接客マナーは心の礎 (おもてなしの心)  思い遣る心の再認識

接客マナーは心の礎 (おもてなしの心) 

人を想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは人との「和」「おもてなし」の『心』です。
2017新タイトル

ハート無題1s #思いやり ってどんなこと? ハート無題1s

☟ Nippon人力の「和の心」,「思いやる心」を軸とした新サイトです ☟


心の礎和と思いやり横

≪日本の「和」の素晴らしさが書かれたブログを御案内します≫ 和のこころ.com

日本の伝統文化,文学などから「和」のこころ,日本人らしさを楽しみながら紐解けるサイトです

和のこころcom1

他者を「思い遣る心」を再認識する

お薦め度【★★★★】全業種、業態用

今回の東北地方太平洋沖地震で、世界各国から「Pray for Japan」のコメントが寄せられました。
このメッセージを見ながら改めて、世界各国の日本対する期待や信頼レベルの高さを知らされました。
そして私達は、人の文字のように世界中の人々に支えられていると、改めて認識させられました。

私達日本人は今こそ、改めて「思い遣り」大切さを再認識しなければならないと思います。
今回の被災に合われた方々は勿論、周りの人々、仲間や大切な人に対する「思い遣り」と
「優しさ」は欠かせないものです。
と同時に「思い遣り」は相手との心の繋がり、信頼を作るために無くてはならないものです。

全国の人々が被災された方々へ、今何が出来るかを精一杯考える姿が数多く報道されています。
このことは、まさしく被災者の方々への「思い遣り」の表れだと思われます。

「誰かの為にすることはやめられない、でも自分の為だったら簡単に諦めてしまう」
と昨日NHKの番組で歌手のmisonoさんが話していました。
彼女が言った、誰かの為・・・・・と言う言葉は、まさに他者を思い遣る心なのです。

ここで「思い遣り」について改めて再認識する為にも「思い遣り」の解説を載せることにします。
「思いやり」は一般的に「その人の身になって考えること、察して気づかうこと」と言われます。
細かく言うと「思い」は相手の気持ちになって考えたり、共感したり・同情したりすることであり、
「やり(遣り)」届ける・差し向ける・行うと言うことです。

私達は日々の生活や職場で多くの人々に触れ合います。家族や友人など、職場ではお客様、
同僚や上司など沢山の人々に出会います。どんな時でも相手を「思い遣る心」で接することが
人として生きて行くために必要です。

この「思い遣る心」を「思い遣り」と言い現します。
それは、貴方の心を豊かにし、貴方自身を成長させてくれますし人として信頼される元にもなります。
見返りを当てにするようなものでも、慢心するようなものでもありません。
自分を本物の人間に育ててくれ、そして、本物の愛を教えてくれる、嬉しくて、有り難いものです。
「思いやり」は会話や態度に表れます。
言い換えれば相手に対する”心の姿勢”の現われです。

この「思いやり」を心に発動させるには、お互いの気持ちが交換可能であることが必要です。
即ち、相手の気持ちに同調もしくは共感する必要があるということです。
要は、自分が相手に対して共感していないのに、何か親切な事や、何らかのアクションを
起こす事は「思い遣り」とは呼べないと言うことです。
同じ行動でも思い遣りになる時もあれば、お節介になることも有るのは常々実感していることです。
「思いやり」があるのと無いのでは何が違うかと言うと、共感出来るか、出来ないかと言うことです。

また「思い遣り」のつもりで戒めたり、突き放したりしたことが誤解を受けてしまい、
思っていた逆の効果の憎しみや恨みを生んでしまう場合も有ります。
この様なことを念頭に置きながら具体的な「思いやり」の言動を考えてみましょう。

思い遣りのスタートは【立場転換】です。
その人の身になって考える事、あなたが相手だったらと考えてみる相手の立場に立つことです。
貴方の言葉や行動を、もし貴方自身が聞き、行動を受けたとしたら、どう思うかを考える事です。
その人の置かれている立場に立ち、その心中を推し量り、一緒に悩んだり考えたり、
同情,共感したりすることです。
それは他者の心の痛みが解かる、他者の気持ちが理解出来ることであり、
決して強い者が弱い者に対する哀れみではありません。
例えば、接客業で、お客様が客として認められるような挨拶がなかったり、
接客スタッフの態度が感じ悪かったりしたら、もしあなたがそうされたらと考えてみましょう。
或は、職場で貴方がした挨拶を無視され、いい加減な挨拶を返えさたら、どんな風に感じますか。

又、命令ばかりされ、認めて貰えなかったらどうでしょうか。
こう考える事から「思い遣り」が生まれて来るのです。
要するに、「思い遣り」とは相手の立場で考えてみることです。
突き詰めて言えば私たち人間は老若男女問わず、誰もが弱点、欠点、脆さを持っています。
その人間同士が日々の生活の中で時には対立し、共鳴して互いに支え合い、
色々な心を分かち合って生きているのです。

「思い遣り」と言うのは、人間として平等な立場で相手の事を深く考え、
何をして差し上げるのが良いか、何をしてはいけないのかを「思い遣る」ことです。
共に等しく生きていると言う温もりである連帯感から生じる人間らしい温かい心と行為です。
どのよう人にも必ず「思い遣り」の心や「優しい心」を持っているものです。

人や自分に嬉しいことや楽しいことがあった時は、共に喜んだり、笑ったりして共鳴し、
人の心が苦痛にある時や自分が苦痛にある時は、共に悩んだり、考えたり、苦しみを
共有したり苦しみを打開する方法を考えたりすることです。
今回のような災害のあった時こそ、直接の被害に合わなかった私達は日々の生活の中で常に、
このような「思い遣り」の心と優しさを持つことが最も大切なのではないかと考えます。

以前にも載せましたが先日、テレビの対談に出演していたインテルの長友選手が下記のような
話をしていました。その会話の内容を、記憶を辿りながら正確ではありませんが載せます。

彼がインテルに移籍した後、試合で様々なプレッシャーで思うように動けず、
その後試合に出場出来なかった間に、動けない訳が何故なのか自らを指さして考えたそうです。
様々な思考錯誤をした後、自分は自分の動きばかり考えていて周りの選手やその動きが
見えなかったと言うことに気付いたそうです。
長友選手は、自分に不足していたことは、周りの選手や仲間を思い遣る気持ち、
その人達に感謝する心とその表し方の大切さだったと、気が付いたと話していました。
その気持ちに気が付いて試合に出るようになってからは、彼の動きが大きく変化し、
結果としてチームに貢献出来るようになり、仲間からもファンカラも信頼されるようになった
と話していました。

また、自分が、周りの仲間にどう対応すればいいかと言うことばかりを意識していると
周りが見えなくなり自らの役割が果たせなくなった。
そして、その反対に、周りの仲間を思い遣る気持ちを持ちながら見るようになれると、
今何をすべきか、どう動くべきかが瞬時に判断できるようになった。
と同時に、周りのチームメイトやファンに感謝することが出来るようになった。
長友選手は話していました。

まさにこのことは、思い遣り、感謝は自分中心に考え行動する対応意識からは生まれない
ということの良い例であると思います。

◇思い遣りの表現方法.
 
 第一のステップ➜知る・・・相手の心と体の状態、置かれている状況を知る
 
 第二のステップ➜思う・考える・・・相手を意識(認識)し、表現伝達方法を思考する

 第三のステップ➜行動を起こす・・・機知に富んだ実行(行動)をする


    ブログパーツ
    関連記事
    スポンサーサイト
     

    コメント
    この記事へのコメント
    コメントを投稿する
    URL:
    Comment:
    Pass:
    秘密: 管理者にだけ表示を許可する
     
    トラックバック
    この記事のトラックバックURL
    http://projectishizue.blog60.fc2.com/tb.php/1118-52a4b79d
    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
    この記事へのトラックバック