接客マナーは心の礎 (おもてなしの心)  五常の徳-「義」

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』 正を貫くに、素直にあれ

五常の徳-義


お薦め度【★★★☆☆】全業種、業態用

。これは行動規範とも言えます。
孔子が『論語』の中で著した、「を見てせざるは、勇なきなり」
(人の道として当然行うべき事と知りながら、これを実行しないのは勇気がないということ)
との言葉は余りにも有名です。

私利私欲に囚われず、成すべき事を成すということです。
中国思想では、「利」と対比される概念です。
利己即ち、自己中心的な行動を取り、他者の存在を二の次とするような利己的な行為を
行わない事であり、利他的な行為を取るようを意味すると思います。

武士道での中心かつ最も厳格な目はこの「義の精神」とされる。
「義」とは、打算や損得のない人としての正しい道、
即ち<正義を指すものであり、「義」から派生した言葉に大義・道義・節義・忠義・仁義・
信義・恩義・律義、更には義理・義務・義憤・義侠・義士などがある。

日本において武士と言われる古の人は、この「義」を武士道精神の中心に据え、
これを踏み外した者は卑怯者として糾弾の対象とされました。

「義」には「正しい行い」と同時に「打算や損得から離れた」との意味が含まれ、
人間の根源的なエネルギーとされる欲望を制御しなければなし得ないとの意があります。

現代人の多くが行動判断の基準としている合理的精神は付き詰めれば
「どちらが得か」という相対的なものです。

それに対し武士道における「義」は、普遍的な「良心の掟」に基づく絶対的価値観を基本とする
いわば不合理の精神であり「義」を遂行する為には
余程の自立心を養わなければならないとされました。

新渡戸稲造は、その著『武士道』で、武士道の基本は「フェア・プレイ」の精神と言い、
この根源は「義を貫く」ということであり、武士は例え戦いに勝ったとしても、
不正な行為をした勝利者は賞賛されなかった。

「敵に塩を送る」との諺の元となったとされる上杉謙信の有名なエピソードですが、
こうした話が美談として長年伝えられたことは、
裏を返せば、そうした侍が少なかったとのではないかとも考えられます。

武士道が「義」を最高の支柱に置いたことは、言い換えれば、
そうした至難の「義」を追求する事により精神の「美学」を求めたのではないでしょうか。
生死をかけた戦いに望む際、全ての武士が上杉謙信のようにフェア・プレイの精神を
守ったわけではないと思われます。

生きるか死ぬかという場面において、
例え卑怯者と蔑まれようとも勝ちたいと思うのが人情であり、
またいつの世にあっても本能は美学よりも強く、
理想は現実の前に打ち砕かれるのが世の常です。

だからこそ、武士道はそのことを十分知りながら、
その現実を超越する己の理想の指針として、「」を厳しく求めたのです。


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