#おもてなし は「心の礎」 (旧・接客マナーは心の礎) 「いじめ」に対する取組み

#おもてなし は「心の礎」 (旧・接客マナーは心の礎)

人を心から想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは「おもてなし」の『心』です。
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当ブログに御訪問戴き、誠に有り難うございます。

この心の礎に載せてある「人の心」や「対人関係」の記事は壮年に至るまで先々のことや人の心や思いを意識せず、
目の前の「楽」やその時の感情・我欲を自制出来ず、刹那に生きてしまった、と自省のキッカケとなった壮年後の
学びから気付かされた他人への「想像力や心に関わる心」の在り方、持ち方などを過去の実体験に照らして知った
知識や智慧など,御覧戴く皆様の今後の社会生活や仕事上で僅かでも役立てて頂けたらと考えて載せております。
ですから書いている私が記事内容の総てが出来るのではなく甘く見ても2~3割程度しか生かして使えません。
思いやりや礼節・感謝・誠実などの心に関する項目は「対人関係」上の参考資料として使って戴けると幸いです。

私的利用外の文章・写真のコピーや転載は御遠慮下さい。教材や営利を目的とした無断引用転載は禁止です。
尚使われる場合は記事の右横、Categoryの上にある「問合せMail」にてお名前・連絡先・目的をお知らせ下さい。

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愛の躾』と「心の基礎体力」の必要性

しつけ


お薦め度【★★☆☆☆】全業種、業態用

最近数多くメディアで取り上げられ社会問題になっている「いじめ」について記してみました。

いじめられる人、いじめる人、親の捉え方、教育者としての自覚と認識、
学校の取組み姿勢と意識、行政管理機関の取組み姿勢や実際、社会環境などに
ついて様々な見解がマスコミでも毎日のように取り上げられています。

そのような中、有識者や評論家と言った方々が
✡何故起きてしまうのか、
✡これからどうすれば良いか、
✡どんな環境が望ましいのか、
✡教育者としてどう取り組むか、
✡大人としてどうあるべきか
✡社会としてどの様な対策が良いのか・・・・・
などと言ったようなことを盛んに論じています。

私見ですが、いじめの起因は、
・[心の基礎体力のない子が受ける]
・[友達の少ない子が受ける]
・[コンプレックスのある子が受ける]
・[人として未熟な子供がする]
・[自己顕示の強い子がする]
・[認められることの少ない子がする]
・[家庭環境の乏しい子がする]
・[個々人を優先する利己意識≒大人のエゴ]
・[親の無関心、過保護]
と言ったことなど依るのではないか考えます。

そのいじめへの対策も『』が『』にすると言う、人の「原点」に立ち戻って捉え、
考えるべきではないかと考えます。
端的に言えば、いじめは幼い頃から「恥の躾」をされてきた
人間』として未熟な子供が引き起こすことであり、
その未発達な【心の基礎体力不足】に拠り起こるのではないかと考えます。

いじめに限ったことではありませんが、善し悪しに関わらず社会生活の中で起きる何事も、
心を持った『人間』によって行われる捉え、その「原点」に回帰して思考し、
取組むと共に「恥の文化」に対する考え方や何事にも挫けない
心の基礎体力創り」の取組と対策が必要であると考えます。

同時に、ひとり一人の大人が先ず「自らを心と行動、環境を指差す」ことを起点として
様々な思考や行動を捉える必要があると思います。
その手始めとして「」と「」の【躾と文化】について考えることではないでしょうか。

日本の文化は「恥の文化(躾)」で、ヨーロッパの文化は「罪の文化(躾)」と言われています。
日本人の国民性は多神教民族と言われ、神や仏の意識を強固に保有していないと考えます。
私達日本人が、強く意識するのは、人の思惑であり、他人の目や噂、世間体です。

都会では「個」の意識が強く、他人に干渉せず、自分が他人に干渉されることを嫌いますが、
地方に行けば行くほどその傾向が強くなると感じます。
他人に笑われるようなことはしたくはない、プライドを持ち人前で恥をかきたくない、
これが日本人の行動を規定すると言われています。

詰り、己が正しいか否かで行動を決めるのではなく、世間や周りの人間がどう思うかで、
自分自身の行動を決めるということです。
私達はこのことを「恥の文化(躾)」と称します。

一方「罪の文化(躾)」と言われているキリスト教文明の欧米では、行動の規範に宗教の戒律があり、
神の定めた戒律を守れば、心は一点の曇りもなく清く澄み、それに反すると強い罪を受けると
言う意識を有すると言われます。
これを「罪の文化」と言い、彼らの心の中には神が存在するのです。

今迄の日本では、子供の頃から「」の躾や教育が成されてきました。
しかし、年間七万件以上の「いじめ」や「暴力行為」が低年齢化している今の社会では、
欧米型の「」の教育も含めて、
直ぐにでも実施しなければならない社会環境になってしまったようにも思えます。

現在社会の第一線で活動している大人も、
古より日本に伝わっている「恥の文化(躾)」の素晴らしさを再認識すると共に、
欧米のキリストの教えが元となっている「罪の躾」を修得が求められると思われます
今の社会は、何が正しくて、何が間違いなのかと言う
世間一般で正しい物事の判断基準と同時に、成人に至る迄に、どんなことをすると罪になり、
どんな罰が与えられるのかということを子供の頃から確り躾をし、
知らしめなくてはならない社会になってしまったように思えます。

それは、今の日本の社会環境に合わせた日本独自の「恥の躾」と「罪の躾」を兼ね備えた
新たな躾、即ち【愛の躾】ではないかと思います。

この【愛の躾】と共に大切なのは、夫々の人の「心の基礎体力」であると考えます。
今世界で活躍しているスポーツ選手ダルビッシュさん、イチローさん、
香川さん、長友さん、澤さん北島さん、などのみなさんは、
先ず自分の心と向き合うことをから「心の基礎体力」を養うことをしています。
彼らに、確りとした目標と先々のビジョンがあるからこそ、
自分から逃げないで己の心と向き合える。
それによって強靭な「心の基礎体力」が作り出され活躍出来ていると考えます。
同時に、多くの人々に支えられていることを強く自覚し、
感謝の表現伝達を決して怠りません。

社会人(親)である大人ひとり一人に、人としての確りとした【心の基礎体力】が備わっていれば
今のようないじめによる悲しい事件を多少なり防ぐことが出来たのではないでしょうか。
親子の場合は、この【心の基礎体力】は、親が子に確りと向き合う姿勢態度と
その時間を取ることにより培われ、育まれます。
また、その時に其の場凌ぎや曖昧さが感じられる言動態度は、
子供や他者に不安感を与え易いですから注意して避けるようにすることです。

同時に、人と確りと向き合う姿勢とその時間を取ることは
会社生活に於いても疎かに出来ません。
いじめもこの確りとした【心の基礎体力】があれば、加害者にも被害者にもなることはないでしょう。
同時に、大人(親)が子と向き合う時間を惜しまなければ
子供達は素晴らしい大人に育つと思います。

向き合うとは、その相手に対し常日頃から本気で真剣に叱咤激励し、
互いの感性(喜怒哀楽)を共有・共感すると言ったことなどを言います。
今迄の体験からですが、いじめを受けた人に数多く見受けられることは、
孤独で孤立しがちであり、仕事は長続きせず、表に現れない利己心(自己中)が強く、
世間から爪弾きにされ凶悪な事件を犯してしまう人、裏社会に住んでしまう人、
暴力を振う人などに共通すると思います。

また、この【心の基礎体力】を育むことは、いじめばかりか、すぐに諦めてしまう人、
キレ易い人、ニート、うつ病、様々な犯罪者などを未然に防ぐにことにも繋がると思います。
と同時に、震災復興と共に、これからの少子高齢化社会を生き抜く為にも必要です。

何故ならば、この【心の基礎体力】は「先ず人を思う心」、
即ち思い遣りである『利他心』が【】となるからです。



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