接客マナーは心の礎 (おもてなしの心)  仏教十の徳目「畏」

接客マナーは心の礎 (おもてなしの心) 

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」「れ」 (オソレ)

【my学びメモより引用】

お薦め度【★★★☆☆】全業種、業態用

畏れ

」「」という熟語があるように、
特に「かしこまる気持、敬う気持」
が含まれる場合はこちらが適しています。
「神をもれぬ行動」などと使います。

仏教では「畏」を、五怖畏(ゴフイ)と示します。
それは不活畏、悪名(アクミョウ)畏、悪道畏、
死畏、大衆威徳(ダイシュウイトク)畏と言われ、
人間が生きていく中での五つの畏れです。



私達は健康で長生きしたいという、生を肯定した日常生活です。
その生の肯定には生の不確かさ不安を抱えています。
詰り死に向かう日常生活の中で現れる不安、畏れです。

五怖畏

一つは「不活畏」、

このままで生きていけるだろうかという畏れです。
馘(カク)首や老後の不安等々により、現在も未来も不安なのです。
毎年三万人ほどの自殺者があることが、これを表しています。

二つには「悪名畏」、

関係性の中で生きている人間は、自分の名、評判が気になる、
自分がどう思われているかという畏れです。
とくに面子に拘(こだ)わる人にとっては大問題です。

三つには「悪道畏」、

例えば不治の病にかかったり、不慮の事故に遭ったりすることです。
なぜ私だけが、こういうことに遭わなければならないのかという畏れです。
しかし、これは日常性の中に埋没して忘れており当事者になってはじめて分かるものです。

四つには「死畏」、

死への畏れです。
皆にある不安ですが、不治の病にかかったり、高齢化したりしないと実感が湧きません。

五つには「大衆威徳畏」、

一人毅然(キゼン)として生きていこうとしても周りが気になる。
流行などもそうですが、人が自分のことをどう思っているのかと
周囲が気になってしまう他者の思惑、そういう畏れの中に生きています。
人々の恐怖心や不安を取り除き、畏れなき安心を与えることを〈無畏施〉という。
袖振り合うも他生の縁というように絆の大切さ、
生きとし生けるものの命の尊さ、自然との共生などを教えました。
更に生活の徳目として、自己の利益のみを追求することなく、他の人々に利益を与える利他を勧め、
自利利他の円満という理想を示します。

かの宮沢賢治は、

世界全体が幸福にならない内は、個人の幸福はあり得ない
と、利他の重要性を強調しました。

友愛」という言葉があります。
それは、自分の気に入った人だけが「友」で、
好きなものだけを「愛」の対象にするならば、それはエゴであり、
利他の対極にある自利に他ならないということなのです。

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