接客マナーは心の礎 (おもてなしの心)  「ありがとう」の由来

接客マナーは心の礎 (おもてなしの心) 

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感謝の言葉の由来は

お薦め度【★★★★】全業種、業態用

かんしゃ5感謝
 

感謝を伝える「ありがとう」の言葉は相手の目を見て[ 愛・I・Eye コンタクト]して伝えます。
積極的に感謝の言葉「有難う」「お陰様で」を心から伝えていれば、
感謝の「リターン・アイ(愛)」に成って自分の処に帰ってきます。
この「ありがとう」は「有難い」の語彙であり、お釈迦様が言われた「有難い」に由来しています。

お釈迦様の言われた“ありがとう”の由来

【以下、仏教の教えから引用】

感謝表現の“ありがとう”は漢字で、“有難う”書きます。
“ありがとう”は、実は仏教に由来する言葉です。
有難い”とは、“有ることが難しい”と言うことで、“滅多にない”ということを表わしています。
その元になった話を紹介しましょう。

〇盲亀浮木の譬(もうきふぼくのたとえ)
お釈迦さまがある時、阿難(あなん)というお弟子に、
「そなたは、人間に生まれたことをどのように思っているか?」
と尋ねられた。
「はい。大変よろこんでおります」と阿難は答えた。
お釈迦さまが、
「では、どれくらい喜んでいるか?」
と重ねて尋ねると、阿難は答えに窮した。
するとお釈迦さまは、一つの例え話をされた。
これは「盲亀浮木の譬」と言われているお話です。

「果てしなく広がる海の底に、目の見えない亀がいる。その亀は百年に一度海面に顔を出すのだ。
広い海には1本の丸太棒が浮いている。その丸太棒の真ん中には、小さな穴がある。
丸太棒は、風のまにまに、波のまにまに、西へ東へ、南へ北へと、漂っているのだ。
阿難よ。 百年に一度浮かび上がるその目の見えない亀が、浮かび上がった拍子に、丸太棒の穴に、
ひょいっと頭を入れることが有ると思うか?」
聞かれた阿難は驚いて、
「お釈迦さま、そんなことは、とても考えられません」
と答えたそうです。
「絶対にない、と言い切れるか?」
お釈迦さまが念を押されると、
「何億年×何億年、何兆年×何兆年の間には、ひょっと頭を入れることがあるかもしれませんが、
ない、と言っても良いくらい難しいことです」
と、阿難が答えると、
「ところが、阿難よ。 私たちが人間に生まれることは、その亀が、丸太棒の穴に首を入れることよりも、
難しいことなんだ。 有難いことなんだよ」
と教えられています。
【以上、引用終り】

このようなことが「有難い」の由来と言われます。
この「ありがとう」の言葉は、「感謝したい気持ち、身に沁みて嬉しい」の語彙があります。
他に感謝にたえない/かたじけない/自分にとって好都合な状態で/嬉しい尊い/珍しい
/自然に伏し拝みたくなるような様である/ありそうにない/殆ど例がない/滅多にない
/生きていることが難しい/暮らしにくい/滅多にないほど優れている。などの意味があります。
「ありがたい」とは「有」ることが「難しい」ことを表し伝える事を指します。
即ち他の人には、中々出来ないことや、有り得ない(有ることが難しい)お客様がお見え頂くことを
【ありがとう】のひと言で表現するのです。

また、【ありがとう】のひと言は、相手を思い遣る優しい心で伝える時の言葉です。
ですからお客様がお帰りになる時には【ありがとう御座います】の言葉でお伝えし、
謙虚な態度で深々とお辞儀をしながら(又は静止時)に≪有り難い≫を意識するようにします。
このお客様を想う心の姿勢は、不思議と伝わり多くのリピーターを作るものです。


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