接客マナーは心の礎 (おもてなしの心)  【1】日本の心

接客マナーは心の礎 (おもてなしの心) 

Nippon人の【心の礎】それは人を想い・思う気持ち“思いやり”。そして「和」「おもてなし」の『心』。
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過去九年間に書いた三千近くの投稿が載ってます。記事右横のカテゴリー項目ですと記事が見つけ易いです。
人の「心」は,顔と同様に一人ひとり異なります。心の形・器の大小・感じ方・理解度も人様々だと思います。
こちらに載せてある「人の心や人間関係関連」の内容は,読む個々人に見合った項目や内容を選びお読み下さい。


ハート無題1s #思いやり ってどんなこと?ハート無題1s


見直しましょう社会人の「常識」と「躾」

社会人の「常識」と「躾」和紙

知っているようで知らない「常識」の意

📖 goo辞書によると
 1.一般の社会人が共通にもつ、またもつべき普通の知識・意見や判断力。
 2.知っている事柄や人間として備えているべき事柄。

(参考) アインシュタインの考え(言葉)。

 『当たり前』と思っていることが『常識』。
 『当たり前』だから疑問を抱くこともないしそもそも気にも留めていないことがある。
 「常識を疑え」と簡単に言うけど、気にも留めていないことを疑うのは簡単じゃない。
 でも自分の常識とは異なる常識と出会った時も自分の中の常識がフッと姿を現す時がある。

常識見返り心の境界線s

さて、この常識に含まれるものには以下の3つがあると捉えます。
それぞれは個々人により解釈・理解の度合が異なりますので以下を基準とします。

①知識(goo辞書検索)
 1 知ること。認識・理解すること。また、ある事柄などについて、知っている内容。
 2 考える働き。知恵。
 3 仏語(多く「智識」と書く)。
  ㋐仏法を説いて導く指導者。善知識。
  ㋑堂塔や仏像などの建立に金品を寄進すること。また、その人や金品。知識物。
  ㋒対象を外界に実在すると認める心の働き。
 4哲学で、確実な根拠に基づく認識。客観的認識。

②良識(goo辞書検索)
 1.物事の健全な考え方。健全な判断力。
 *すぐれた見識。善悪の判断を下せる 、社会的につちかわれた見識。

③見識(goo辞書検索)
 1 物事を深く見通し、本質をとらえる、すぐれた判断力。
   ある物事に対する確かな考えや意見。識見。
 2 気位 (きぐらい) 。をえ。

上記した、この常識の能力を常識力です。(⇔当たり前とも呼ばれる)
それは育った環境、立場、年齢や体験など様々な要因により差異が生じます。
特にその中で、年齢(実体験と生活環境)による差異は顕著に表れます。

当然ながらベテラン社員と新入社員との常識力は異なりますし、
20代の若者と40~50代の人間では常識力=見識が異なって当たり前です。
また、この常識力は格差、主従関係、置かれている立場などでも異なります。

スマホ社会の現在、私たちは多過ぎる多様化した情報、
S.N.S.などで実際と異なったり、誤って流される偽りの情報、
などの判断に迷ってしまうことも度々あります。

スマホや携帯電話の普及により、コミュニケーションや対人関係上でも
以前の良識ではとても考えにも及ばなかったメールやメッセージを
「無視」する行為=スルー・拒否・(着拒)・既読スルーと言ったことも
一部の人の見識として実際に見受けられます。
こま無視する行為は、ハラスメント・いじめ・事件や犯罪を起こす
「心の闇」を作りだし様々な対策かなされています。

このようなことを鑑み「常識(個人の見識=当たり前)」に対する
個々人や上に立つ人・指導者の意識改革も求められます。
即ち、常識力にも格差社会の影響が出ていることも意識しておきましょう。

最近増加している
自己顕示(自己主張)の積極的な活動をする人
平凡が良いて思い無難に生きようとする人、
独りがいいと他人との関わりを遠ざけている人
なとの夫々の常識の違いを予め認識しておく必要もあります。

また、挨拶力も常識力に含まれるのではないでしょうか。
様々な常識力がありますが、常識力の基礎とも言える
個々人によって差異のある「躾」について考えてみます。

「躾」は、子供の頃からの親の考え方、取組み方や育った家庭環境に
大きく左右される場合が大変多いのでないかと思われます。

恥と罪 1新2jpg

さて、現在に至る迄日本人は人の目人種と言われ、日本人の子供は

「そんなことをすると人(誰々さん)に笑われますよ」とか
「我が家のになるようなことは止めなさい」
「みっともないから、やめなさい(してはいけません)」

と言ったように教え育てられ躾けられますが、

これに対し、欧米の子供は善悪を前提にし

「それは悪いことだからしてはいけない」 
「人に迷惑をかけると罰せられますよ」
「良いことだからしなさい」
と言う風に躾られています。

要約すると日本の躾は、「のしつけ」であり、
欧米の躾は、「罪のしつけ」であると言えます。

参考) の文化
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説より一部転載

アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトが著書である『菊と刀』に、
日本人の国民性を研究したものが記されている。
その中で彼女は、欧米は内面の良心を重視する(=罪の文化)のに対し、
日本は世間体や外聞といった他人の視線を気にする(=の文化)と規定した。
両者の違いは,行為に対する規範的規制の源が,
内なる自己(良心)にあるか,自己の外側(世間)にあるかに基づいている。
前者を日本人特有の文化体系と考える。
すなわち,日本人の行動様式は、をかかないとか、
恥をかかせるとか、というように「恥」の道徳律が内面化されていて,
この行動様式が日本人の文化を特色づけているとする。(転載終)

また、私達日本人は、自分の家の物は、
実によく気をつけて大切に使い、清潔に保ちます。
しかし、海外で公の乗り物の中や施設を汚すのは
結構日本人が多いと言われています。

推測ですが※「旅の恥は掻き捨て」の意識が
旅先で生まれるのは「恥」からの解放かも?

※【意味】-旅先には知人もいないし、長くとどまるわけでもないので、
普段ならしないような恥ずかしい言動も平気でやってしまうものということ。

以前にヨーロッパの有名な遺跡に、
日本人の若者の心ない落書きがされていたり、
公共のトイレを汚したまましにしたりする行為
モラルの低さでも世界中に知られているのが現状です。

このようなことからも、人としての原点に戻り
「躾」の大切さを再認識する必要があると思われます。

前記したように、「常識力」を社会や会社が
若い社会人に求めていることもその表れだと考えます。
現在、上辺や形式だけの挨拶は上手で、
思いやりの心の感じられない人々の言動や態度は、
人の目に重きを置き形式を重視して来た
日本の教育の弊害と言っても過言ではありません。

「躾」の根本は、周りの人々を思いやり
真面目に社会の為に働く人間としての誇り、
もてなの心を持つ日本人である自覚と認識です。

社会人の「躾」は、社会人の決まり【常識力】を身に着ける為の

「学習化」⇒「習熟化」⇒「習慣化」⇒「習性化」

のプロセスから成立つこと認識し、実行することではないでしょうか。

 
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礼儀作法」&現代社会の「恥の文化」-(2)

礼儀行儀3

礼儀作法と行儀

礼儀」は対人関係での気配りや敬意、
 慎みの気持ちに基づく行動の規範。

作法」は対人関係に限らず、
 礼儀にかなった一定の行動の仕方。


例えば
「年賀状をもらったら返事を出すのが礼儀だ」は「作法」では言えないし、
「お茶の作法を身に着ける」を「礼儀」とは言えません。

また、「作法」を知らないと言うことは単にその知識がない場合も多いですが、
「礼儀を知らない」では、常識に欠け、敬意や慎みの気持ちがないことを
批判や非難する意が含まれていると考えられるのではないでしょうか。

作法と類似の語に「行儀」や「」があります。
が良い子」「行儀正しい若者」
行儀の悪い子」「行儀よくすわっている」
などのように、挨拶や謝意、節度を弁えていること、
或いは、敬語や謙譲語などを正しく身に付けた
対人関係上の適切ながされた振る舞いが出来
礼儀に叶った立ち居の仕方が出来るといった意味で使われます。

礼儀・に必要なのはТPОに合った「敬意表現」(≒敬語力や態度)であり、
行儀に求められるのは「作法」と言われる適切な「正しい形」の修得とされる。

社会人として礼儀作法とマナー(思いやりの表現形)ですが
大切なことは、表現する際、どの人称で表すのか?という意識の持ち方です。

例) 「私が・・・・・・」は、「我」一人称で自己中心的な表現
   「私は・・・・・・」は、「和・輪」一~三人称で周りを含む表現
人称と我と輪



 

彼岸に【自分と向き合う

彼岸・彼岸花

彼岸の中日と言われる今日は、先祖に感謝し、
残る六日間は、自分と真摯に向き会い、
更に徳を積みつつ己の悟りに努める、
ことだと晩年になり学び知りました。
即ち、人として生きる為の内観(自省)の期間なのです。
それは、他者を思いやる利他の心と
自らの心の礎を築くために自らを顧み、
「命の元の先祖に感謝し、己の徳を積む日」であると解します。
※【自利利他】(自行化他・自益益他)
 自らの悟りのために修行、努力精進する
 と同時に、他者の利益や奉仕に尽くすこと。

彼岸3

彼岸の実践徳目「六波羅蜜」

一.布施
財施・無畏施・法施などの布施のこと。

二.持戒
戒律を守ること。コンプライアンスの遵守。

三.忍辱
耐え忍ぶこと。或は怒りを捨てること(慈悲)。寛容、寛大。

四.精進
努力すること。一所懸命・一生懸命。

五.禅定
特定の対象に心を集中して、 散乱する心を安定させること。平常心、自制。

六.智慧 
物事を有りの侭に観察する「観」を指す。心眼を以って物事を観察する。
思考に依らない本源的な智慧を発現させること。自己啓発・機知に富むこと。
彼岸の中日の今日、これからの自他に役立つ【自分と向き合う】活動をしましょう。

未曾有の自然災害、それに伴って起きる人的被害
国内の政治不信、オリンピック開催や安保などの不信感、
激しい社会環境の変化と各ソフトの進化や情報過多による
いじめ」や様々な「ハラスメント」の増加
人としてあるまじき犯罪や人的なうつ病(引きこもり)の増加
といったことが多発している少子高齢化に入った社会、
今後の日本は、一体どうなってしまうのでしょうか?

日本の人的社会環境は昭和から平成に移り、
人との触れ合いや社会生活は大きく様変わりしています。
そして私達の生活環境は、数多くの豊かな物に溢れ、
選択できない程の情報の選択に戸惑ってしまいます。

このような中でも特に変化が著しいのが
接客や接遇、おもてなしを教える側の人達です。

マナーより心よりテクニックを重んじる社会になってしまい
マナーの心である「思いやる心」を軽く扱い、
即実践に役立つ表面上の形を重んじる姿を多く目にします。

例えば、人は夫々にその人の持つ独自の顔がありますが
それを無視し明らかに作っていると思われる笑顔、
謝罪する目的にそぐわない表情・姿勢や態度、
人相に合わない極端に口角を上げている口元、
男性らしくない女性的な身のこなしや仕草、
原義を忘れカッコの良さのみを意識した手組み、
見た目や自己満足を重んじたこのようなことを
最近数多く体験したり、見聞きしたりします。

また、人を指導し、管理する立場でありながらも
人を思いやる心が欠け、自己事情や感情を優先し
レスポンスや返事がないといったことも多く感じます。

このようなことが「当たり前」になってしまうことは
受け止め方によっては「いじめ」に該当することであり、
それが子供達の「いじめ」や大人の「ハラスメント」に
結びついているのではないかとも考えられます。

自分と向き合う1

個々人を優先して物事を思考し行動する現代社会は
外見や人の目、他人の思惑を意識する人が多くなりましたが
一方では、個人が自分自身と向き合うことで心が強くなり、
個々の能力がより高くなり、世界レベルのスポーツマンや
様々な文化人、世界に進出する企業も年々増加しています。

個を優先しパフォーマンス化する社会となった今の生活環境、
何事も「仏作って、魂入れず」にならぬよう人として、
何を、どのようにすべきか、に焦点を当てる時期めめめめに来ていると思われます。

そのために必要不可欠なのが、自分自身を、
知り、許し、認め、受容、もてなす」、
といった【自分と向き合う】の活動をすることではないでしょうか。


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    礼儀作法」&現代社会の「の文化」-(1)

    長年に渡り、もてなしやサービス業に携わってきましたが
    人生半ばに「思いやりの心」を知るまでは、
    礼儀作法」は心を伴うと理解ができず、
    他人の眼や外見優先の上辺だけの「形だけ」でした。

    人に恰好良く見せたい、人に好かれたい、
    人前ではかきたくない、出世したいなど
    といったことから、強い感受性でその形を磨くことだけをして来てしまい、
    礼儀」の語彙である、人の心が係わることなど気にしませんでした。
    当然のこと「」に大切な「先心後技」のことなど全く気にしませんでした。

    礼儀作法11

    また、自分勝手な「かくことを嫌う」こと
    内の心も外への意識も一人称視点を主に周りからの眼を
    強く意識しながら人付き合いをして来てしまいました。


    個を優先する現代社会では、古より人の目を意識した
    日本独自の「の文化」と言われることも薄れつつあり、
    スマホ依存、個人の安心安全、利己的な自己顕示、
    保身のためのと思われる「パワハラ」などが見られます。

    このような体験と人生後半に先人の教えや書で「礼儀」について
    学びの中で詳しく知り得たことや様々な気付きなどを書いて行きます。

    礼儀作法マナー

    【礼儀作法】は、道徳の心を「形」として表わすことと言われています。
    マナー】は、“目の前の人、周りの人のことだけを考える”振舞いと思いやりです。
    また、「エチケット」は、人付き合い(コミュニケーション)を円滑にするための
    一般社会人の常識的なルール・技術・所作で礼儀作法を意味し、
    自己の心や意識を主に捉える一人称で使われる場合が比較的多く、
    形式化された作法とか、身嗜みや仕草を指し示すと考えます。
    解り易く解説すると下図のような内容です。

    マナーとエチケット新枠付

    マナーとエチケットどこが違うの?」

    と以前とある研修の場で生徒さんから質問をされたことがあります
    意外と知っているようで知らないこの二つの違いです。

    マナーとエチケットの解説

    子供の頃に行儀が良いと言われることが多々ありますが、
    大人になると同じことも、躾やマナー、エチケットと言った表現をします。

    この行儀は、礼儀作法に適った立ち居振る舞いのことを言います。
    また、人として適正なモラルを保有し、弁えてなくては、
    他者を気遣うことマナーやエチケットを正しく表現することは出来ません。
    即ち、モラルの保有は、マナーやエチケットの礎であると言えます。

    モラルは、「道徳・道義的な・教訓」などを意味する英語で、
    「現実生活に即した道徳・倫理・良識」を指して言う時に使われます。
    それは「道徳」「倫理」「良識」のことを言い、
    現実社会や実人生に対する態度や気持ちの在り様をいい、
    人間相互の関係において法による拘束力を持たない、
    善悪の判断を伴う感性のことを言います。

    さて、マナーとエチケットの原義は、
    共に「礼儀作法」を指し同義語です。
    前記しましたがエチケットはフランス語で、「社交上の型」、人付き合いを
    円滑にするための常識的なルール・技術・所作で礼儀作法を意味し、
    自己の心や意識を主に捉える一人称で使われる場合が比較的多く、
    形式化された作法とか、身嗜みや仕草を指し示すと考えます。
    そして、自分自身をコントロールする意があり、
    「道徳心」やコンプライアンスに類似しています。

    一方、マナーは英語で、態度・礼節・礼儀作法であると言えます。
    「倫理心」や思いやり(愛他心)に類似しています。

    具体的に言えば、
    暑い時期に自分の汗や臭いに気を付けたり、
    知人や仲間を見かけたら進んで挨拶をしに行くのがエチケットであり、
    他者と会う場合に自分の汗や臭いに気を付けて対話したり、
    相手が何らかの事情で取り込んでいて、
    挨拶をするどころではない様子を察しその場では黙礼し、
    後でキチンと心の篭った挨拶をするのがマナーです。

    マナーは、「社交上の心」、相手に対して自分が取るべき態度・処置です。
    このマナーの原義は、
    人に対する思い遣りや相手を気遣う気持ちを言い、
    その心(気持ち)を動作や態度で表したもので
    他者中心の二、三人称で使われ人称は限定されません。
    形式化された作法とか仕草と共に、礼、態度
    と言った「心」の部分を多く含むと考えます。
    それは、正常な人間ならば誰でも持っていて、
    その心の根底にあることであると思います。

    エチケットを弁え、相手を喜ばせ相手に尽くすのが
     マナーの原点であると共に終着点です。


    ※字義としては、
    行儀、作法、礼儀、態度、様子、仕方、やり方 、方法、態度、様子、挙動、
    風習、習慣、流儀、様式、作風、種類、手法、習癖などが挙げられます。


    ◆知っておきたい表現法

    マナー・エチケット礼儀・・草枠


    ※礼儀作法の解説-出典 日本大百科全書(ニッポニカ)の解説(以下転載)

    人がその社会生活を円滑に営み、
    社会秩序を保つために用いる規範と実践の総体。
    礼とは温かい真心の具体的な表出であり、
    礼儀とは他との関係において
    それを判断・評価・行為の基準とする原則である。
    礼儀に基づいて社会的に様式化された
    言語的・非言語的表現が作法である。

    これらをあわせた礼儀作法の語は、
    主として社会の秩序や人間関係を構築し
    維持する価値基準および行動様式の意味で用いられる。

    礼儀は、一般に人間に対してのみ
    行われるものと思われているが、
    本来は自己と関わる総ての事物が対象である。

    人が外界の事物と係わる時、
    それらに向かう敬意や愛情が、
    時、場所、場合に応じて言語的・非言語的に最適化して
    表出されたものが【作法】であり、神仏をはじめ
    道具や水、空気といった無機物など、
    あらゆるものが対象となりうる。
    (以上転載終わり)



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      平昌オリンピック日本選手の「おもてなしの心」

      平昌のオリンピック0h

      I.Т化が進みAIが活躍し始め、高齢化社会になって行われた
      平昌オリンピック日本選手個々人のNippon人力と言える
      応援して下さる皆さんの嬉しい笑顔にしたいからの言行は
      かつて東日本大震災後、楽天イーグルスが日本一になった時、
      被災者の皆さんに元気を届け笑顔になって欲しいからの気持ちと
      と同様な主客一体(一心) ⇒【おもてなし】の意識からではないでしょうか。

      即ち、主である選手(一人称)と観客の皆さん(他人称)が
      一体(一つの心)を共有し、共感できるよう共に努めた結果が
      とても大きな感動として多くの人々の心を動かしたのでしょう。

      また、松岡修造氏は古からの日本の心を以て貴しと成す」
      から引用したのでしょうか選手同士の、選手と応援する人の
      皆のを自らの文字の五輪書に『心伝心』という表現をしています。

      また、スケートの小平選手のした次に滑る競技者への配慮の行為、
      カーリング娘さんたちが、相手のミスで勝利した時の奢らない態度など、
      次世代へ受け継がれる日本のおもてなしの心」が現れとも言える
      今後の少子高齢化・格差社会を担う子供たちの心に
      いつまでも残るであろうと思う活躍や言行もありました。

      さて、お客様をもてなす方達の現実の言行に目を向けると
      前記した選手の皆さんに学ぶべき姿勢とおもてなしの心、
      主客一体認識、他人称の意識、感謝(礼)の伝達手法、配慮の心
      など言った心身の活動に見習うべきことが多いと思います。

      和を以て成すもてなしN感謝ippon人力小

      例えば、感謝の言葉「ありがとう」だけで済ましてしまいがちです。
      特にIТ(スマホ/PC)を使うデジタルメールやSNSメッセージなどは
      「あ」と打てばすぐに文字が安易に表示され、簡単に操作出来ます。
      ということは、受け取る側の心に響くことは少ないと思います。
      果たして、「ありがとう」の一言の感謝の文言
      相手の感情(感性)を射られるのでしょうか?

      💗感謝を伝えるのは

      ♥相手の個性に適しているか?
      ♥一体何に対しての感謝なのか?
      ♥どうしたら相手の心を射られるのか?
      ♥相手とどんな関係なのか?
      ♥継続して繋がりたい相手なのか?
      ♥ビジネスなのか、個人的なのか?

      などを意識しなければならないデジタル社会だと認識しておきましょう。
      特に人的「もてなし」の必要な飲食業界に関わる方は大切です。

      ※謝意である「まことに申し訳ございません。」も同様だと思われます。
       

      自分の発した「言葉」には責任がある

      言霊5

      近年人間不信、いじめや引きこもり要因や起因となる得ることの一つに
      自分の発した、言葉の重さを弁え、責任を持つ。」と言うことがあります。

      その一例として、人を管理指導する立場の方などから、

      「時間を作って、こちらから連絡します。」

      と言われることが多々あります。

      この言葉には、捉え方が二、三あると考えられます。

      一つは、言葉通りで時間調整をした上で連絡するとのことで、
      他には、相手から自分を守るためであったり、
      其の場凌ぎのためであったりする意があります。
      最初の意の言葉の場合は、伝えた相手を認めていることと共に、
      それを聞いた相手の何らかの期待感を生み出します。

      今迄の様々な人と触合いの体験から学んだことですが、
      このような仕事や他人に真面目に取組む人程、
      この言葉を真摯に受け止め、期待感を抱き連絡を待っていると思われます。

      しかし、いつまで経ってもその言葉が実際にされないと、
      発した人へ不安や不信感を持つ誘因にもなります。
      若し、何らかの事情で伝えるために時間を要する場合は、
      不安を与えないためにも適時適切な連絡をすることも心掛けることです。

      また、自分の保身や其の場凌ぎの場合は相手への距離を置きたい
      と言う意思の現れなどの場合も多いようです。

      自分の発した言葉枠小

      何れにしろ、人との触合いに於いて、
      喩え相手が自分の意にそぐわない人物であったとしても
      自分の発した、言葉の重さを弁え、責任を持つ。」こと、
      善し悪しに関わらず自分の意思をキチンと相手に伝えることは、
      社会人としても人としても大切ではないでしょうか。
      その結果、相手が離れたり、縁が切れたりしてもよし、
      と受け止め捉える気持ちも必要ではないか?と思います。

      日本では、子供の頃から

      「自分の言うことに責任を持ちなさい」

      「何かして貰ったら、ありがとうと言うのです」

      「間違ったことをしたら、ご免なさいと謝りなさい」

      などと親から教えられます。

      しかし、大人になるとその大切な教えを自尊心や忙しさ、
      利害関係や好き嫌いなどで実際に行わなくなることも多いようです。

      そして、そこには人間の欲とも言える当たり前に「見返りを期待する」心が存在します。
      純な心を持ち、このような見返りを期待せず、
      私心の無い「認める」「感謝」「情けや施し」などの活動に心掛けたいものです。


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        」と「」&モラルの実践活動

        義和Nippon人

        古より日本の心である「」、とても重みがある言葉で、
        打算や損得のない人としての「正しい筋道」即ち「」を表わしています。

        個を優先している現代人は、得てして外見、自己顕示や我欲ばかりを
        追求し続けていると利己的な生き方に陥ってしまいがちです。

        また、私達にとって重要な課題となっている少子高齢化、
        自然環境の変化、環境問題や食糧・エネルギーなどの問題も、
        今のような格差が広まった個中心の利己的な生き方や
        見た目や保身優先と言ったの現況のままでは解決できないでしょう。

        あくまでも私見ですが、現代の社会人としての「」の精神は、
        モラル(≒コンプライアンス・マナー)に該当すると受け止めます。
        それは社会人として変化の激しい生き抜くための心であると思います。

        モラル金色1

        ※2.モラル【moral】とは、倫理観や道徳意識のこと。
         世代や状況によって徐々に変化するマナーよりも
         普遍的な価値観を含んでいる。
          [三省堂辞書サイト]
         「モラル」は「道徳」「倫理」「良識」のことを言い、
         それは、「道徳・道的な」「教訓」「倫理」などを意味する英語。
         法令順守は勿論のこと、適正な出退勤や会社の
         資産・備品の適正使用など公私の区別(けじめ)をきちんとつけることや
         取引における公正さなど、公序良俗に反しない行動全般を指す。



        これに歯止めをかけるのが、私達の日本人の心にある「の心」や「利他心」、
        モラル(倫理観)であり、そしてそれを人として「」を通し、実践することこそが“義”であると思います。

        同時に、他者を「思いやる心」、「筋を通し人を立てる」の心で、
        を以って尊しと成す」の精神である人と人との繋がりを強めて行かなければなりません。

        現代に生きる私達にとって

        ”“”とは、どんな行動を言うのでしょうか?

        あなたにとって

        ”“義”とは、どんな行動、どんな生き方なのでしょう?

        「義」と言えば、
        戦国武将「上杉謙信」「直江兼続」が思い浮かびます。
        謙信は、家臣の直江兼続に『天下を取ることなどは小事に過ぎず、
        それよりも「義」を貫いて生きることの方が大事』と話しことは知られています。
        過去、日本では、弱者を平気で切り捨てて「勝ち組」とか「負け組」だとか
        騒ぎ立てた時代もありましたが、今は同じような意味を持つ
        様々な《格差》と言い換えても良いと思われます。

        「人」の文字の心を忘れ、他人と格差が出来る社会環境、
        人が人に対し「勝った」「負けた」=勝ち組・負け組などと平気で言え、
        自分だけの保身や満足、自分だけが幸せであればいい、
        なんて言う社会環境は、年のせいか何処か違和感を覚えます。

        人を思いやる心、正しいことをして堂々と胸を張って生きる、
        それこそが義と和の実践であり、本当の幸福者だと思います。

        このような生き方をしてこそ、人は生きている幸せを感じることができると信じます。
        私は、自分の欲や他者の力に負け、落ち込み、騙され、裏切られたこともあります。

        現代社会は、個々人の保身や経済的格差により
        力のない弱者が更に追い詰められ、自ら命を絶つ人もいます。
        こんな世の中だからこそ、日本の心である「和」と「義」の精神、と共に
        日本に生まれ育った社会人としてのモラルが必要だと思います。

        厳しい少子高齢化社会・格差社会に入った今、
        「和を以って尊しと成す」の日本の心の元、
        私達は「義」の精神を備え、人をサポートし、
        人を育て、未来に希望を持って生きなければなりません。

        ひとりでも多くの人がこの「和」と「義」の心=モラルを備え、
        人を思いやり、権力や利害関係などに屈することなく、
        正しいと信じることに迷わず突き進む「謙信」や「兼続」の
        堂々とした生き方が出来る社会にして行かなければならないと思います。


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          奥ゆかしい和の心と

          和と和・もてなし2018礼に始まり

          人の想いは、心で思っているだけでは、伝わりません。
          中でもや感謝はどんなに強く意識し心で思っていても、
          実際に言葉に出したり、形として行動に移したり、
          態度で表さないと、その相手に伝わらないことがあります。

          このような相手を思いやる気持ちは、
          その時の相手の器や感情を推し量り、察知し、その相手に合わせて伝え方で、
          相手が受け取り易いような言葉や態度をしてこそ
          初めてその人に伝わるものです

          その大切な想いは、奥ゆかしく、
          丁寧に、繰り返されることで洗練されます。
          そして、余計なものは削ぎ落とされ
          、大事なことだけが選ばれます。

          ある日本を研究している海外の方が
          奥ゆかしさとは、もっとも無駄のない立居振舞である
          と言われたそうです。

          まさしく思いやりの心は、
          奥ゆかしい形「」に表われてこそ、伝わるのだと思います。

          この「奥ゆかしさ」の語彙は、
          慎み上品で深みがあり、心が引かれる。または、その度合い。
          深い心づかいが見えて、何となく慕わしい。
          深い思慮があるように見える。
          と辞書にあります。

          語源は、「奥ゆかし」で、「ゆかし」は「行かし」
          即ち、心が引かれる意。
          元々古典語には「ゆかし」という言葉がある。
          人の心中や物語の先行きが見たい、知りたい。
          と言う語彙。
          動詞の「行く」からできた形容詞「行かし」が語源で
          見たい、知りたいと言う気持ちを「行きたい」と言い表す。

          また、新渡戸稲造氏の書かれた【武士道】に、人と共に喜び、共に泣けるか
          」とは他人に対する思いやりを表現すること、とも記されてあります。

          の定義

           「礼」について、先達の偉人や賢人たちが、以下のように著しています。

           [以下、学びのメモより引用]

          ・江戸中期の儒学者太宰春台は、
          「仁は目で見え難いが、義は行動となり、礼は形となって表れ目に見える。
           従って、礼を厳しく躾ければ、その過程でなぜそうすべきか解り、
           悪い心を持った人間でもその行儀作法と共に心も自ずから正しくなっていく」

          新渡戸稲造は、その著『武士道』で、
          「礼は寛容にして慈悲あり、礼は妬まず、礼は誇らず、驕らず、
           非礼を行わず、己の利を求めず、憤らず、人の悪を思わず」
          「優雅な感受性として表れる礼儀は慈愛と謙遜という動機から生じ、
           他人の感情に対する優しい気持ちによって物事を行うので、
           いつも優雅な感受性として表れる。」
          「奥ゆかしさとはもっとも無駄のない立居振る舞いである。」
          「あらゆる礼法の目的は精神を淘汰することである。」

          福沢諭吉はその著『文明論之概略』で、
          「文明とは人の身を安楽にして心を高尚にするを云うなり、
           衣食を豊かにして人品を貴くするを云うなり」
          「文明とは人の安楽と品位との進歩を云うなり。
           又この人の安楽と品位とを得せしむるものは人の智徳なるが故に、
           文明とは結局、人の知徳の進歩と云ってもよいであろう」

          ・戦国時代の奥州戦国大名伊達正宗は、
          「度を過ぎた礼はもはやまやかしである」

          ・小笠原流宗家、小笠原清務は、
          「礼道の要は心を練るにあり。
           礼を以て端座すれば兇人剣を取りて向ふとも、害を加ふること能はず」

          ・中国の春秋時代における斉の政治家、管仲は、
          「衣食足りて礼節を知る」


          古より、夫々の賢人がこのような定義や著しておられます。


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            除夜の鐘-百八回突くの由縁は!

            お薦め度【★★★★】全業種、業態用

            108除夜原義

            人間に備わっている煩悩は、心を汚し、人を苦しめる心の働きを言います。
            代表的なのは、貪(むさぼり)、瞋(いかり)、痴(無知)の気持を表します。
            その煩悩を清浄にするための除夜の鐘の意味とされています。

            ※三大煩悩
             貪り=貪るように食べる。がつがつと食べる。
             怒り=他者への怒り。
             無知=肉体や心の欲望。


            静かな大晦日の夜に清らかな除夜の鐘の音を聞きながら、
            今年1年を省みて、その年の己の行いを改めて振り返り、その至らなさ、愚かさをしみじみと省み、
            懺悔し、清らかで、新たな思いを持って新年を迎える。
            それが、除夜の鐘の意味だと言われています。
            百八回目は新たな年に煩悩を持ちこさないようにとのことから新年になって撞かれます。

            (以下Wikipediaより転載)
            煩悩の数を表す 眼(げん)・耳(に)・鼻(び)・舌(ぜつ)・身(しん)・意(い)の六根、
            即ち色、声、香、味、触、法などを言う。
            夫々に好(気持ちが好い)・悪(気持ちが悪い)・平(どうでもよい)があり18類、
            この18類それぞれに浄(じょう)・染(きたない)の2類があって36類、
            この36類を前世・今世・来世の三世に配当して108となり、人間の煩悩の数を表す。


            ※「六根(六境)」の解説
            一、眼(げん)☞眼境は色です。

              視る器官としての眼根には、視る対象があります。
              私たちの眼は何かのものを視ています。
              視ている対象は色であることが知られます。

            二、耳(に)
            ☞耳境は声です。


              聞く器官としての耳根には、聞く対象があります。
              私達の耳は何かの音を聞いています。聞いている対象は声であることが知られます。

            三、鼻(び)☞鼻境は香です。

              臭いを嗅ぐ器官としての鼻根には、嗅ぐ対象があります。
              鼻は何かの香りを嗅いでいます。
              嗅いでいる対象は香であることが知られます。

            四、舌(ぜつ)☞味境は味です。

              味覚を味わう器官としての舌根には、味わう対象があります。
              舌は何かの味覚を感じ、味覚を感じている対象は味のあるものです。

            五、身(しん)☞六境身境は触です。

              触れ合いを感じる器官として身根には、触れ合う対象があります。
              私達の身体は、何かに触れると、その触れる感覚を生じます。
              触れる対象は身体が触れていることを感じさせるものです。

            六、意(い)☞意境は法です。

              認識することを実現する器官として意根には、認識の対象があります。
              私たちは”正義”、"秩序”、あるいは”机”といった概念を心に想起します。
              意根が想起する対象は自然科学的な物質ではなく抽象的な概念です。

            2. 一年間を表す 月の数の12、二十四節気の数の24、七十二候の数の72を足した数が108となり、1年間を表す。

            3.  煩悩は108つ有り四苦八苦を表す
              一説によると四苦八苦を取り払うということで、その語路合わせ
               (4×9=36・8×9=72・36+72=108)とも言われている。


            「心の礎」を御訪問戴いた皆々様に、
                    
                   心身共に成長と実のりある素敵な新年が
               
                                 訪れますように心から祈ります



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              Nippon人力-武士道の「義」と「和」

              お薦め度【★★★★】全業種、業態用

              日本義

              武士道の「義」と「和」

              」、とても重みがある言葉で、打算や損得のない人としての
              正しい筋道」即ち「正義」を表わしています。

              人は、自己顕示や我欲ばかりを追求していると利己的な生き方に陥ってしまいます。
              それは人と人の競争や対立を生み、組織と組織の争い、国と国の戦いをも生み出します。

              また、現代を生きる私達にとって重要な課題となっている少子高齢化、
              環境問題や食糧・エネルギーなどの問題も、利己的な生き方のままでは解決できません。

              これに歯止めをかけるのが、私達の日本人の心にある「和の心」や「利他心」、
              モラル(倫理観)であり、そしてそれを人として「」を通し、実践することこそが“義”であると思います。

              同時に、他者を「思いやる心」、「筋を通し人を立てる」の心で、
              和を以って尊しと成す」の精神である人と人との繋がりを強めて行かなければなりません。

              武士和義s

              現代に生きる私達にとって“”“”とは、どんな行動でしょうか?

              貴方にとっての“和”“義”とは、どんな行動、どんな生き方なのでしょう?

              「義」と言えば、戦国武将「上杉謙信」「直江兼続」が思い浮かびます。
              謙信は、家臣の直江兼続に『天下を取ることなどは小事に過ぎず、
              それよりも「義」を貫いて生きることの方が大事』と話しことは知られています。
              過去、日本では、弱者を平気で切り捨てて
              「勝ち組」とか「負け組」だとか騒ぎ立てた時代もありました。
              「人」の文字の心を忘れ、人が人を「勝った」「負けた」などと平気で言え、
              自分だけが満足し、幸せでいいなんて言う社会は何処か違和感を覚えます。

              勝ち負けに関わらず、人を思いやる心、正しいことをして堂々と胸を張って生きる、
              それこそが本当の勝者、幸福者だと思います。

              このような生き方をしてこそ、人は生きている幸せを感じることができると信じます。
              私は、自分の欲や他者の力に負け、落ち込み、騙され、裏切られたこともあります。

              現代社会は、弱者が更に追い詰められ、自ら命を絶つ人もいます。
              こんな世の中だからこそ、日本の心である「和」と「義」の精神が必要だと思います。

              厳しい少子高齢化社会に入った今、
              「和を以って尊しと成す」の日本の心の元、
              私達は「義」の精神を備え、人をサポートし、人を育て、
              未来に希望を持って生きなければなりません。

              ひとりでも多くの人がこの「和」と「義」の心を備え、周りの人々を思いやり、
              権力や利害関係などに屈することなく、正しいと信じることに迷わず突き進む
              「謙信」や「兼続」の堂々とした生き方が出来る社会にして行かなければならないと思います。


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                本物虚飾を嫌う』

                お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                本物は虚飾を嫌う

                過去の体験から今迄出逢った方々で心の虚飾を優先し人と触合っている人は
                殆どと言っていい位、幸せを手にせず、心豊かな生活をしてないことを見聞きして来ました。

                今の日本は『本物虚飾を嫌う』の同義語とも言える『人形作って魂入れず』の諺の如く
                虚飾”に満ち溢れていると感じられてなりません。

                日本の社会は、人も物も、志や信念、中身に自信がないのか、
                わざと周りの人と違っていることをして人の注意を引こうとしたり、
                飾ったり心にもないパフォーマンスする人が多いようです。
                人は中身が充実してくる度に、その飾りを一つずつ剥がし落として行くようになります。
                中身(心)が本物に近づけば近づく程、人も物も外観がノーマルな自然体となって行く。
                しかし、それは中身の無い唯のノーマルとは違い、心眼を備え持った人が見たら、
                どこかにその違いと本質を見つけられるものです。

                例えば、本物と言われるロレックスやルイビィトンと言われるブランドは
                手入れをしながら大切に長く使い込める物ほど、本当の価値があるのです。

                また、セリフが少ない素晴らしい映画の小説化は難しいとよく言われます。
                名作と言われる者は心理描写を活字に表し、自らの感性で巧みに描くことで誕生します。

                己の心にもない作られた言葉という飾りは、すればするほど駄作や失望が生まれます。
                本物には、虚飾もハッタリも誇大して顕示も全く必要ではありません。
                類似しますが、「お洒落と着飾る」とにも、同様なことが当て嵌まるのではないでしょうか。

                僅かでも良いから何らかの形で出合った方々の人生のサプリメントになればと思います。
                上記したことを踏まえ、敢えてそのネガティブな例を取り上げてみることにします。

                ・人も物も見た目の恰好の良さばかりに注目され重点を置かれる

                ・人や物の本質を知ろうとせず、外見や人の思惑、スキルテクニックが優先されている

                ・ブランドの本質を見抜けず、名前だけが優先され使われている

                ・他者に好かれることに重きを置き自ら好きになるように努めない

                ・月日が経てば人の中身(本質・本心)が知られてしまうのに、

                ・見た目や形だけの対人関係力のテクニックやスキルを磨いている

                ・自らの活動や思考の保身や自己顕示の言動、表現が大手を振りまかり通っている

                ・自己顕示の為の様々なツールが注目され人気がある

                ・虚飾の為の活動に走り、その弊害を考えない

                ・物と心を「以って成す」ことがおもてなしの本質ですが、「物を以って成す」言い換えるなら、
                 御馳走や物を与えることの行為がもてなしだと誤解され行われている

                 ・・・・・など。


                このようなことに目を向けて自己判断し行動することは、
                これからの日本社会で必要とされる失いつある
                日本人らしい心」を育むことに繋がると考えます。

                結論を言えば「日本人の心」への原点回帰こそが
                今の豊かな社会で生活する私達に求められていると思えます。

                その為には、真摯に己に「向き合い」自分に出来る活動をすることです。



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                   魅力的な Nippon人力 を創ろう

                   お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                  Nippon人の和の心s

                   最近、日本人らしさや他国に類のない素晴らしい魅力があるに、
                   人の思惑や恰好を気にし過ぎるばかり、外面を重視したり、
                   言葉やパフォーマンスを誰かの真似をする傾向が見られます。
                    ※この真似がうまいと言うのも独自国民性からかもしれません。

                   リアルに見える姿形は「心」があってこそ生かされることを、
                   外見や恰好ばかり気にしていてばかりではいけない、
                   心が伴ってこそ生かされるということを身を以って苦い体験してきた故に、
                   恰好つけたり姿形ばかりのパフォーマンスを重んじ生きている姿を見る度に
                   「日本は、このままで良いのかなぁ、日本人らしさが薄れたなぁ」と考えさせれます。

                   一例を上げれば、
                   おもてなしはあくまでも二次的なことなのに
                   おもてなし自体を商品としている店舗もあります。
                   また、挨拶や応対時などで手組をする際、
                   格好いい素敵だ、エレガントだと思ってしているのか?
                   お腹や胸の前で手を結び指先を見せ、肘を張る仕草をする(コンスと言う韓国風)
                   日本の本来のお辞儀の原義を忘れたのか、知らないのか?
                   このような姿形の仕草も多方面で見られます。
                   ※(肘を張るのは他者より自分優先意識の表れと解します)
                   また、お辞儀や感謝の態度を相手に正対せずに、
                   形だけと受止められる仕草でしていることも見受けます。

                   このようなことに限らず、国を司る人の不謹慎な言行なと
                   日本人独自の良さや文化が薄れいく姿か多く見られます。

                   古より受け継がれてきた世界が認める日本人らしさ(Nippon人力)に
                   温故知新の心を以って改めて目を向ける必要があると思います。

                   個の時代、IТあふれた社会環境の中に於いて、これから迎える
                   オリンピック、2050年問題など様々なことに取組む上で、
                   日本人独自の「心の体力Nippon人力」を見直す必要があるのではないかと考えます。

                   顧みるに私達日本人は2011年の東日本大震災後

                   『自分の為より、誰かの為に諦めない』
                   と言う被災者の心に寄り添う優しい気持ち、

                   「自らの心の持ち方、豊かになり過ぎた環境を見直す」
                   倹約・質実剛健の意識と言った日本人の心の原点に
                   一時的ながら戻ったように思えますが、今どうかは?です。

                   これから人口減少に向かう私達日本人に必要とされるのは
                   ライフスキル≒E.Q(心の知能指数)と言われる「心の体力」創りを
                   個人も組織も下図のようなプロセスで取組む必要があると考えます。
                   Nippon人力ゴールデンサーク1

                   この心の体力(ライフスキルE.Q.含)とは、解り易く言うと「生き方の力(技)」のことです。
                   誰でも夢やビジョンを実現し、人として生きて行く為には、
                   個々人に様々なスキル(心・技術)が要るのです。

                   喩えると、目的地に向かう為に車を使いますが、
                   車の運転技術や免許証がないと車があっても運転出来ませんし、
                   運転出来る技術だけでなくルールを守る心(モラル)が必要とされます。

                   人は、日々生活し、生きて行く為に必要とされる
                   このライフスキルを身に着けていないと、
                   人との触合いや仕事上で、自らの気持ちを表現伝達出来なかったり、
                   仕事で直面する色々な問題を解決できなかったり、
                   人間関係が作れず孤独になってしまったり、
                   人の目・他人の思惑ばかりを気にし過ぎてしまい
                   自らの本当の心を見失い明確な意思表示や意思決定が出来ず
                   周囲に流されてしまったりします。

                   予期せぬ未曾有の苦難に遭遇した時や辛い時に
                   どうして対処すれば良いか解らなくなったりします。


                   努力家で、とっても性格の良い、優しい人が、
                   人生の大事な場面、例えば恋愛、仕事、試験などで
                   自心ま負け失敗してしまうことが少なくないのは、
                   このライフスキルの不足が原因があると言われています。

                   心の体力(ライフスキル)は子供から大人まで、
                   総ての人に必要とされる人としての力(技)です。
                   社会生活では頭の良さだけ、即ちI.Q.だけでは通用しない、
                   E.Q.と言われるライフスキルが大切であると良く言われます。

                   「心の知能指数」=E.Qに関してはまだまだ周知されていません。
                   実社会に於いてI.Q.<1>に対し、E.Q.<3or4>の割合で生かされる
                   と専門家から言われています。

                   さて、このような「生き方の心・技」を
                         何処で身に着けているのでしょうか?


                   本来学校や家庭などで、学び修得するのですが、
                   殆どは知らない間に無意識に学んでいます。
                   顧みるに日本には古からこのライフスキルに類似した教え「心・技・体」、
                   即ち「心磨・(こころみがき)・技練(わざねり)体斉(からだひとし) 」 という教えがあります。
                    2心技体ハート枠
                   簡単に言えば、精神を磨き、技術を訓練し、身体を鍛えなさいとの意です。
                   この「心・技・体」の教えでは、何らかのビジョンや目標を成就するには、
                   精神力、技術力、体力これらの三つの力がバランス良く整って
                   初めてその目的を達成できるものだと教えています。
                   現況の教育現場で実施されているかどうか定かではありませんが、
                   これは道徳として、茶道・武道や仏教の教えを基にし、
                   知育・徳育・体育三位一体となることを現しています。

                   私見で記していますが、「にんげん力」として記している
                   人元力、人原力、人源力、人眼力、人現力の五つは「心・技・体」を意しています。

                   「おもてなし」や「人間力」、人事考課項目、マナーの『形の心』である
                   「思いやり」を追求する中でライフスキル、E.Q.は人としてだけではなく、
                   企業人、社会人として必要とされる様々なことを紐解く言葉であると解します。

                   E.Q.は自らの感情や理性を把握し自制する能力、
                   自分自身の心(気持ち)を他人の心(気持ち)に立場を転換して理解する能力の指標であると解します。
                   E.Q.は、自己認識力・自己統制力・動機付け・共感能力・社会的スキルを意味し、
                   そのそれぞれを
                   「感情の識別」、「感情の利用」、「感情の理解」、「感情の調整」
                   この四つの個別能力を循環的に発揮することで機能します。

                   この心の体力と言えるライフスキル・E.Q.と日本独自の文化である
                   「おもてなし」には共に共通することが数多くあると考えます。
                   そのキーワードとして、気遣い、侘び寂び、質実剛健、慈しむ心、自然な姿、
                   一期一会、和敬清寂、守破離、利休七則などが挙げられます。

                   多くの教育現場、実社会に於いて、
                   上記した日本人ならではの「心の体力」を学び知り、修得することは、
                   今私達が直ぐにでも着手しなければならないことのひとつではないでしょうか?
                   随時、日本人の「心の体力」=Nippon人力の投稿をして行きます。


                   記事の一番下の続きを読むに
                   ライフスキルとE.Q.=心の知能指数の簡単な説明を載せてあります。
                   

                  武士道と勇気

                  お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                  新渡戸稲造氏は、その著『武士道』で、
                    “勇気の精神的側面は落ち着きである。
                     勇気は心の穏やかな平静さによって表される。
                     平静さとは、静止の状態における勇気である。”

                    “ 破滅的な事態のさなかでも心の平静さを保っている。
                     地震にもあわてることなく、嵐に向かって笑う。
                     勇気と名誉は、共に価値ある人物のみを平時に友とし、
                     戦時においてはそのような人物のみを敵とすべきことを要求しているのである。”
                     と記している。

                   詰り、真に勇敢な人は常に落ち着いていて、決して驚き慌てず、
                   何ものによっても心の落ち着きが乱されることがない。
                   武士達はそのような人物を真に偉大な人物として、
                   賞賛するものである、とも書かれてあります。

                   この【勇気】を辞書検索すると
                   普通の人が恐怖、不安、躊躇、或は恥ずかしいなどと感じる事を恐れずに
                   (自分の信念を貫き) 向かって行く積極的で強い心意気。勇ましい強い心。
                   勇気とは、強気にして積極的な心境を指す言葉。
                   大まかには、不安や恐怖、恥を恐れる事無く何かへ立ち向かうこと。
                   或いは、そういった気力(気概)を指します。
                   類義語は「義勇」「男気(漢気)」「勇猛」などがあります。

                   ある時は巨大な壁を乗り越えるべく、
                   またある時は、倒すべき敵を打倒し勝利を収めるために、
                   更にある時は現状を打開する一歩を
                   踏み出すために人は「勇気」を出すのです。

                   勇気とは、自らの意思で考え行動する生物にのみ
                   与えられた思考・行動とも言えるため、
                   「人間らしさとは何で決まるのか?」という話になると想像力信念など
                   といった要素と並んで「勇気」が挙がることも少なくありません。

                   それでは、この勇気にはどんなものがあるのでしょうか?
                   大きく別けると勇気には、
                   自らの心に「生まれる勇気」と他者に「与える勇気」があります

                   以下、私見ながらこの二つの勇気を含めて
                   年齢と共に衰えると思われる項目を上げてみました。
                  勇気の色々1


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                    義理人情」&「義」

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                    日本義
                    日本人らしさを見直しましょう!

                    お薦め度【★★★★】全業種、業態用
                      ※下図に挙げた内容はあくまで私見です。

                    薄れつつある日本人力
                     
                      今日【8月15日】は、私達日本人が心に刻み込み、

                      決して忘れてはならない、72回目終戦記念日です。


                     今、多くの英霊たちに支えられ、生かされ生きられて私達が在るのは、
                     第二次世界大戦で失った多くの尊い命に人達がいたからだと受止めます。
                     その尊い御霊に、心から感謝しするとともに、
                     彼らが残して下さった「和の国日本」の自然や文化の素晴らしさ、
                     世界に類のない独自の特質である日本人らしさを改認識し、
                     その心を後世に伝承して行かなけれはないと自覚する日だとも思います。

                     同時に、あちこちで見られる日本人らしからぬ言行や態度を顧み、
                     温故知新の心でこれからの時代に合った日本人にらしさを考え、
                     少子高齢化の日本を担う人達に伝えて行くことだと思います。



                     

                     表裏一体の自然体に努める

                     お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                    枠


                     表裏・裏表のある人

                     表裏のある人、裏表のある人、両者に共通しているのは
                     「言行や態度と内心(本質)が異なる」ということであると解します。
                     
                     人の心、性格や能力は、外見だけでは判りません。
                     人は、多少なり外面と内面が違うのは仕方ありません。
                     人との触合いも実際に月日(時間)をかけて触合い、
                     相手の心と心から向き合う体験を重ねなくては
                     その人の本当の姿(本質・実像)は解り得ない
                    のです。

                     ですから、実際にある程度の時間をかけ体験しないで、
                     安易にその人の批判や評価するべきではないと思います。


                     日本人は、本人の評価を周りの人々の声でしがちです。
                     これは、集団意識の表れでイジメにも表れます。

                     現代社会は、他者の目や思惑を気にし過ぎるばかり、
                     自分の本質を隠して、人に好かれたい、繋がりたいなどの目的で
                     こうすればモテる、こういった行動が魅力的な貴方を創る、
                     などのテレビやネット、本などの様々な情報に動かされがちです。

                     また、本質を関すためのパフ―マンス(仕草)、
                     言葉のコピーをし、人との繋がろうとする人も増えました。
                     が、しかし、付き合いが始まり半年一年と経過し、
                     今のパフ―マンスと異なった本性を相手から見られ
                     自分から離れられることも多々あると考えます。
                     私も若い頃、もてなしや接客で接していた顔と
                     個人の私生活上の利己的で刹那な姿の差があり
                     辛く寂しい思いをしたことが多々あります。


                     現在の日本の社会は、20世紀と大きく様変わりして
                     個の社会に成ったちためか、
                     自らの保身や安全のためか
                     己の本質を偽り日本人の心「侘び寂び」の心を失い、
                     自己発信の自分自身の評価(自己顕示)の活動や
                     虚飾虚像と考えられる自分自身の外見や対人テクニックを
                     優先し身に着けたがる傾向が強くなりつつあります。

                     前記したように、人は本質を偽り、
                     どんなに外面ばかりを着飾っていても、
                     出会った初めの頃は「素敵」に見え、
                     数ヶ月も経てば虚飾虚像の中身は露見してしまいます。
                     その結果、大切な人と思われる人を自分も体験し失う
                     という事例を肌で感じ、無数に見聞きしてきました。

                     口ではお世辞を言うのに内心では人を馬鹿にしていたり、
                     外では道徳の大切さを話すけど自分は道徳に従わなかったり、
                     自分の家は汚いのに他人の家の汚さの文句を言ったり
                     他人には優しいのに家族には我儘で威張っている、

                     といったことを体験されたことがないでしょうか。


                     人間として外と内の食い違いがあること事態は当然ですが、
                     それを吟味しない侭、そのギャップを大きくするのは良くありません。
                     何かをする時に、言行不一致と言われている、
                     思っていたり、言っていたりすることと、
                     実際に行動していることって結構違う場合があります。

                     また、他人を見る時の基準と自分を見る時の基準が変わることがあります。
                     文章を書く時にも、思ってもないのに、自分がよく認識していないことや思いつき、
                     ついつい心にもないことを相手と結びつくため書いていてしまうことも多々あります。
                     こういったことはメールを主に使う今の社会で注意しておく必要があります。

                     一方、相手や場所に合せて、外面を変えざるを得ない場合もあるので
                     外面ばかりを気にしてはいけない、と一概には言いきれません。

                     自らの心が我欲や保身などにより、おかしな暴走をしないように防ぐためにも、
                     内面と外面は少なくとも違っているということはいつも心しておいた方が良いと思います。

                     人は、自心に嘘や言訳をせず、素直に心を開き、肩の力を抜いて
                     色々な人と付き合うようにすると「大切にしたい人」に必ず廻り合えます。
                     そして、自分も他の人から」大切にされる人」になって行きます。


                     (解説)  出典 『新明解国語辞典 第七版』

                      【表裏】おもてうら
                       一. 表と裏。
                       二. 表面に表われた言動や態度とそれに全く相反する内心。
                      【裏表】うらおもて
                       一.  裏と表と(の関係)。
                       二A. 表と裏が通常とは反対の状態であること。
                           本当は裏であるのに、表であるかのように扱うこと。
                       二B. 言行などに表向きと内実とで一致しない点が有ること。


                     

                    支え生かして下さった先祖に感謝お盆

                    お薦め度【★★★★】全業種、業態用
                     人支えられ・お盆小

                     お盆は多くの先祖に支えられ、自然やものによって生かされ、
                     生きていられることに感謝する日本ならではの行事です。

                     今年のお盆は、如何お過ごしになりますか?
                     家族みんなで実家にお帰りの肉親と会われる方、
                     旅行に出かけられた方お家でのんびりなさる方、
                     休まずにお仕事されていらっしゃる方など、
                     一ひとりが様々なお盆を過ごされることでしょう。

                     ●「」の字,二つの心を知る
                     お盆に私達日本みんなが「に支えられ生きていられる」
                     の文字ことを少なからなず自覚することと思います。
                     この多くの人に支えられることを表す「人」の文字。
                     実はこの字の解釈が二つあります。
                     
                     一つ目は、この人の文字は象形文字であり
                     「横から見たひと」の象形から「ひと」を意味する
                     以上(出典)漢字・漢和辞典-OK辞典
                     また、漢字の起源は甲骨文字人という字は
                     一人で立ち上がる様子詰り“自立した人間を表すもの”
                     という解釈になっている。(出典不詳)

                     もう一つは 今まで「人」という字の成り立ちは
                     “人と人が支えあって出来た文字”と言われてきました。
                     それは、テレビドラマ「3年B組金八先生」の中で
                     先生役の坂本金八が生徒たちに話した
                     「人は人によって支えられ、人の間で人間として磨かれていく」
                     の言葉、即ち「二人の人が支え合っている」ことである
                     と多くの人達が理解し生活の場でも使われてきました。

                     これは、明治時代初期、教育者で第一高等学校
                     (東京大学の前身)の校長でもあった新渡戸稲造が、
                     著書『世渡りの道』の文中で
                     「人という文字は二本の棒よりなり、
                     短い方が長い方を支えている。
                     両者が支え、支えられつつ構成している」
                     と記していたことに拠るのです。

                     この言葉が現在に至るまで多くの人々に影響を与えてきました。
                     この文字の心は、人の心に染み込む言葉の重さと共に、
                     言葉の通り友達同士、また、地域の人々との繋がりの中で、
                     人として支えられ、磨かれていっていることを実感させる言葉です。
                     
                     ≪生かされている≫

                     ●現代社会でお盆

                     お盆は、古より日本にある素晴らしい行事です。
                     自然環境が大きく変わりつつある今、
                     私達は、個の社会、少子高齢化社会、格差社会に入り、
                     犯罪の低年齢化、自然震災復興、孤立つ化 (引き篭り・いじめ)
                     モラル、日本人力の低下などの諸問題に直面し、
                     それに立ち向かっていかなければ成りません。

                     以下、あくまでも私見として書きますが、
                     上記したような山積みの課題がある現在、
                     今日から始まったお盆の捉え方や行動も多少なり、
                     変えて行かなければならないと思います。

                     一言にいえば、温故知新の心を以って
                     「先祖への恩返し」の活動に目を向け、
                     その恩返しを行う必要があるのでは?と言うことです。

                     今迄のお盆は、先祖を自宅に迎え供養すること、
                     暫くぶりに会う肉親や故郷の人々との触れ合いを
                     ひとつの行事として日本人みんなが行って来ました。

                     これからは、祖先の供養と同時に心の「報本反始」、
                     即ち、自らが人としての生活の原点に立ち戻り
                     心の育成にも改めて目を向ける日にしていく必要があると考えます。
                     個々人の人間力を鍛え、心を育むことを再認識する時だと思います。

                     現在の社会は、心の優しい若者は多くなりましたが、
                     同時に、意思表示力の低下、己の心の育成に背を向け、
                     忍耐力が弱く、キレ易い人も増加していると思われます。

                     このお盆を機に、これからの日本に必要とされ、
                     日本の人口の減少に立ち向かえる強い人間を、
                     如何にして創るかを考えてみては如何でしょうか。
                     以上、私見ながら新たな御盆の迎え方として記しました。


                    ※「報本反始」(ホウホンハンシ)【以下の解説は出典不詳】

                     反本も復始も根本・本質に戻ることを意味する。
                     根本に立ち返ってその恩を改めて肝に銘ずること。
                     天地や先祖の恩恵や功績に感謝し、これに報いる決意を新たにすること。
                     繰り返し本質を問いかけその本来の姿を明らかにすること。
                     覆われているものを除いて本質を求めること。
                     人が天地や祖先など、存在の根本に感謝し報い、発生の始めに思いを致すこと



                     

                    日本人らしさとメラービアンの法則「見た」・「人の思惑

                    お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                    日本人らしさ目思惑


                     私達日本人の大半は、
                     「人のが気になる人」
                      「人の視線が気になる人」
                      「人の思惑が気になる」
                      と言っても過言ではないと思います。

                     同時にこのような日本人の特質からも、
                     自分自身に対する他者の見方、受け止め方
                     即ち、意識・思惑を無意識に気にするのは当然です。

                     最近はあまり使われなくなった、
                      「外面(そとづら)と内面(うちづら)」
                     と言った古から受け継がれている表現の仕方も、
                     日本人が人のを気にする特質からだです。

                     さて、見たや人の、第一印象と言うと、
                     思い浮かぶのが「メラービアンの法則」です。

                     メラービアン氏は、第一印象を構成する要素は、
                      1:見た目55%、2:声38%、3:言葉遣い7%
                     の3つで構成され、夫々の比率と説いています。

                     このことは、人付き合いに於いて「見た目」
                     という要素が如何に大きいのかを説明しています。
                     人との触合いに、見た目の身嗜みを大切にすること
                     が好感を与える第一歩であると教えています。

                     以上のことを踏まえ、現在の日本人の仕草を振返り、
                     改めて見直し、よく考えなければならないことは、
                     古から、日本人は世界に類ない独自の特質である、

                      「見た目と人の視線を気にする」
                      「人の思惑が気になる」
                      「他者の心を気にする」


                     とメラービアンの法則の関係です。

                     上記した日本人の持つ特質から、
                     私達は単純に他者の[見た目が55%]
                     も占めるのだから、他者から見られる
                     自分自身の様々な外面的な要素の向上、
                     身に着ける物、持ち物などを気にすれば良い
                     と考えてしまうのは仕方がないと思われます。
                     これは世界中から、日本人はブランド嗜好が強い
                     と言われる所以かも知れません。

                     さて、メラービアン氏の説く身嗜みには、
                     「心」と「身体」の二つがあると私は思います。
                     先ず、手軽な「見た目」の身体に関連することを
                     重視する傾向があるのではないでしょうか。

                     身嗜みに最も大切なのは、
                     その人の心の状態が如実に表れる
                     ことを確り自覚認識しておくことです。

                     心の身嗜みを疎かにしている人は、
                     どんな素晴らしく高価な物を身に着け、
                     自らの顔や体が美しくなることにお金をかけても
                     瞬時的なものになってしまいがちで
                     本当の幸せを手に入れ難くなります。
                     即ち虚像(虚飾)はいつの日か崩れると言うことです。

                     本来の心の姿(≒本質)を「見た目」だけで
                     判断することは極力避けた方が賢明です。
                     「顔や身体の美しさ綺麗さだけでは、
                      人との真の繋がりや結び付を作ることは出来ない」
                     と言われていますが、男女間や水商売の場などで
                     数多くその現実を実際に見聞き体験しました。
                     人との結び付きや繋がりを継続維持させるには、
                     どうしても自分自身の心の身嗜みが不可欠です。

                     少子高齢化社会には入った現代社会で大切にすべきことは、
                     日本人誰もが「心身の身嗜み」を認識し、現況を見直し、
                     修正すべきことは改めることであると思います。

                     報道によると、大震災や原発事故後変わったことは、
                     「自分の為より、誰かの為に」と言う意識と、
                     「豊かな当たり前の生活を見直す≒節約の大切さ
                     であると見聞きします。

                    今後私達日本人が出来ることは、一人ひとりの国民が
                     「日本の国と日本人の心のターニングポイント」を強く認識し、
                     より良い方向付けをし、皆で力を一つにし、努力精進することであると考えます。

                     メラービアンの法則の「見た目」を重要視することは
                     もてなしや接客業、など様々な業種に於いて
                      「人(顧客)の目」を意識した身嗜みや作法として、とても大切にされています。
                     ところが、サービスの業界では「見た目」や「人の目」を意識し過ぎるばかり、
                     外見ばかりを飾ったり、磨いたり、人の思惑を気にし過ぎる傾向が多々見られます。

                     例えば、売上低下や業績が芳しくない場合などに、
                     働くスタッフの心の育成や意識改革と言った
                     「心の身嗜み」「心の体力創り」に経費を掛けず、
                     制服やお店の外見と言った様な見た目だけを
                      変えれば良い方向へ向かうと考えている
                     経営者や責任者が多いのではないかと思われます。

                     この考え方も、古くから人の目や見た目に拘って来た
                     日本人の特性に依ることかも知れません。

                     おもてなしの仕事をしている方々に多く見られる、
                     「見た目」のエレガントさや素敵さを意識するばかりに、
                     日本のおもてなしの心でもある自然な立ち振る舞いを
                     行っていない場合が数多く見られるのも
                     「人の目」を意識し過ぎる弊害と考えることが出来ます。

                     日本人は、自分と他者の外見や地位を比較するのを好み、
                     上下、優劣のランクを付けたがり、自分が周囲に比べて、
                     上か下か、と言ったこと比べたがる特性を持っています。
                     (←比較相対意識)

                     と同時に、型や形に当て嵌めて物事を考えたり、
                     捉えたり、行動したりすることも、日本人の「人の目」を
                     意識することに依ると考えられ、その結果として
                     皆がマニュアルに頼り過ぎる傾向があります。

                     この「人の目」とは、自らの心が勝手に作り出した
                     もう一人の自分「自分自身の影」のようなものであり、
                     人が自分のことをどう考えているかというよりも、
                     自分が自らをどう考えているかの方が近いと思います。

                     人は誰でも、他者の自分に対する目や思惑を
                     無意識の内に気にしてしまうのは当然です。
                      「見栄を張ってしまう」のも
                      「人の思惑が気になる
                      ≒(相手に)嫌われている(のではないか)」
                     などと思ってしまうのも、
                      「少しぐらい気になっても良い平気だと」
                     と捉えた方が賢明だと思います。
                     要は「人の目や思惑が気にせず、
                     気にし過ぎず、苦にしない
                    」ようにすることです。

                     また、人に良く思われたい、悪く思われたくない、
                     人は人、自分は自分と言うような狭い考え方は
                     今迄の人様とのお付合いや色んなビジネスの体験から
                     も良い結果は得られないと思います。

                     何れにしても「人の目」は、人の考えではなく、
                     自分自身の考え方だと思われます。
                     自分自身の心(自らの心の中)で対処、
                     処理出来るものではないでしょうか。

                     サービス業界特に水商売では、
                     自らのモチベーションを高める為に
                     顧客の目線・思考(人の目)を意識した
                     「見た目」に重きを置く方々が少なくありません。

                     一方では、ホステスさんの自己満足や自分自身の色々な欲望から
                      「人の目」「見た目」を意識し、お客様に接待する場合も多く見受けられます。

                     しかし、お客様と絆や深い繋がりを持つ為の本当の魅力は
                     【本人の心に存在する】ものであることを、
                     今は少なくなってしまった夜の社交場と言われた銀座の会員制高級クラブで
                     おもてなしをしたり、働いたりしながら貴重な体験として見聞きし味わいしました。

                     サービス業、特に水商売やエステ、美容、ホテル旅館等では、
                     お客様をもてなす為に必要とされるお客様の一人ひとりを
                     もてなし『思い遣る心』から生まれる 「お客様の目(人の目)」、「見た目」
                     を重視する意識が 大切なことだと考えます。


                     

                     日本人らしさ侘び寂びの心を紐解く

                     お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                    侘び寂び日本影付

                     日本人の心の源「侘び寂び」という日本人独自の意識(感性)は、
                     世界中のどの言語でも、正確に翻訳ができないとても曖昧な存在です。

                     この「侘び寂び」は、仏教の教えから派生した概念であり、
                     それは諸行無常・苦悩・自然界の空虚さ、
                     この三つが関係していると言われます。


                     私見ながら「侘び」は不完全なものの魅力、
                     「寂び」は経年による魅力と言えます。

                     この二つの言葉はともに、
                     不完全美と言った否定的な感情表現の場で多く使われています。


                     そしてこれは日本人独自の美意識であり、
                     自然界にある物や生活の中で触れる物、
                     芸術品や美術品など目に映る物の儚さや不完全さを
                     受け入れるという日本人ならではの世界観と言え、
                     この美意識は理的な西洋文化と異なり
                     不完全美・刹那的な描写・未完の美しさでもあり、
                     それは様々な形で日本字独自描写、表現にン表れています。

                     そして、「侘び寂び」を心で感じることは、
                     不完全な物を鑑賞する以上の意味がありあらゆるものは、
                     諸行無常≒刹那的だということを受け入れる感じ取ることです。

                     この例をいくつか上げると、

                     ⦿桜の満開の時期は、1年で数日間、他に類がない最高に美しさでも直ぐに散ってしまう

                     ⦿富士山はどこから見ても左右対称ではないが美しい。

                     ⦿使い込まれた物や稀しかない紙幣、歴史を感じる物に美しさを見出す
                       (日本ならでは美術品や使い込まれた品々などの骨董品収集家が多いことにも表れている)

                     ⦿茶道具にある、金継ぎされ使い込まれてヒビの入った茶器、茶道具が珍重される
                      ※金継ぎ割れや欠け、ヒビなどの陶磁器の破損部分を漆によって接着し、
                       金などの金属粉で装飾して仕上げる修復技法である。金繕い( キンツクロイ )とも言う。

                     ⦿取り替えの効かない個性が加わっているから唯一無二の物に美しさを見出し、愛でる

                     ⦿四季のある日本では秋になれば、山に生い茂っている木の葉が赤色や黄色に染まります。
                      この景色を求め、多くの人が山の散策に出かけ、寺や神社にお参り行くと
                      その場その時だけにしか感じ取れない独特の雰囲気を味わうことを美と受け止める。

                     ⦿散りゆく落ち葉、こけに覆われた岩など、自然界でも、生き生きとした活気のある
                      自然よりも、むしろ命が終わる様に情緒を見つけ出す感性も儚い美しさ。

                     ⦿悲観するようなものの寂しい風景、色褪せているような様子であっても、
                      そこにはその物や目に映る景色の「独自の美」が存在することを美しさ感じ取る感性。

                     ⦿日本の伝統宗教や伝統行事は、見た目の豪華さではなく、
                      精神性や静寂を好む傾向があり、これもまた「侘び・寂び」を人々に感じさせます。

                     ⦿硬貨は不完全な部分があるものや偉人が使っていたものに価値を認め、
                      或いは、印刷ミスのあるプロ野球カードやカード類も価値があると受止める・・・など。


                    侘び寂びの辞書検索 (出典) 大辞林
                     「侘び」は、「侘ぶ」と云う動詞の名詞形で、
                     「わびしい、悲しい、悲観する、気落ちする」という意味があり、
                     一方「寂び」は「寂ぶ」と云う動詞の名詞形で、この言葉は
                     「錆びて行く、廃れていく、古くなる、色あせる」と云う意味がある。
                      (出典)終わり 


                     日本人は古くから、事象や物事の物悲しい様子の中に美しさを見出したと考えられます。
                     それは、ネガティブな不完全美、儚いものを愛する心、この心が、
                     日本人特有の「美しさ」を捉える感性を形成していると考えられます。

                     一方茶道は、「侘び寂び」という言葉が多く使われその心は生活の中に深く息づいています。
                     日本での茶道は古くからありますが、室町時代(1336~1573年)迄は豪華な茶会が主でした。
                     その室町時代までは、芸術は豪華で美しい姿が好まれました。
                     時代が流れと共に、茶道でも豪華なものを排除し質素倹約が良いとされるようになります。
                     このような質素なお茶は、千利休が始めた「侘び茶」と呼ばれます。

                     その際に利用される茶室や茶具は、質素で、豪華さとは無縁です。
                     茶道では、花を生ける時、豪華に飾りつけることはしません。
                     それは、何本もの花を生け花として用いると、
                     自然の中に何気なく咲いている状態を表すため、
                     あくまでも1~2本の花の個性を生かし、
                     有りの侭の状態を出来るだけ表現しようとします。

                     日本の茶道は、前記した「侘び寂び」を原点とし、
                     現代まで人々に受け継がれて来ました。
                     この日本ならではの不完全美とも言える「侘び寂びの心」、
                     言い換えるならば、さり気なさ・何気なさと言った、
                     自然を大切にする日本人ならではの文化が、
                     外見や装飾を重んじている現代の社会で、
                     多くの日本人から徐々に忘れられつつあるのは大変残念なことです。

                     このような日本ならではの文化「侘び寂び」は、
                     次の世代に受継ぐべきだいじな日本の心(Nippon人力)であり、
                     日本独自の「もてなし」に欠かせない大切な日本の心です。
                     

                    日本人らしさを見直そう (Facebook非公開グループ)

                    Nippon人の和の心

                     私達の住む「和」の国日本は、
                     人口減少の少子高齢化,格差社会に入り、
                     直近では、2020年の東京オリンピックの開催,
                     来る2050年問題と言われる【ジャパンシンドローム】 
                     への施策に世界中から注目を浴びる一方、
                     毎年世界中からの観光客が増え続け,
                     中には日本の良さに感銘を受け住んでいる人もいます。


                     海外からも日本の自然と文化の素晴らしさ,
                     そこに住む日本人は憧れの的とされています。

                     今,一般社会から政財界のあちらこちらなどで
                     和の国,『日本人らしさ』が薄れつつあると
                     多方面から嘆かれています。

                     日常生活上の日本人らしさ,
                     当たり前のことに焦点を当て,
                     参加されたみなさん同士の
                     意見交換・投稿・学びの場の紹介
                     と共にこの「心の礎」の記事を書きながらの
                     学び、や実体験から抜粋した
                     日本人らしさに関する記事を載せます。

                     お陰様で「心の礎」のブログを日々書き続け,
                     間もなく9年を迎えます。

                     投稿している記事の焦点が
                     キチンと定まっていないと
                     なんとなく感じておりました。

                     このグループを立ち上げ
                     少しでも多くの皆さんの気付きや
                     心の育成にお力添え出来れば
                     と考えております。

                     参加される方の条件は,
                     投稿全てをお読み戴ける方に
                     限定させて頂きます。
                     
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                     #Nippon人力の体得-「断る勇気

                      お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                     Nippon人力
                     ※【#Nippon人力

                     世界中から賞賛されている#Nippon人ならではの♥心♥を言い表す自作の語です。

                     古より多くの日本人は、他人の思惑を気にし過ぎ、
                     気遣うばかりに断ることが苦手な人が多いように思えます。
                     これは昔から、曖昧さを美徳としている日本の国民性に依ることかも知れません。
                     日本人ならでは特質は、自己主張が苦手でまず相手ありきを考え、
                     相手が居るから自分が在るという感謝の気持ちを伝え、
                     その場その時の空気をいち早く察知し、それに合わせた活動をする。

                     同時に、回りの人や相手の気持ちを慮る(モンバカル)=思いやる気持ちを
                     さり気ない活動や何気ない気配りを以って接すると言われています。

                     今の日本では、、何事も差し障りなく無難に過ごせるよう人の摩擦を極力避け、
                     また結果や結論、答を先延ばしにしたり、曖昧にしたりする風潮があると感じます。
                     いつまでもこの様な「いい人」や答えを曖昧にすることを続けていると、
                     人(特に上に立つ者)は、主体性薄れ、その人の言葉や態度に重みが無くなり
                     社会的な信頼を欠くことになり兼ねません。

                     その結果、曖昧さを適度に生かしながら自己事情や自己保身を優先し、
                     適当な調子の良い返事、その場凌ぎの判断や決定、
                     決断すると言った公私に渡る弊害も出るように思えます。

                     結果として自利となる「断る勇気」は社会生活や仕事上での
                     対人関係や交渉の場などに於いて、人として必要とされる
                     「心の体力」のひとつである自己認識力であると考えます。

                     自らの意思を「イエス・ノー」や「判らない」と明確に表現伝達することは、
                     人としての「」と「」であり「責任」であると思います。

                     色々な仕事をテキパキとこなしてしまう姿は、傍から見ていても確かに恰好が良いものです。
                     しかし、己の限界を超えた仕事や出来ないことまで総て引き受けてしまい、
                     その結果信望を失うことにもなり兼ねません。

                     皆さんは、断る時“勇気”がいると感じたことがありませんか?

                     「断る勇気」があれば、必ず本物の信頼、信望が生まれ、その人の知才も成長します。

                     相手への思いやりであり、自利でもある「断る勇気」を備え持つ人は、友達や他者、
                     クライアントからの依頼やお願い、要望に対して、「いつもこちらの思い通りになる人」
                     「いい人、都合の良い便利な人」などと言われることや相手の思惑などのを恐れず、
                     笑ってごまかす、其の場凌ぎの「Yes」と安請け合いは決してしません。

                     また、「断る勇気」が持てないと、人としても、仕事上でも本当の信頼は得られません。
                     この「断る勇気」には、対象となる相手への思いや意識の重軽と言った心の姿勢が現れます。
                     そして、その人の人物・人格、企業人としての人望や信望を表す為に必須とされるスキルです。
                     同時に、その人の人物や相手への思いが現れることには「連絡」「通知」「報告」などもあります。

                     現在の社会環境は、一昔前の三年要したことが一年で出来てしまうような
                     様々な豊か過ぎる情報に満ち溢れ、物事や答えを曖昧にしてしまうと、
                     結果として人望や信頼を失うばかりか、人との御縁や繋がり、
                     或はビジネスチャンスを掴めなかったりする場合があります。

                     其の一つが、一昨年の震災後の政治家や震災復興に関わる様々な企業にも見られたように、
                     其の場さえよければと考え、自分勝手な判断で目先の損得意識(利己・保身意識)を考え、
                     利己とも言える自らの利益に繋がる人や物事に対しては曖昧にすることなく接したり、
                     場合によっては自分の安心安全の為に物事を曖昧にしたりする言ったことが見受けられました。

                     また、損得ばかり考えて目先の利益の得られない人、
                     他者の為に様々な貢献をしている人に対し、
                     その人達の問いや依頼されたことなどを曖昧どころか、全く無視する場面も多々見られました。

                     同時にこの様な人達に共通して言えることは、
                     「いい人至上主義」の傾向があると共に、自分自身の感情、
                     或は人間の欲(煩悩)を優先し思考することだと思われます。

                     では、こう言ったことを少なくし、無くする為には、一体どうしたら良いのでしょうか?


                    〇断る勇気を備える!

                    1.己の技量を正しく自覚認識する
                    2.周りの人々に支えられている意識を常に忘れない
                    3.断ることも、相手への思い遣りだと強く認識する
                      (立場転換意識で思考する)
                    4.自分の事情や都合で勝手に判断決断しない
                    5.其の場凌ぎの態度、言動を避ける

                    6.調子の良いと思われそうな言動に気を付ける
                    7.私利我欲を捨てる
                    8.利他を意識し、相手の為に断る勇気を育む
                    9.断ることは「感謝すること」と意識する
                    10.様々な「ものさし」を正確にする為に、自らの「ものさし」の精度を上げる

                    11.適切な判断決断力を備え持つ
                    12.返事や物事を曖昧にしないで、白黒をハッキリさせる癖を付ける
                    13.要らぬ誤解を生むことのないように、自分自身の言葉や態度に気を付ける
                    14.信用・信頼の源だと意識する
                    15.損得や感情で人や物事を判断しない

                    16.自らの信念、信条を貫き通す
                    17.断る勇気は愛情の表現のであると心する
                    18.自信を持って出来ないと言える
                    19.断り方を工夫できる
                    20.相手の思いをいち早く察知する

                    21.対象者を見極める
                    22.人に対する情熱を持つ
                    23.相手を好き嫌いで判断しない
                    24.相手の思惑や器量を量らない
                    25.断ったことで去っていく人は、御縁がなかったとキッパリと諦める
                    ・・・等々。


                    適正適切な状況判断の下に、上記したような意識で断る勇気を持ち、
                    相手に伝えることは自利利他と捉えると共に、
                    相手への思い遣り」から生まれることを確りと認識して置きましょう。
                    それは、人間としても、企業人としても果たさなければならない、
                    大切な「義務」「責任」のひとつだと認識することです。



                     

                     どこへ行ったの?Nippon人の「 #心の軸

                    お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                     日本人の「心の軸」和紙

                     」「」「」「」「」の心を知る

                     今の日本の社会は「もてなし」の「モノ」と「コト」を組合せた様々なビジネスや集会が
                     主流になりつつあることは≪おもてなし≫の拡散のためにとても良いことだと思います。

                     このような活動家やビジネスマンの中に、日本人らしい「」と「」より自己都合(損得)や
                     自己顕示活動が多く見られるのはIT時代だから、それだけでは済まされないと考えます。

                     例えば、
                     マナー(儀作法)やおもてなしなどに対人関係やもてなし・接客ついて、
                     多くの人たちを教育・指導する職位或いは教師・講師の立場でありながら
                     心の基礎となる「」「」「」「」「」といったことの本質を解出来ず、
                     
                     又は、その大切さ必要性を感じていないのか、
                     今までのキャリアや実績、自らの見識で足りると考えてか、
                     生活のための手段、面前の情や損得で活動している人、
                     自分の発した言葉の重さ、責任を自覚せず回りからの目や思惑ばかり優先し思考する人、
                     自己開示せず人と円滑な関係ばかり(善い人・いい人で居たい)を意識して活動する人、
                     といった人間の欲・煩悩が見え隠れする人が少なからず居ることは否めません。

                     こういった人たちが良いとか悪いとか、ダメだと言っているのではなく
                     少なくとも人の心を導く人であれば、世界中が賞賛する国に生まれたこと、
                     即ち、自分達は【日本に生まれた日本人である】という意識(心)
                     (≒日本の武士,仁の徳観念節,人のの道)
                     といったことは知識として解しておくべきではないでしょうか。

                     人を導き、育む人も「」「」「道」「道=」を祖先から受け継ぐ日本人である
                     先の大戦など犠牲になった様々な英霊や多くの祖先によって今こうして生きていられる、
                     という意識を再認識する社会環境である、とあくまでも私見ながら思います。

                     私は、面前の私利私欲、煩悩に負け刹那な行動に走ってしまった情けない時期もありました。
                     一方で他者の強い力に負けてしまい、落ち込み、騙され、裏切られたこともあります。
                     今更、自分のしてしまったことを後悔するよりもその様々な体験から得られた気付き、
                     学びがこれから日本を牽引する皆様に少しでも役立てばと考えこうして書いています。


                     現代社会は、古より日本人の心とされる「を以って尊しと成す」の精神とその活動で、
                     人と人との「和」(=調和)や繋がりを強めて行かなければならない社会となりました。

                     現代に生きる私達にとって“和”“”とは、どんな行動でしょうか?

                     貴方にとっての“和”“義”とは、どんな行動、どんな生き方なのでしょう?


                     「義」と言えば、戦国武将「上杉謙信」「直江兼続」が思い浮かびます。
                     謙信は、家臣の直江兼続に『天下を取ることなどは小事に過ぎず、
                     それよりも「義」を貫いて生きることの方が大事』と話しことは知られています。
                     
                     過去、日本では、弱者(貧しい者)を平気で切り捨て「勝ち組」とか「負け組」だとか
                     回りの人々が騒ぎ立てた過去の時代もありました。

                     時に、人は人に支えられている「人」の文字の心を忘れ、他人に対し根拠のない自己判断で、
                     あいつは「凄い」・「ダメな奴だ」、「勝った」・「負けた」、などの批判批評を平気で言え、
                     自分だけが満足し、幸せでいいなんて言う利己的な個の意識には違和感を覚えます。
                     勝ち負けに関わらず、人を思いやる心、正しいことをして堂々と胸を張って生きる、
                     それこそが本当の勝者、幸福せ者だと思います。
                     このような生き方をしてこそ、人は生きている幸せを感じることができると信じます。

                     さて、現代社会は、弱者が人々や社会から追い詰められ、自ら命を絶つ人も出ています。
                     このような社会環境だからこそ、個々人の日本の心「和」「義」「」「道」「理=」の再認識や
                     世界が認めている日本ならではの国民性、即ち日本人らしい体現活動が必要だと思います。

                     厳しい少子高齢化社会に入った今、「和を以って尊しと成す」の日本人の心の原点、
                     私達は「義」の精神を備え、真摯に自分と向き合いつつ、互いに切磋琢磨し、調和を図り、
                     他人をサポートし、人を育て、未来に希望の光を灯せるように生きなければなりません。



                     一人でも多くの日本人が「和」と「義」、人の「道」の心を弁え、「礼」を尽くし、他人を想い、
                     人を思いやり、権力や利害関係に左右されず、正しいと信じることに迷わず突き進んだ
                     「謙信「や「兼続」のような堂々とした生き方が出来る日本の社会に成ればよいと思います。


                     ※和・礼・義・道などの解説は下部の続きを読むをクリックして御覧下さい

                     

                    日本人&企業の「心の礎」

                    お薦め度【★★★★★】全業種、業態用

                    礎和紙61


                    目に映らないバーチャルな「日本人のの礎」

                     1.企業の「礎」=Company Cornerstone

                     現代社会は、数多くの物や溢れるばかりの様々な情報に恵まれた社会環境になり
                     欲しい物や知識、スキルはお金さえ出せば何でも手に入る時代となりました。
                     しかし、社会の文字構成(体が土地に在り人でと会う)にあるように、
                     会社や組織は人の存在無しでは成り立たないとかんがえられます。
                     この人の心だけは、お金やどんな方法を駆使しても、
                     決して手に入れ、自由に使うことは出来ません。

                     日本人は、今まで人の心を大切に生活し、近所付き合いも大切にしてきましたが
                     個の社会になりつつある、現代社会では人との繋がりより個を優先するようになりました。
                     企業でも、10数年前まではマニュアル化も進んで進んで来ましたが、
                     その組織としても、そこで働く人々の心を育てることにあまり力を注ぎませんでした。
                     今大小にかかわらず多くの企業や組織、その経営陣が、

                     ・今後の少子化・高齢化社会・国民の減少に向けてか?
                     ・組織の人財育成が必要な社会環境と捉えてか?
                     ・企業や組織の成長・繁栄に人の心が不可欠と受け止めてか?


                     少し前から、多くの会社が組織で働く個々人の心の育成に取り組み始めました。
                     これからの社会では企業を支える「礎」の一つは人であるという観点で取組む必要があります。

                     一方私達の生活して行く上で大切な人と人、心と心の触れ合いには、
                     相手に対する「思いやり」と「感謝の心」と共に日本人の心と言われる「もてなし」が必要であり大切です。
                     そして「思いやり」と「感謝の心」、「おもてなしの心」は、今多くなりつつある
                     自分だけが良ければよい、自分だけが幸せならよいと言う風潮の現代社会に
                     ポッカリと開いた人と人との心の隙間を埋める手段の一つであると考えます。

                     現在のような社会が成熟し、一方人との繋がりが薄れ個々中心の世情となった今、
                     日本人の心である「もおもてなし」への回帰、「思いやり」と「感謝」の心への拡散こそが、
                     今の自己顕示意識向上、モラルの低下、人としてあり得ない犯罪、イジメ、引き籠り
                     と言ったことが多く見られる社会環境をのイノベーションする数少ない手段の一つです。

                     先年アメリカのオバマ大統領と日本の首相との会話に、日米のコーナーストーン(Cornerstone)「礎」
                     をお互いの国として大切にして行こうという話があったそうです。
                     私達はお客様へのもてなし接客する上においても、日本のコーナーストーン=「礎」、
                     日本人としてのもてなしの心をいつも意識しておかなければならないと思います。

                     私達にとって「礎」の一つはマナーの形と言われる「思い遣り」と「感謝」の心と「もてなし」です。
                     もう一つの「礎」となる商品(飲食物)の製作者(製造・作成・調理者)と材料となる様々な物の
                     生産者に対する「感謝の心」は決して忘れてはいけない大切な「礎」です。

                     以前のことですが、懐石料理のお店を数年間に渡りご指導させて戴きました。
                     その時に、料理人の方から、お店の雰囲気≒造作、食器備品などの由来や知識、
                     お客様をお迎えする装飾品やお花、料理の原材料となるもの生産地、様々な調味料など
                     全ての「礎」となるものへの「感謝の心」を意識することが大切だと気付かされました。
                     当然のことながら調理をなさる方々の取組姿勢や技術の大事さも同時に知らされました。

                     この様なもう一つの「礎」を深く知ることで、お客様に直に接客し、飲食物を提供する
                     もてなしや接客係として、役割の大切さ、重さを改めて認識させられました。
                     料理の達人と呼ばれる調理人達は、必ずと言っていいくらい生産地へ赴き、
                     生産者の方々に直接労いと感謝の心を表わし、伝えるそうです。
                     生産者にとっては、その「感謝の心」と活動がより良い材料を作り出すため
                     生産者の心のエネルギーとなり、結果として美味しい原材料を作る源になっています。

                     この二つの「礎」を知り、身に着けることはおもてなし接客の場に根ざしているのです。
                     以上をまとめると、大切なお客様へあなたの接客はお店の全員を代表して接しているだけなく、
                     上記した様々なCornerstone「礎」石がありその重さを強く自覚して行うことこそ大切です。
                     それは、お客様に素晴らしいおもてなしや多くの感動、いつまでも心に残る余韻を味わって頂く源です。
                     同時にそれは店舗の経営にも働く人の心の育成にも大きな力を発揮します。

                     2.企業の礎、人と心を人源力と称す=Humane Cornerstone

                     人が源、即ち『人源力』と捉え、これを見直し、人間力をアップすることの大切さを理解認識する。
                     豊かな情報に満ち溢れ、市場が成熟し、顧客一人ひとりが、市場の主導権を握り、
                     店舗や企業が顧客に選ばれる時代になりました。
                     また、顧客夫々の人的付加価値に対する知識や意識が豊かになり、数年前迄のマナーレベルを
                     基準にした「当たり前」をいつまでも引きずっていては充分な顧客満足に応えられない現況です。

                     現在の企業に於ける店舗や組織の利益の源は、独創性(ブランド力)のある商品力と人源力です。
                     サービス業では「おもてなし、サービス(接客、接遇)のクオリティの高さ」と言えます。
                      (注)『人源力』は店舗・企業の成長や繁栄の源は、≪人≫であると捉えること。

                     この商品力と人源力のどちらを優先させるかは、営業スタイルや業種によって様々です。
                     目先の利益を追求する店舗や会社の殆どは、商品力を優先させがちです。

                     現在適正な利益を生み、成長し続けている店舗や会社は、人源力を重視し、
                     人財と捉えて『人源力』である人財の育成に力を注いでいます。
                     このような会社や店舗は、日々の営業を司り、商品(ブランド)開発・開拓をし、販売するのも「人」
                     であると捉え、夫々のスタッフが強い意思と信念を持ち、どのような状況や環境にも
                     対応・対処出来る人(人源力)創りに力を注ぎ、人財育成をしていると考えられます。

                     成長し繁栄している店舗会社は、的確なビジョン(or理念)を持ち、
                     個々の目標や課題に向けての具体的な計画が実施されています。

                     同時にスタッフに対し、情報の共有や伝達が円滑になされ、
                     定期的・定量的な解り易い評価があり、明確な評価がフィードバックかなされ
                     夫々に合った目標や課題点を最優先として取組んでいます。

                     その一方では、顧客目線(客観性)を重んじ外部(顧客やスタッフ)のモニタリングを実施し、
                     その上で店舗や職場風土を洗い出すためのリスクアセスメントを実施し、
                     得られた結果に基づき、スタッフ一人ひとりに自覚させ、改善行動をしています。
                     成長繁栄の為、心豊かな人創りの為にも、職場の『人源力』について見直してみましょう。

                     3. 「大切な人の大切を大切にする」

                     全ては「大切な人」と捉え、思う心から!

                     相手を大切にすること、思うことは生きていく上でなくてはならない「心」です。
                     人として生活する家庭、会社などあらゆる場で必要と言えます。
                     「大切な人の大切・・・・・を大切にする」することは人と企業の成長には欠かせません。

                     人を大切にすることは人としての「思い遣り」「感謝」「誠実」などの言葉や行動に現れます。
                     日常生活のマナー、ビジネスマナー、接客マナー、C.S.などの「源」「礎」と言えます。

                     特に相手を大切に思う「思いやり」は全ての「マナー」の原点でもあります。
                     あらゆる「マナー」はどうして必要なのかを考えてみると、其処には相手に対しての様々な
                     気遣いをするための、目配り、気配り、心配りが基本的な要素となります。
                     もてなしや接客から沢山の人との触合いにより、この様な要素の具体的に学ぶことが出来ます。
                     日々の生活、会社、職場、友人や仲間、もてなしむや接客をしたお客様から
                     「大切な人」に対する多くの学びや沢山の知識、知恵、心を育む体験が得られます。

                     この様な目線や意識で生活する事は心を豊かにし「幸せを掴む」為の手近な近道と言えます。
                     そして、感動や感激を始め様々な感情を味わいながら人は成長して行きます。
                     「マナー」=「思いやり」は「大切な人」に対する意識や心を育むのです。

                     特にお客様から多くの教えや学び、感動を頂けるおもてなしや接客、営業の業界で
                     働く方々には計り知れない多くのチャンスがあります。

                     このことに気付くか否かで、その人の生き方や企業の成長に大きく影響します。
                     本気で【大切な人を思う心】、「大切な人の大切を 大切にする」に確り目を向けることです。
                     きっと、そこから今迄に味わえなかった新しい世界が開け見えて来ます。

                     『大切な人の、大切な〇〇〇を、大切にする』

                     あなたなら、〇〇〇にどんな言葉を思い浮かべ、どんな文言を入れますか?
                     言葉の数や種類が多いほど、大切な人への豊かな思いやりの心がある人です。


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                      日本人の「和」もてなし

                      お薦め度【★★★★★】全業種、業態用

                       和と和・もてなし

                       相手をもてなすために必要なマインドの持ち主は、
                       「直き心」(=素直さ・受容・謙虚)である「和」の心を持ち、
                       触合う相手(客人)から求め、望まれるアクションをされる前に
                       その相手(客人)の心をいち早く察知(洞察)することが出来、
                       それを相手に合わせて、自発的且つ一歩踏み込んだ言動や態度に移せ、
                       相手(客人)に和やかな心、満足感(≒C.S)の提供出来る持ち主であり、
                       それを自然な活動に表せ、なに気なく実行に移せる人のことを指すと解します。

                       もてなす相手を「和」ませ、魅力や感動を感じない心身の活動は
                       相手にピッタリマッチした「もてなし」とは言えず形だけのもてなしです。

                       日本のおもてなしには、もてなす側(主人)が日本人としての自覚と認識が求められます。
                       同時に、確りした自覚を持ち、人の思惑や見た目を意識しないことも大切です。

                       前の記事にも書きましたが、「和」の本来の語彙と共に
                       ≪輪・話・環(≒円/縁/宴/園/演/艶/援≫)の語を意識することです。

                       端的に言えば、御縁を頂き、会話・演じ切る(パフォーマンス)などにより
                       人の和と輪を創り出せるのが「和」であると言うことです。

                       ここで、日本の「和」、人間関係の「和」、もてなしの「和」について
                       ※学びのメモより抜粋して載せます。
                       この※学びのメモは、出典が定かでない文言が多くあり、これは私見ではありません。    「和」は元々、「おだやか、なごやかな状態」を意味する漢字でその由来には諸説ありますが、
                        一般的には「和」を辺の「禾(カ)」と旁の「口」に分解され説明されています。
                        「禾」は軍隊の門の前にある標識、「口」は神への誓いの言葉である祝詞を入れる器を表し、
                        2つ組み合わせて「軍隊の陣地内で戦を止め、神の前で平和を誓い合う」様子を表現します。
                        そこから「仲良くなる=おだやかになる、なごやかになる」という意味が生まれたといわれます。
                        その「おだやかな様子」から派生して、ゆったりと落ち着いた状態、
                        「やわらぐ」や「のどか」という意味になり、塩梅(アンバイ)が丁度良く
                        「過不足ない」、「調合する」などの意味も生まれました。
                        ちなみに日本のことを「和(ワ)」とするのは、古くに日本が「倭(ワ)」と呼ばれていたことに由来します。
                        共に同じ響きをもつことから「倭=和」が当てられ、和服や和食、和製といった言葉が発生となりました。

                        また、「平和」や「和む」と言い表すと、とてもソフトで柔らかい印象を受けます。
                        「ワ」という読みも、私たちの心にリラックスした印象を与えますので、
                        「和」を含む名前からも、周囲の人と仲良する様子が思い浮かびます。

                       ※学びのメモより転載終わり

                       日本の心・和

                       和を以って貴しとなす」も知られていますが、次の四文字熟語もあります。

                       □「和顔愛語」(わがんあいご)
                        (意味)なごやかな表情と思いやりのある言葉使い。親しみやすく、穏やかな態度のこと。

                      □「待てば海路の日和あり」
                       (意味)今は状況が悪くとも、じっと待っていれば幸運はやってくることの喩。
                       待っていれば天気がよくなって出航にふさわしい日が訪れることに由来する。
                       
                      以下、「和」のもてなしに必要とされるマインドなどの例を挙げてみました。

                      =おもてなしの原点「思いやる心」の理解と認識

                      =主客一体⇔客人と対等⇔心を一つに共感⇔互いを思いやる心
                        (➜心の位置→互いの立場や心を理解する)

                      =日本文化の知識と認識

                      =直き心⇔客人を素直に受け入れる

                      =四季折々に合わせてもてなす

                      =主客共にもてなしを楽しむ

                      =マニュアルは存在しない(個々人のもてなしに関した)

                      =しつらえ→事前の客人や季節、もてなすモノなどの情報収集

                      =個々の個性と感性⇔今の個の時代に適合する

                      =自ら考えて配慮、行動

                      =奥ゆかしく控えめな態度

                      =もてなすモノやコトの様々なうん蓄を提供
                      ※うん蓄≒蓄えた深い学問やモノの知識

                      =自然を重視→自然な姿⇔何気なさ・さり気なさ

                      =目に見えない気配り・心配り・手配りの仕草と心得

                      =臨機応変な所作

                      =不完全美の追求

                      =侘び寂びの認識

                      =作法の基礎、心得の重視

                      =客人への礼節を弁える

                      =様々な日本文化を織り込みもてなす

                      =一期一会の心

                      =和敬清寂の心


                      皆さんは、このような心をどんな方法で身に着けられますか? 



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                        思いやる心の育成と表現「和以尊為」

                        お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                                認める(≒共有・共感)活動と共に、人を思い遣る心の軸
                        心の軸 
                        などと言うことを、日々自省し、己の心と自問自答しながら生きることでもあります。


                        私たち日本人の「心の軸」を支えている「」は、
                        相手を「認める」(≒共有・共感)活動と他者との『調和』の心であると思います。

                        私たち日本人は、【和を以って尊し為す】即ち、

                        「自らが謙虚に遜り人を許し、

                         人を生かして、共に調和して生きようとする心」


                        を持つ、国民性があると古より言われています。

                        この「認める活動」(≒共有・共感)ともいえる「調和」は、目的を同じくする様々な集団を一体化し、
                        単なる要素を組み合わせた総和を越え、想定外の大きな創造力(想像力)を生み出します。
                        現実としてそれは様々な伝統文化やスポーツ、芸能の社会にも表れています。

                        このような私達日本人ならではの人との「和」と「輪・環」
                        調和」を図る上で、日本独自の文化「おもてなし」はとても大切です。

                        円滑な対人関係を作れる人は、「先ず人のことを想う」ことで、
                        他人との「会話」「和」と「輪」、「調和」(協調)を重んじた言行をするようになり、
                        そして、他者を受入れ「認める」活動と共に他者を大切にするようなっていきます。

                        また一方で、この「調和」を重視するばかりに「曖昧することを良し」とすると言ったことも生じます。


                           

                          和顔和心(ワガンワシン)-自作四文字熟語

                          お薦め度【★★★★】全業種、業態用


                            和顔和心解説付き

                            古より、日本人の心として周知されている

                            「和を以て貴しとなす」(聖徳太子)

                            の名言があります。

                            昔のことを思い出しながら、この言葉と日本の文化「」を照らし合わせ、
                            過去のおもてなし接客の仕事での現場体験から四文字熟語にしてみました。
                            自然で和やかな表情と心は、お客様や触れ合う人に優しく接する自心を育み
                            豊かなコミュニケーションを育て、人と人との繋がのを作るためにも大切だと思います。
                            この熟語は、以下のような意味を含んでいます。

                            和顔】 和やかで親しみのある優しい顔と眼の表情。

                            和心】 平らで和やかな心で人と調和し心和やかに生きる。日本(人)の文化と心。

                            ≪和≫おだやか。のどか。ゆるやか。あたたか。「和気・柔和・温和・緩和」
                                互いに気が合う。なかよくする。争わない。「人の和」

                            ≪顔≫優しく親しみのある・感情が現れ・笑顔・心を現わす・眼に表れる・眉や口元

                            ≪和≫やわらぐ・やわらげる・なごむ・なごやか・あえる・互いに気が合う。仲良くする。 

                            ≪心≫人の心・日本(人)の心・企業の心・物(商品・料理)の心・想像力

                            エッセイ風にしてみました

                            優しく親しみのある素敵なお顔が見たいのです。

                            自然で和やかな顔の人に逢いたいのです。

                            もう一度、見てみたいあなたのお顔に出合いたいのです。

                            心寂しい自己顕示や見返りを求めた、
                            無理に作った笑顔はもう見たくありません。

                            自然に和やかな表情が出るようになれるために
                            自らを知り、自分自身を認めてあげたいのです。

                            いつまでも人の心に残せる和顔和心で触合いたいのです。


                            【和】辞書検索 (goo 辞書より)
                            1 仲よくする。互いに相手を大切にし協力し合う関係にある。「人の和・家族の和」
                            2 仲直りすること。争いをやめること。「和を結ぶ」「和を講じる」
                            3 調和のとれていること。


                            ※この写真は西新宿のお店でお使い頂いているものです。
                            和顔和心看板(西新宿)

                             

                            五感覚と六感 (6) 第六感

                            お薦め度【★★★★】全業種、業態用


                              日本独自の「おもてなし」6感

                              第六感 

                              人の持つ第六感といれる感覚の大小は人それぞれで、
                              天性のものと生き方のプロセスによって差が出るようです。
                              特に感受性の強い人が備え持つ方が多いのではないかと体験から感じます。
                              また、第一印象分析や洞察、運命の人の出会いにも役立つと思われます。
                              この第六感を紐解く上で知情意に関する理解も必要です。

                              知情意の概要】

                              【意】:コンセプチャルスキル。[ethosエトス]
                              <一人称で思考し、行動できる。徳性・意・自律力など>
                              ✡願望や意志とか意図などに相当する領域です
                              ・人の第六感と言われるものもその一つであると解します。(個々人の差あり)
                              ・偉人、賢人、先達が記した生き方に直接関わる新旧の書物を読み込み知恵とする。
                              ・自分の明確な意思を表現し、実社会の人間関係に通用させる。
                              ・自らの「意」と言われる、将来に向けての願望や意思、意図を自覚・確認するのは
                               過去を振り返った時、初めて自分自身で確認、理解出来るのです。

                              【情】:ヒューマンスキル。[pathosパトス]
                              <二人称で思考し、語り合える。感性・情 ・対人関係力など>
                              ✡情けと言われ、感情とか人情などに相当する領域。
                              ・自己の感情や好みを、如何にコントロールし実社会に適合する
                              ・どれだけ多くの人と関わり、或は深く付き合えたかにより育まれる。
                              ・冷静であれば自覚でき、身体にも反応が出易く、激しい怒りや凄く落ち込むと見失うものです。
                              ・人間関係力に関する様々な情報は、ネットでも本でも、テクニックが盛り沢山にあります。
                              その有り余る情報を自分に合わせて選別し、如何に上手く使い対人関係に活かすかです。
                              ・忘れてはならないのは、【情】の豊かな人としての個性が有るか、否かです。
                              【知】:テクニカルスキル。[logosロゴス]
                              <三人称で思考する。知恵・理性・知識・智恵・思考力など>
                              ✡知識とか知性(知恵)、スキル、テクニックなどに相当する領域。
                              ・能力を備えて持っているか、持っていないのか。
                              ・知り理解出来ているか、知らないのか。
                              い・スキルやテクニック、知識を現実の社会生活にも
                              実際に活かせるのか。と言ったことです。

                              このような知情意は、一見、論理的に正しく見えても、個々人の感性やその人の情緒が
                              納得出来ないというケースも実際に在ることを認識しておく必要があります。

                              この知情意について詳しくは、此方をクリックして御覧下さい。☞【知情意】

                              第六感について (以下、学びのメモより部分的に引用)
                              第六感は五感を磨き上げることにより、物事の本質や源を掴む心の働きを指すと解します。
                              類義語として、インスピレーション、勘、直感、霊感予知力、超能力などがあります。
                              現代社会では「人には五つの感覚、知覚しか存在しない」とは理解されておらず、
                              平衡感覚が第六番目の感覚として位置づけられています。
                              即ち、「第六感」という表現が平衡感覚を指しているのです。

                              ★感性

                               感性とは脳内プロセスであり、外界の刺激に応じて、
                               知覚・感覚を生ずる感覚器官の感受能力を指します。
                               同時に物事に感じる能力、感受性、感覚でもあります。
                               また、美や善(徳)などの評価判断に関する印象を指す
                               内包的な意味を知覚する能力を言うと解します。

                              霊感

                               中村天風氏は霊感を、五感を超えているところから「第六感」と言っています。
                               その身近な例としては「虫の知らせ」というのがあります。
                               元々人間として生命を得たからには、誰でもこの感覚を持っていますが、
                               文明人になるに従って、この働きが弱くなってしまった、と述べ、
                               「だからこの霊感(自覚正念)を磨けば、無念無想になれる」と言っています。
                               中村天風氏は意識を「肉性意識」と「心性意識」と「霊性意識」に分類し、
                               3つめの「霊性意識」の中に第六感(霊感)も含まれている、としました。

                               そして次のように解説しています。
                               人間が人間らしく真っ当に生きるためには、
                               何よりもこの霊性意識を活用しなければならなりません。
                               ところが、今の人は霊性意識など忘れてしまって、何でも心性意識、
                               理性心(頭で考える)さえ鍛えればいい、詰り理性も大切と言っています。

                               文明を発達させたのはこの理性で、
                               それで人間は幸せになったか、とも言っています。
                               いくら文明が発達し生活が豊かになっても、
                               不幸や不満足があることは理性だけでは解決しない、
                               解決しないのは、霊性意識が働いていないからだ、
                               と中村天風氏は書の中で言っています。

                              予知
                               予知に関しては人よりも他の動物で顕著に見られる現象です。
                               動物は、地震や火事を予知して逃げ出す行動等が多数報告されています。


                               

                              五感覚と六感 (5)味覚

                              お薦め度【★★★★】全業種、業態用


                                日本独自の「おもてなし」味覚

                                *人の不幸は蜜の (作者不詳)

                                *精神の名士たちの人間は、無名の人々と交わって、
                                 愛想のよい仕方で自分の言い分を引っ込めるところに成り立つ。(ニーチェ)

                                *どんなに偉い人でも、短所があるからこそ人間があるのではないか。(スマイルズ)

                                *美とは食物そのものにあるのではなく味わう舌にあるものである。(ジョン・ロック)

                                *:平凡の中に人の味がある (菜根譚)

                                *苦難も人生の味になる (森田芳光)

                                *涙とともにパンを食べた者でなければ、人生の本当の味はわからない (ゲーテ)
                                />

                                味覚=舌識(ぜっしき)
                                ※私見ながら脳が感じる物の味は、香味・、見た目、触れる、嗅くことに因る、と考えられます。

                                動物の五感の一つで、口にする物の化学的特性に応じで認識される感覚です。
                                生理学的には、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つが基本味に位置づけられます。
                                基本味の受容器は人の場合主に舌にある。
                                基本味が他の五感の要素(嗅覚、視覚、記憶など)で
                                拡張された知覚心理学的な感覚として、
                                味は風味(flavor)や香味と呼ばれることがあります。
                                また、認識の過程を、〇〇〇を味わうとも言う。味わい。

                                〇語彙を知る

                                飲食物を舌にのせた時に発生する感じ、温度の総合した感覚。体験して得た感じ。
                                感触物事を深く知ることにより、初めて解る面白味。そのもののもっている趣。
                                深い所に潜んでいる素晴らしさ。気が利いているさま。おつなこと。
                                無味乾燥で趣や潤いに欠けるさま。飲食物や薬品などの種類を数えるのに用いる。
                                甘味・旨味(うまみ)=美味い。味がよい、うまい意を表す。貴い意を表す。

                                〇慣用語として
                                下記の熟語や語句を、リアル=R.バーチャル=V.ハートで感じる(意識として)=H.に
                                分類してみると色々なことが見えて来て、おもてなしや接客接遇に役立ちます。

                                 味をつける
                                 味が濃い
                                 あっさりした味
                                 味の追求
                                 究極の味
                                 食の味
                                 ※三味一体・・・
                                注)※三味は正しい日本語ではありません。当て字です。

                                 

                                五感覚と六感(4)-触覚


                                お薦め度【★★★★】全業種、業態用

                                日本独自の「おもてなし」触れる



                                  “他人の考えに触れることで、自分のことを知る重要性” ニーチェ


                                  触覚身識(しんしき)の解説

                                  触れる(フレル)】【触る(サワル)】
                                  触覚には、「触れる」と「触る」の二つ表現の仕方が出来る。夫々については下記します。

                                  〇語彙を知る

                                  ある物が他の物に、瞬間的に、または軽くくっつく。(ちょっと触る)
                                  手などをそのものに軽くつける。
                                  また、何かが身体に触れて、そのものの存在が感覚的にわかる。
                                  舌で触れる、と言い表すこともある。(≒味覚・舌識)

                                  〇言葉の持つ様々な意味

                                  ①食べ物にちょっと手を付ける。
                                  ②物に軽く、つっつくようにする。
                                  ③手を押し付け、動かしてみる様➜手で触る。
                                  ④対象になる物などの表面に軽く手を接触させる様➜手を触れる

                                  ⑤人と人、人と固体や液体が接触する場合にも用いる。
                                  ⑥言及する。
                                  ⑦あることを話題にする。
                                  ⑧少し耳にしたり見たりする。

                                  ⑨規則・法律などに反する。
                                  ⑩感動・感銘を受ける。
                                  ⑪ある時期や物事に出あう。
                                  ⑫広く人々に知らせる。

                                  ⑬抵触する。
                                  ⑭怒りなどの感情を身に受ける。
                                  ⑮関わりを持つ。(関係する。)
                                  ⑯感情を害する。

                                  〇慣用語として

                                  下記の熟語や語句を、リアル=R.バーチャル=V.ハートで感じる(意識として)=H.に分類してみると
                                  色々なことが見えて来て、おもてなしや接客接遇に役立ちます。

                                  優しい心に触れられた
                                  思いやりの心に触れる

                                  人間味に触れる
                                  温かな心に触れる

                                  汚い手で触れるな
                                  ひんやりとしたものが顔に触った

                                  勘気に触れる
                                  とかくの噂がある人だから、彼には触らないことが賢明だ

                                  神経に触る(サワル)
                                  癇(カン)に触る(触れる)・・・


                                   

                                  五感覚と六感(3.)-嗅覚

                                  お薦め度【★★★★】全業種、業態用


                                    日本独自の「おもてなし」嗅覚=鼻識

                                    花は清香によって愛せられ、人は仁義を以て栄ゆ

                                    嗅覚=鼻識(びしき)の解説

                                    嗅覚を感知する鼻は人の感性(感情・記憶)を司る脳と直結し、記憶を鮮明に呼び覚ます。
                                    様々な「におい」を感じる感覚。揮発性の化学物質の刺激を受けた時に生じる感覚を言います。
                                    匂覚・臭覚とも書く=物から発散されて、鼻で感じる刺激。香り・臭みなど。臭気。

                                    〇語彙を知る。

                                    1.「匂う」は香りが快く、心地よく感じる場合に多用される。
                                    2.「臭い(におい)」は快・不快両方について表す。「香り」が快い刺激を言う。
                                    3.「臭い(くさい)」は不快な多くの場合を表す。

                                    〇言葉の持つ様々な意味

                                    ①そのものから漂ってきて、嗅覚を刺激するもの。
                                    ②そのものがもつ雰囲気やおもむき。
                                    ③いかにもそれらしい感じ・趣。
                                    ④物から発散されて、鼻で感じる刺激。かおり・くさみなど。臭気
                                    ⑤鮮やかに色づく。特に、赤く色づく。また、色が美しく輝く。照り映える。

                                    ⑥人の内部から立ち現れる、豊かで生き生きした美しさ。
                                    (内面の美しさなどがあふれ出て、生き生きと輝く)
                                    ⑦他のものの影響を受けて、はなやかに栄える。恩恵やおかげをこうむる。
                                    ⑧「におう」は時により 「かおる=香る・薫る」と言い表され、快いにおいについていうのに対して、
                                    「におう」は快・不快両方についていうが、不快な場合の漢字表記は多くは「臭う」

                                    ⑨何となく、それらしい雰囲気が感じられる。多く好ましくない場合に用いる。
                                    ⑩声が豊かで、つやのあること。
                                    ⑪芸術、芸能や文芸で、表現の内にどことなくただよう情趣・気分・余情。

                                    ⑫演劇などで、せりふの言い方や動作が大げさすぎて、わざとらしい時に使う。
                                    ⑬「けち臭い」や「照れ臭い」など上にくる語の意を強める。
                                    ⑭疑わしいようすである。怪しい。

                                    〇慣用語として

                                    下記の熟語や語句を、リアル=R.バーチャル=V.ハートで感じる(意識として)=H.に分類してみると
                                    色々なことが見えて来て、おもてなしや接客接遇に役立ちます。
                                     愛嬌が匂う女性
                                     百合の花が匂う
                                     石鹸がほのかに匂う
                                     不快な臭いを感じる
                                     いやな臭いがする
                                     臭うばかりの美少女
                                    参考)アロマ【aroma】 1 芳香。香り。 2 (芸術品などの)気品。妙趣。