接客マナーは心の礎 (おもてなしの心)  日本の心「礼」

接客マナーは心の礎 (おもてなしの心) 

人を想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは人との「和」「おもてなし」の『心』です。
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お辞儀

お辞儀


お薦め度【★★★☆☆】全業種、業態用

お辞儀は、相対する人を尊び敬い、その相手への自らの心を表し伝えるために行います。
即ち、相手に対する【】を表す「人現力」※です。
人現力=その人の人柄(心)を表現する力

人は自らの心で、己の態度や言動を見つめることで自分自身の品位を築きそれを高めます。
お辞儀を始めとした「礼法」を自分のものとすることは、
心法」とも言うべき自らの品位を高め品格を育むことです。

日本人は皆、殆どと言っていい位お辞儀をします。
現在ではイタリアインテルのサッカー選手たちが、
長友選手のしているお辞儀の心を知り、彼を見習いお辞儀している光景も見られます。
お辞儀は心を清らかに澄まし、姿を正し、もの静かに屈体し、頭(コウベ)を下げ行います。
どの様なお辞儀でも、最後は必ず無心で頭(コウベ)を下げることが作法とされています。

威儀を正し、儀を尽くしつつ、後に作法に徹すべし
ということが大事なのです。
※国語辞書には以下のように記されています。
【威儀】 挙措動作が式にかなっていること。
また、式にかなった、重々しく威厳のある態度・動作。
【儀礼】 慣習によりその形式が整えられている礼法。礼式。
一定の形式に則って行われる宗教上の行為。

古よりお辞儀は、己の身を小さくすることとされて来ました。
また、人間の身体で最も弱い部分であるを相手の前に差し出すことから、
「私にはあなたへ敵意はありません」
「あなたへ敬意を持って接します」
と言うことを表します。

別な捉え方として、お辞儀は対面し、接する相手に「思い遣り」=思いを届ける、
の意を表現する目的があり、自らの心を、相手の心へ近づける意を表すために、
胸から前に出すように意識し、腰から折り曲げてするとも言われます。
ですから心(心臓)ある上半身を相手に向けて行うのです。
お辞儀(礼)は日常生活、ビジネスの場、接客接遇の場などあらゆる場面で、
円滑で潤いのある人間関係を築くために無くてはならないものであり、
相手に対する己の心の姿勢、思いやりや敬意を表現伝達する為にするのです。
この原義原則を弁え、決して疎かには出来ないのです。

「礼」は、
 人相互の軋轢(アツレキ)を防ぎ、行動に根拠を持たせる、当然の作法のこと。
 礼儀・礼と言った秩序。自らの行いを丁寧にすることを「礼」と言います。

元々は宗教儀礼でのタブーや伝統的な習慣・制度を意味しています。
後に、人間社会の上下関係で守るべきことを意味するようになりました。
儒者の中でも、性悪説の立場に立った荀子は特に「礼」を重視したと言われています。
五常の「仁」のみであってはいけませんし、「」なくして、礼はあり得ないという事です。
大人と子供の違いは、「」が何たるかを知り、身に着けているか、否かです。
この「礼」を弁えてこそ、初めて一人前の社会人と言えます。

己を謙遜し、相手を尊び敬い、「」を其の場、其の時の状況(Т.P.О)に
応じて自らの行動が出来るように、弁える事が「」と言います。
※人の世に秩序を与える礼儀、礼は、仁を実践する上でとても大切です。
親や年長者、目上の人に礼儀を尽くすこと、自分を謙遜し、相手に敬意を持って接することが
場合に応じて自分を律し、度を持って行動することがといえます。


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