#おもてなし は「心の礎」 (旧・接客マナーは心の礎) 東日本大震災の学びと教訓(新)-6.

#おもてなし は「心の礎」 (旧・接客マナーは心の礎)

人を心から想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは「おもてなし」の『心』です。
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ハート無題1s #思いやり ってどんなこと? ハート無題1s

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当ブログに御訪問戴き、誠に有り難うございます。

この心の礎に載せてある「人の心」や「対人関係」の記事は壮年に至るまで先々のことや人の心や思いを意識せず、
目の前の「楽」やその時の感情・我欲を自制出来ず、刹那に生きてしまった、と自省のキッカケとなった壮年後の
学びから気付かされた他人への「想像力や心に関わる心」の在り方、持ち方などを過去の実体験に照らして知った
知識や智慧など,御覧戴く皆様の今後の社会生活や仕事上で僅かでも役立てて頂けたらと考えて載せております。
ですから書いている私が記事内容の総てが出来るのではなく甘く見ても2~3割程度しか生かして使えません。
思いやりや礼節・感謝・誠実などの心に関する項目は「対人関係」上の参考資料として使って戴けると幸いです。

私的利用外の文章・写真のコピーや転載は御遠慮下さい。教材や営利を目的とした無断引用転載は禁止です。
尚使われる場合は記事の右横、Categoryの上にある「問合せMail」にてお名前・連絡先・目的をお知らせ下さい。

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〇日本の心へ原点回帰

お薦め度【★★★★】全業種、業態用

あの忌まわしい東日本大震災が起きてから今日で一年が経過しました。
各メディアでは、今だから開示出来る写真や動画、文書など様々なものを公開しています。
そのような中で、改めて『人の命』の大切さ、重さを再認識させられます。

今や日本人の生活は、集団である会社や組織を中心に考えて行動する塊(集団)の社会から、
個人優先の「核化社会」と言われ個々人を中心に考え、行動する、【個】の時代へと変化しています。
特に震災後、人々の心に、個人個人の安心安全を優先して思考する傾向が目立っています。

日本人だけが持つ、控えめな言動、自然でさり気ない表現力、質素倹約の背素新、質実剛健さ、
人知れずする何気ない行動、目に見えない優しさなどと言ったことが失われつつあると思えます。
また、このようなおもてなしの文化を持つ日本の素晴らしさが随所で失われると共に、
海外の横文字に固執した外面外見重視の教育手法がもてはやされ、必要以上に自己主張や自己顕示を
する指導者、コンサルタントなどが増えつつあるのが今の日本の現状でと思われます。

大震災から一年経過した巷では、徐々に震災以前の個人中心の社会環境に戻りつつあり、
「自分だけ安心なら、自分さえ安全ならば」と言う利己的意識の感じられる事例も随所で見受けられます。
また、淋しいことですが震災を利用した心無い、質の悪いビジネスや犯罪も報道されています。

日本独自文化「おもてなし」は古くから私達が、大切な人やお客様、友人をお迎えする心と態度、言動と
言ったことを指しています。
それは日本人独特の持つ決め細やかな思いやり心と伝統文化が融合して作り出されたものです。
「日本のおもてなしの心」は社会生活、家庭、学校、職場、組織において、
人が人を大切にする心」を気付かせ、蘇らせてくれる「日本と日本人の心」です。
その日本人の「おもてなしの心」の基盤には、誰に対しても自然に親切にする意識があります。
この意識は、日本人の特性とも言える「人の目」を気にする気質から生じることかも知れません。

また、日本人は、とても几帳面で相手を思いやる優しい心を持ち、
人に不快感を与えない程度の距離を保ちつつ、
良い人間関係を作ることを常に心情にしている国民性があります。
このようなことが日本の文化である「おもてなし」の『礎』になっているではないかと考えます。

同時に、一期一会の心である、その時、その場において、そこに会した人々が、
二度と巡り会うことの無いであろう出会いの機会として、一瞬一瞬大切にし、出会った相手を敬い、
思いやりの心をもって触合い、接することも「おもてなし」に欠かせない大切なことです。
一方、被災地でも多く見られるように、「おもてなし」は、互いが触合う相手と思いやりの心を接し、
互いの心を通わせ合う関係は、復興の『礎』になるであろうとも考えることが出来ます。

おもてなしの教え中で特に「和敬清寂」の言葉は、これから復興に向けて、
私達や被災された方々に必要とされる「心」の指針になると思われます。
※この「和敬清寂」の言葉は茶道の心(精神)を一言で表現した千利休の言葉です。

茶の湯の世界で亭人と言われるもてなす側とお客様は対等であり、亭主は自らの心を清浄にし、
相対する人やお客様との隔たりを取払い、相手を敬い無心で向き合う心が「おもてなしの心」です。
この「おもてなしの心」を持ち、お客様や大切な人に敬意と思いやりの心を持ち=「コト」、
具体的な行動、態度や物(環境)=「モノ」で表現し伝えることです。 

日本の「おもてなし」は、上記した「もの」と「コト」を以って、
もてなされる側であるお客様や大切な人に対し、もてなす側が最大限に提供出来ること、
どのような場所で、どのような形で、どのタイミングで自然な姿で提供できるのかを、
目配りや気配り、心遣いと共に深く思慮し、温かな心と誠心誠意のある態度で実行することです。
この様な日本の「おもてなし」は、客や大切な人への気遣いや気配り、心遣いと配慮の意識で
築かれてきた世界に誇れる日本独自の文化です。
これは、真の人間関係を作って行く時にも大切な要素と言えます。

茶道では、前の二文字【和敬】は茶事に於ける、主人と客人の相互の心得や心構えを意味し、
後の二文字【清寂】は茶器、茶室、茶庭即ち、設えや演出、環境に関る心得を表しています。
私見ですが、この後の【静寂】の心は、特に亭主(茶を点てる人)の心構えにも当て嵌まり、
大切に点てた一服を頂く側(客)の心得にも大事なことではないかと思います。

「和」お互いに心を開いて心を通わせ親しくすることです。
その先には平和な心と環境があるということを表しています。
和は、私見ですが、「話」と解し、会話をすること、また「環」と解し、「環」は「輪」に変化し、
「輪」から人と人との強い結び付きである絆が生まれると解します。
※和=和合、調和、和楽を意味する。和楽はお互いに楽しもうという心とも解せます。

「敬」お互いに、お互いを敬い合う意味を持つ。
年長者も目上の人や家族、友逹みんなが夫々尊重し合うことで、人間関係を円満にし、
大切にすることが出来ると言うことであると解します。
※敬=他を敬い、愛する心。愛しむ心。慈しむ心。

「清」目に見えるものに限らず、心も一点の濁りがない清らかな状態のこと。
澱みや曇りのない目で人や事と相対することで、本当の姿や物事の本質が見えてくること。
清=清潔、清廉、清楚の義。周りも自らも濁りが無く澄み切った清らかであるようにとの教え。

「寂」どのような時や状況にも動じない不動心を表す。
どんな時にも、変わらない平常心を持つことで、ゆとり(余裕)を持ち相対することが出来る。
寂=寂び、寂静、閑寂の意。要らないものを捨て去ることで生まれる。

この「和敬清寂」の言葉は、夫々の意味を知ると簡単に思えるものばかりです。
しかし多くの茶人達がこの四文字の言葉を理解し、実践する為に茶事の道を歩み続けています。
夫々の言葉は、茶道を通じ、人と人とが触合い生きて行く社会生活の中でどの様な生き様で生き、
どの様な人間関係を創って行けば良いのか、どの様な意識で自らが与えられた「人としての役割」を
果たせば良いのか、と言った自然も含めた万象の生きる目的や考え方、心など、幅広い知識や感性が
必要とされることを説いています。
今こそ私達は、日本の心である「おもてなしの文化」へ、原点回帰すべきだと思います。


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