決まっているからダメ」と硬直的な対応・対処をしてしまいます。
                これは、会社や組織の成長を妨げ、停滞させる要因の一つになる場合が多々あります。

                モラルは、マニュアルでなく、解説書やテキストなどの手引き書などを用いて、
                ガイドラインで考えるようにすることです。
                ルールやマニュアル依存の危険性が最も顕著に現れるのは、
                想定外の事態・事故や不測の災害・事態などに直面した時です。

                ルールとモラルを文書化すると、ルールは規範・規律・規則・規程であり
                ルールはマニュアルに、モラルはガイドラインに成ります。

                マニュアルは、その内容が具体的に記されています。
                ある意味では親切丁寧ですが、天災など想定外の事態に直面すると役に立ちません。
                マニュアルだけを頼りにしている人は、このような想定外の事態が起きた時、お手あげになってしまいます。
                それは、次の一歩をどう踏み出せばいいか、【自分で考える訓練】を、普段から積んでないからです。
                自らが自主的に思考しないこのような現象は、今の社会人に数多く見られます。

                一方、ガイドラインは抽象的で、目指すべき行き先(目的)が示されています。
                具体的な手段は読んだ人の器量に委ねられていて、特にここすれば良いと言う縛りはありません。
                方法を自分で考える苦労はありますが、それ故予期せぬ不測の事態には強いのです。
                障害になる物事や事態を迂回するなり、飛び越えるなり、
                いつもと同じように自分自身の頭脳で解決策を導き出せばいいのです。

                会社や組織から見てより頼もしい人は、ガイドラインで動ける社員でありスタッフです。
                中でも、管理職やマネジャーがマニュアルに頼り、言動や対処することがあれば問題です。
                不測の事態に直面した時に決断を下さなくてはいけない役目(役割)を担う人が、
                「その方法は、マネジメントマニュアルに書いてないので解りません」では話にもなりません。

                このようなことに成らないようにする為は、普段からガイドラインを元に、事象を自分自身で
                判断や決断する訓練を積んでおく必要があります。

                また、個々人と真摯に向き合いながら、その資質に合わせた適切なガイドライン作りをすることは、
                社員やスタッフの自主自発性、積極性を育みます。

                自主自発的な意識を持つことは、自由な発想を呼び込む起爆剤になり仕事の「質」を高めます。
                そして自分の頭で考えられる社員やスタッフをどのようにして増やして行くか、
                それに対してのマニュアルやチェックリストは、社員自身の制御性(自制心)を育てます。
                この制御性が高い社員は、仕事の「量」や「質」を追求する時に、能力を最大限に発揮します。

                どちらも一長一短ですが、市場が「量」より「質」が求められる現代時代に於いては、
                自発性の高い社員が多い会社や組織ほど、様々な競争やブランディングで優位に立てます。

                厳しい市場環境を克服するためにも、特に管理職やマネジャーは、自らを指さしつつ、
                己の積極自発性を高めるだけでなく、社員夫々が自発性を発揮できる職場環境を整える必要があります。

                その時に、頼りになるのは、ルールよりモラルの自覚、マニュアルよりガイドラインの充実です。

                管理職やマネジャーは、目指すべき方向を明確に示す一方で、
                余計な縛りを省いて、社員が自分の頭で考えて動く裁量を与えていく。

                それは、これからの時代に求められるマネジメントではないかと考えます。


                (参考)ルールとモラル、コンプライアンスの解説

                ※1.ルール【rule】とは。意味や解説。規則。規定。きまり。
                 辞書に拠ると、ルールとは(rule)、
                 ラテン語の「rēgula」という単語が語源になっており、
                 これは「木の棒」「真っ直ぐな棒」「物差し」を意味する。
                 (木の棒⇒物差し⇒基準となる物⇒規則。)
                 現在の英単語で「rule」と言った場合は「物差し(ruler)」の意味でも使われる他、
                  「規則」「規定」「規約」「通則」「 習慣」「常態「統治権」「治世」「公式」解式」「物差し」「指示命令」
                 なども意味する。

                ※2.モラル【moral】とは、倫理観や道徳意識のこと。
                 世代や状況によって徐々に変化するマナーよりも普遍的な価値観を含んでいる。
                  [三省堂辞書サイト]
                 「モラル」は「道徳」「倫理」「良識」のことをいいます。
                 モラル(moral)は、「道徳・道義的な」「教訓」「倫理」などを意味する英語から来ています。
                 法令順守は勿論のこと、適正な出退勤や会社の資産・備品の適正使用など
                 公私の区別(けじめ)をきちんとつけることや取引における公正さなど、公序良俗に反しない行動全般を指す。

                ※3.コンプライアンス
                 職業人としての社会的な責任を自覚すると共に、国の定めた法令、
                 人間として必要とされる最低限のルールや職場の規定、
                 社会人としての倫理性の元に、誠実且つ公正公明に職務を遂行する能力と取組姿勢。


                  ブログパーツ
                   

                  道徳倫理の原義とモラル

                  お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                  道徳と倫理モラル

                  先ず、両者に共通するのが 「人として行うべき社会的に正しい行為の基準」です。
                  道徳」は考える余地のない社会規範であり、「倫理」は考えた後での自己規範。
                  道徳」が先にあり、後で、相手との関わりの中で矛盾が起きた場合に、それを解決する為に考え、
                  自らの判断を規範とするのが、「倫理」であると解します。

                  また、倫理には大きな意味が含まれて、倫理は「社会的な行動の規範となるもの」を言い、
                  一方の道徳は「人間が社会の一員として守るべき行為の基準」を指すとも解します。
                  詰り、「道徳」は「人」の道であり、「倫理」は社会の中で「人間」として生きていく場合の自己規範。
                  英語の「モラル」には、道徳も倫理共に含まれています。


                  (参考)
                  【道徳】(大辞泉)
                  1 人々が、善悪をわきまえて正しい行為をなすために、守り従わねばならない規範の総体。
                  外面的・物理的強制を伴う法律と異なり、自発的に正しい行為へと促す内面的原理として働く。
                  2 小・中学校で行われる指導の領域の一。昭和33年(1958)教育課程に設けられた。
                  3 《道と徳を説くところから》老子の学。
                  【倫理】(大辞泉)
                  1 人として守り行うべき道。善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの。
                  道徳。モラル。「―にもとる行為」「―感」「政治―」
                  2 「倫理学」の略。
                  【道徳】(ニューセンチュリー和英辞典より)
                  (社会的行動・慣習の基準)morals(※しばしば男女間の品行をさす);
                  (道義)morality;(特定の集団・職業の)ethics(※複数扱い.→倫理).
                  【倫理】
                  (特定の集団・職業における善悪の判断基準)ethics(※複数扱い);
                  (社会的行動・慣習の基準)morals.(※ethicsほど客観性を重視しない)(→道徳)
                  道徳(morals > ethics) → 社会的行動・慣習の基準(客観性を重視しない)
                  倫理(morals < ethics) → 特定の集団・職業における善悪の判断基準


                  ルールモラルの確立】

                  自らの頭で考え、行動する従業員をどう増やすか現代社会では量より質を求められ、
                  自主性、自発性、自立性の高い社員が求められます。
                  それには、先ず人として、対人関係力「マナー」の基礎となる
                  モラルルールの意識を確りと持つことが必要とされます。

                  ◆モラルとルールの違い

                  モラルは、私達が人として備え、目指すべき心(気持ち)の根底(中心)に
                  存在するもので古より道徳とも言われ、人としてのマナー(思いやりを表す形)の「原点」と解します。
                  同時にそれは、その根底に近ければが高く、根底から離れていくほどモラルは低下します。
                  一方ルールは、モラルの土台(礎)であり、その土台石がシッカリしていなくてはなりません。
                  それを、守るか否か、即ち心の礎となる土台石が無くては、人間(社会)と言う建物は立ちません。

                  コンプライアンスが叫ばれる昨今、国や企業は以前に増して多くのルールを導入しています。
                  ルールが強調されると、境界線上の内側ぎりぎりの処に立つ人が増えます。
                  人としての心の礎であるモラル(道徳観)がないのに、
                  最近は、平気な顔で「私は、ルールは遵守しているから」と言う人が増えています。

                  言い方を変えればルールは、自分達がモラルを意識し、律する一つの手段に過ぎないのです。
                  また、モラルは年齢や社会経験によって、それ相応に備え持つべきものだと考えます。
                  私達が目指すべきことは年齢や地位に見合った、より高いレベルのモラルを身に着けることです。
                  ところが人は、ルールを強く意識し過ぎると、
                  ルールを守ることが目的化するはめになり、モラルを軽視する逆転現象が起きます。

                  即ち、ルールを過剰に意識することが、返ってモラルの低下を引き起こしてしまうのです。
                  一方マニュアル依存の危険性は、危機の時に現れる弊害はそれだけではありません。
                  ルールが増えれば、手続きも増えます。
                  手続きが増えれば組織の効率も落ちます。
                  組織がルールでがんじがらめになると、物事への柔軟な対応も難しくなります。
                  現実社会は複雑で、ルールの向こう側ですが、モラルとして正しいことが色々あります。

                  社会人として優先すべきことは、ルールよりモラルです。
                  ところが「ルールを守れ」と言われ続ける内に、多くの人は形式主義に陥り、
                  「それは社のルールで決まっているからダメ」
                  と硬直的な対応・対処をしてしまいます。
                  これは、会社や組織の成長を妨げ、停滞させる要因の一つになる場合が多々あります。

                  モラルは、マニュアルでなく解説書やテキストを用いて、ガイドラインで考えるようにすることです。
                  ルールやマニュアル依存の危険性が最も顕著に現れるのは、
                  想定外の事態・事故や不測の災害・事態などに直面した時です。

                  ルールとモラルを文書化すると、ルールはマニュアルに、モラルはガイドラインに成ります。
                  マニュアルは、その内容が具体的に記されています。
                  ある意味では親切丁寧ですが、想定外の事態に直面すると役に立ちません。
                  例えば歩く先に障害物があったとします。
                  マニュアル頼りの人は想定外の事態が起きた時はお手あげになってしまいます。
                  それは次の一歩をどう踏み出せばいいか、【自分で考える訓練】を普段から積んでないからです。

                  一方、ガイドラインは抽象的で、目指すべき行き先(目的)が示されています。
                  具体的な手段は読んだ人の器量に委ねられていて、特にここすれば良いと言う縛りはありません。
                  方法を自分で考える苦労はありますが、それ故予期せぬ不測の事態には強いのです。
                  障害になる物事や事態を迂回するなり、飛び越えるなり、
                  いつもと同じように自分自身の頭脳で解決策を導き出せばいいのです。

                  会社や組織から見てより頼もしい人は、ガイドラインで動ける社員でありスタッフです。
                  中でも、管理職やマネジャーがマニュアルに頼り、言動や対処することがあれば問題です。
                  不測の事態に直面した時に決断を下さなくてはいけない役目(役割))を担う人が、
                  「その方法は、マネジメントのマニュアルに書いてないので解りません」
                  では話にもなりません。

                  このようなことに成らないようにする為は、
                  普段からガイドラインを元に自分自身で判断や決断する訓練を積んでおく必要があります。
                  また、個々人と真摯に向き合いながら、その資質に合わせた適切なガイドライン作りをすることは、
                  社員やスタッフの自主自発性、積極性を育みます。
                  この自主自発的な意識を持つことは、
                  自由な発想を呼び込む起爆剤になり、仕事の「質」を高めます。
                  そして自分の頭で考えられる社員やスタッフをどのようにして増やして行くか、

                  それに対してのマニュアルやチェックリストは、社員自身の制御性(自制心)を育てます。
                  この制御性が高い社員は、仕事の「量」や「質」を追求する時に能力を最大限に発揮します。
                  どちらも一長一短ですが、市場がシュリンクして「量」より「質」が求められる現代時代に於いては、
                  自発性の高い社員が多い会社や組織ほど、様々な競争やブランディングで優位に立てます。
                  厳しい市場環境を克服するためにも、特に管理職やマネジャーは、自らを指さしつつ、
                  己の積極自発性を高めるだけでなく、社員夫々が自発性を発揮できる職場環境を整える必要があります。

                  その時に、頼りになるのは、ルールよりモラルの自覚、マニュアルよりガイドラインの充実です。
                  管理職やマネジャーは、目指すべき方向を明確に示す一方で、余計な縛りを省いて、
                  社員が自分の頭で考えて動く裁量を与えていく。それは、これからの時代に求められる組織の
                  マネジメントではないかと考えます。


                    ブログパーツ
                     

                           ルールモラルの確立

                            お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                    モラルルールマナー

                    自らの頭で考え、行動する従業員をどう増やすか
                    現代社会では量より質を求められ、自主性、自発性、自立性の高い社員が求められます。
                    それには、先ず人として、対人関係力「マナー」の基礎となるモラルルールの意識を
                    確りと持つことが必要とされます。


                    モラルルールの違い
                    モラル※2.は、私達が人として備え、目指すべき心(気持ち)の根底(中心)に存在するもの、
                    即ち人としてのマナーの「原点」と解します。
                    同時にそれは、その根底に近ければが高く、根底から離れていくほどモラルは低下します。
                    一方ルール※1.は、モラルの土台(礎)であり、その土台石がシッカリしていなくてはなりません。
                    それを、守るか否か、即ち心の礎となる土台石が無くては、人間(社会)と言う建物は立ちません。
                    コンプライアンス※3.が叫ばれる昨今、国や企業は以前に増して多くのルールを導入しています。
                    ルールが強調されると、境界線上の内側ぎりぎりの処に立つ人が増えます。
                    人としての心の礎であるモラルがないのに、
                    最近は、平気な顔で「私は、ルールは遵守しているから」と言う人が増えています。
                    言い方を変えればルールは、自分達がモラルを意識し、律する一つの手段に過ぎないのです。
                    また、モラルは年齢や社会経験によって、それ相応に備え持つべきものだと考えます。
                    私達が目指すべきことは年齢や地位に見合った、より高いレベルのモラルを身に着けることです。
                    ところが人は、ルールを強く意識し過ぎると、ルールを守ることが目的化するはめになり、
                    モラルを軽視する逆転現象が起きます。

                    即ち、ルールを過剰に意識することが、返ってモラルの低下を引き起こしてしまうのです。
                    一方マニュアル依存の危険性は危機の時に現れる弊害はそれだけではありません。
                    ルールが増えれば、手続きも増えます。手続きが増えれば組織の効率も落ちます。
                    組織がルールでがんじがらめになると、物事への柔軟な対応も難しくなります。
                    現実社会は複雑で、ルールの向こう側だがモラルとして正しいことが色々あります。

                    私達が社会人として優先すべきことは、ルールよりもモラルです。
                    ところが「ルールを守れ」と言われ続ける内に、多くの人は形式主義に陥り、
                    「それは社のルールで決まっているからダメ」と硬直的な対応・対処をしてしまいます。
                    これは、会社や組織の成長を妨げ、停滞させる要因の一つになる場合が多々あります。
                    モラルはマニュアルでなく解説書やテキストを用いて、ガイドラインで考えるようにすることです。
                    ルールやマニュアル依存の危険性が最も顕著に現れるのは、
                    想定外の事態・事故や不測の災害・事態などに直面した時です。

                    ルールとモラルを文書化すると、ルールはマニュアルに、モラルはガイドラインに成ります。
                    マニュアルは、その内容が具体的に記されています。
                    ある意味では親切丁寧ですが、想定外の事態に直面すると役に立ちません。
                    例えば歩く先に障害物があったとします。
                    マニュアル頼りの人は想定外の事態が起きた時はお手あげになってしまいます。
                    それは次の一歩をどう踏み出せばいいか、【自分で考える訓練】を普段から積んでないからです。
                    一方、ガイドラインは抽象的で、目指すべき行き先(目的)が示されています。
                    具体的な手段は読んだ人の器量に委ねられていて、特にここすれば良いと言う縛りはありません。
                    方法を自分で考える苦労はありますが、それ故予期せぬ不測の事態には強いのです。
                    障害になる物事や事態を迂回するなり、飛び越えるなり、
                    いつもと同じように自分自身の頭脳で解決策を導き出せばいいのです。

                    会社や組織から見てより頼もしい人は、ガイドラインで動ける社員でありスタッフです。
                    中でも、管理職やマネジャーがマニュアルに頼り、言動や対処することがあれば問題です。
                    不測の事態に直面した時に決断を下さなくてはいけない役目(役割))を担う人が、
                    「その方法は、マネジメントのマニュアルに書いてないので解りません」では話にもなりません。
                    このようなことに成らないようにする為は、
                    普段からガイドラインを元に自分自身で判断や決断する訓練を積んでおく必要があります。

                    また、個々人と真摯に向き合いながら、その資質に合わせた適切なガイドライン作りをすることは、
                    社員やスタッフの自主自発性、積極性を育みます。
                    自主自発的な意識を持つことは、自由な発想を呼び込む起爆剤になり仕事の「質」を高めます。
                    そして自分の頭で考えられる社員やスタッフをどのようにして増やして行くか、
                    それに対してのマニュアルやチェックリストは、社員自身の制御性(自制心)を育てます。
                    この制御性が高い社員は、仕事の「量」や「質」を追求する時に能力を最大限に発揮します。

                    どちらも一長一短ですが、市場がシュリンクして「量」より「質」が求められる現代時代に於いては、
                    自発性の高い社員が多い会社や組織ほど、様々な競争やブランディングで優位に立てます。
                    厳しい市場環境を克服するためにも、特に管理職やマネジャーは、自らを指さしつつ、
                    己の積極自発性を高めるだけでなく、社員夫々が自発性を発揮できる職場環境を整える必要があります。
                    その時に、頼りになるのは、ルールよりモラルの自覚、マニュアルよりガイドラインの充実です。
                    管理職やマネジャーは、目指すべき方向を明確に示す一方で、余計な縛りを省いて、
                    社員が自分の頭で考えて動く裁量を与えていく。
                    それは、これからの時代に求められる組織のマネジメントではないかと考えます。

                    (参考)ルールとモラル、コンプライアンスの解説

                    ※1.ルール【rule】
                     意味や解説。規則。規定。きまり。
                     辞書に拠ると、ルールとは(rule)、ラテン語の「rēgula」という単語が語源になっており、
                     これは「木の棒」「真っ直ぐな棒」「物差し」を意味する。(木の棒⇒物差し⇒基準となる物⇒規則。)
                     現在の英単語で「rule」と言った場合は「物差し(ruler)」の意味でも使われる他、「規則」「規定」
                     「規約」「通則」「 習慣」「常態「統治権」「治世」「公式」「解式」「物差し」「指示命令」なども意味する。

                    ※2.モラル【moral】
                     倫理観や道徳意識のこと。
                     世代や状況によって徐々に変化するマナーよりも普遍的な価値観を含んでいる。
                     モラル」は「道徳」「倫理」「良識」のことをいいます。
                     モラル(moral)は、「道徳・道義的な」「教訓」などを意味する英語から来ています。
                     法令順守は勿論のこと、適正な出退勤や会社の資産・備品の適正使用など公私の区別(けじめ)を
                     きちんとつけることや取引における公正さなど、公序良俗に反しない行動全般を指す。
                     このモラルは早くから使われてきたカタカナ語です。
                     漢字で「道徳」と書くと、中国の思想家である老子の思想をさす場合もあり、
                     また、第二次世界大戦前の初等教育課程における「修身」の流れをくむ、
                     戦後の「道徳」教育を指すこともあります。
                     「道徳」という漢字が持つ、ニュアンスを削ぎ落とした言葉として、「モラル」が使われます。
                     管理がルーズになったり帰属意識が弱まると職場内でモラルの低下が起こりますが、
                     逆に短期的で表面的な成果を過度に求めすぎると
                     取引面でのモラルがないがしろにされてしまう傾向が出ます。

                     現実社会や実人生に対する態度や気持ちのありようを言い、
                     法的根拠による拘束力をもたないもので、宗教のように超越者との関係においてではなく、
                     人間相互の関係において「善悪の判断を伴う感性」のことを言います。
                     モラルというときは、特に「現実生活に即した道徳」という点がポイントです。
                     ビジネス・法律・政治などの分野で、最近富みに聞かれるのは、
                     「モラルハザード」という言い方や、「モラルハラスメント」、
                     「情報モラル」といった使われ方も多くみられます。
                     また、エッセイや小説などに「私のモラルに反する」といった表現もよく見られます。
                     なお、類似語のモラールは従業員の集団的な意欲、士気をさしており、モラルとは区別されます。

                    ※3.コンプライアンス
                     職業人としての社会的な責任を自覚すると共に、国の定めた法令、
                     人間として必要とされる最低限のモラルや職場の規定、ルールを遵守し、
                     誠実且つ公正公明に職務を遂行する能力と取組姿勢。


                      ブログパーツ
                       

                      けじめ』とは、何か!

                      お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                      けじめ
                      3月は、色んな意味でけじめの月です。
                      社会生活する上でも日常でも、
                      仕事をする上でも『けじめ』と言える、「」「公私の区別」「モラル
                      「常識」「コンプライアンス」「当たり前の基準」の意識を持つことは、
                      一人の人としても大切です。
                      この『けじめ』を細かく分解してみると、人としての意識と心得などの「心」と、
                      人間として誰もが持っている五感+第六感
                      =「人元力」に別けられるのではないかと思います。


                      この『けじめ』には、以下の二つがあると解します。

                      1.心と意識に当て嵌まる「けじめ」は、対象が、=以下を指す
                      ・道徳・モラル・常識・マナー・おもてなし・マナー・コンプライアンス
                        当たり前の基準・取組姿勢
                      =「その人、全体の雰囲気から感じ取る」
                      ≒温度差・場の空気

                      2.五感からのけじめ (人元力)に当て嵌まる「けじめ」は、対象が、=以下を指す
                      「聴覚」=会話上、言葉使い(言葉遣い)、音(雑音)
                      「視覚」=見た目・外見、置物、持ち物・身嗜み
                          (着衣・靴・装飾品・化粧・ブランド品など) 、
                      「嗅覚」=香り、臭い、香水、お香、体臭
                      「触覚」=置物・触れるもの・握手・ハグ
                      「味覚」=飲食物・嗜好品

                      また、オフィシャルとプライベートとも言われている「公私の区別」も、『けじめ』に含まれます。
                      けじめ』とは、“今は、何をする時か?”をよく考えて言動することです。

                      他にも次のような『けじめ』も指します。
                      「今はなにをする時か」が分かっているか否かの
                      「人に迷惑をかけているかいないか」
                      「マナ-に反しているかどうか」
                      「感謝の気持ちで物事を受け止めているかどうか」
                      「言うべきことは言う」「言うべき時には言う」
                      特に、「認める」「褒める」「叱る」「諭す」は、『けじめ』の徹底に役立ちます

                      また、『けじめ』は、
                      モラルコンプライアンス☛常識☛マナー☛おもてなし の順に下から積み重なって形成されています。
                      と同時に、『けじめ』は、人から愛されたり、尊敬されたり、親しまれたりするために、
                      生活の場での信用、信頼され、会社では、キチンと円滑に業務を行い
                      信頼され期待される人となるために重要です。
                      先ず、社会では法令の遵守(コンプライアンス)や会社のルールをキチンと守ること。
                      次に人として、社会人としてのモラルを保有すること。
                      一方、職場のチームワークや≪和≫を大事にするあまり、『けじめ』を忘れてしまう場合もあります。
                      中途半端な考えで≪和≫を実践しようとすると、
                      社内や職場での人間関係が乱れてしまいます。
                      けじめは大局から考えることも必要とされ、特定の人に対して、
                      『けじめ』をつけて接することも大切です。
                      以上をまとめると『けじめ』とは、“今は、何をする時か?”をよく考えてすることであり、
                      「けじめ」を守り、皆に迷惑をかけない賢い人になることです。
                      それ以外に、
                      「礼や義を弁えているか」
                      「マナーに反しているか否か」
                      「感謝の気持ちで物事を受け止めているか否か」
                      なども『けじめ』と言われるものです。

                      また、「おもてなし」「思い遣り」には誠実さを表し示す「けじめ」が不可欠です。
                      そこで上記と重複しますが「思い遣り」と「けじめ」の説明を短くまとめて載せました。
                      「思いやり(思い遣り)」
                      * 「思いやり」は一般的に「その人の身になって考える事、察して気づかう事」
                      * 「思い遣り」は優しさと勘違いしかちですが優しさだけではありません。
                      * 「思い」は相手の気持ちになって考えたり、共感したり・同情したりすることの意味
                      「やり(遣り)」は届ける・さし向ける・行うことをさします。
                      * 「思い遣る心」で接することが人として生きて行くために必要です。
                      * 「思い遣る心」は「思い遣り」と言われます。

                      「けじめ」(けぢめ)(辞書検索より)
                      [1]物と物との相違。区別。差別。
                      [2]道徳や社会的規範に従って言動に表す区別。節度ある態度。言動における節度。
                         師弟のけじめ・公私のけじめ
                      [3]次第に移り変わってゆく物事の、前と後の違い。連続する物事などの境目。区切り。
                      [4]隔て。しきり。


                           【けじめ度をチェックする】

                      けじめ度✔


                        ブログパーツ
                         

                        自転車走行のモラル思い遣り

                        お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                        最近、どこの街でも自転車に乗って通勤、通学する人たちが多くなりました。
                        それに伴い、自転車に依る交通事故?も数多く発生しているようです。
                        その自転車の乗る一部の人達のモラルの低さは、多方面から検討する必要があります。

                        さてこのモラルの低さを言及する以前に、人として相手を思い遣る心や態度が、
                        一般社会人に充分に備わっているか否かを見回してみなくてはなりません。

                        現代は個人中心の時代になり、物事を個人中心、即ち「利己の心」で考えたり、
                        捉えたり、したりする生活環境になっていると思われます。
                        自転車を使う人々のモラルの低さは、このような「利己の心」の時代を、
                        そのまま映し出していることと捉えるのは間違いではないと思います。

                        このようなモラルの低さについて云々する以前に、人は人によって支えられていること、
                        相手の立場で物事を捉え、考えることを皆が再認識する必要があると考えます。

                        また、他者や社会環境からの「安心・安全」を強く意識する余りに、
                        自分自身のしている他者に対する「安心・安全」の行為や言動を
                        指さし、振返る自覚がお座成りにされていることもあるではないかとも思えられます。

                        また一方では、人から見た目や思惑ばかりに気を取られ、
                        人間関係の基本とも言える挨拶や礼儀作法と言った心の表現が適切に出来ていないにも関わらず、
                        人を監督・指導したり、教育や教育関連の仕事に携わっていたりする人が多いように思います。

                        先ずはこのような大人が率先して自らが適正なモラルを示すと共に、
                        礼儀作法やマナーの実践をすべきではないでしょうか。

                        此処のところ、行政機関や様々な組織で「人づくり人間力」を推進する活動が見られます。
                        しかし、今一日も早く私達大人が成すべきことは、
                        子供から社会人に至る迄の夫々の心にある「モラルの向上」ではないかと考えます。
                        人として適正なモラルを保有すると共に、相手を思い遣る心を持っていなくては、
                        他者を気遣うことを形として表すマナーを適正・適切に表現することは出来ません。

                        ひとり一人が、モラルの元となる「他者を思い遣る心」を改めて振返り見直すべきであり、
                        その心を身に着けるべきであると考えます。

                        今の復興や厳しい社会環境にある日本にとって、人の持つ「心の内面」を
                        潤いがあり、豊かにすることは、モラルの向上にも繋がる大切なことであると思います。

                        見た目や外見は、いつでも美しく素敵に見せることが出来ますが、現在の年齢に適合した
                        心の育成」は、今しかできない大事なことであると考えます。

                        因みにモラル(Moral)は、「道徳・道義的な」「教訓」などを意味する英語から来ています。
                        モラルは、現実の社会生活に即した「道徳」「倫理」「良識」のことを言います。

                        そしてモラルは、現実社会や実人生に対する態度や気持ちの在り様を言い、
                        法の拘束力を持たず、人間相互の関係において善悪の判断を伴う感性のことを表わします。


                          ブログパーツ