接客マナーは心の礎 (おもてなしの心)  「謙虚さ」と「謙遜」

接客マナーは心の礎 (おもてなしの心) 

人を想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは人との「和」「おもてなし」の『心』です。
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謙虚な人と謙遜

お薦め度【★★★★】全業種、業態用

謙遜・謙虚
謙虚さの“謙”の字は、下へ下へと遜る、
“虚”という字は、目に見えないバーチャルな物の総てを、
自らが何もない状態からプラスに受け入れることを指すと解します。
詰り、謙虚と言うのは、自分のものを何も持たないで、
総て受け入れることですから、全部がプラスに感じ取れて、
自由な心に成れると言うことです。
自分の持たないものを素直に受け入れられる人が
最高に謙虚な人だと思います。



謙虚さとは、触合う人に対して「思いやり」と「敬意」、「利他の心」を以って接し、
物事や心の本質がどんなことかを気付く為に必要とされる、心と身体の姿勢だと思います。

一方謙遜は、目上の人、同輩に対して必要なばかりではなく、
寧ろそれら以上に、目下の人に対する場合に必要なことだと思います。
目上の人に対して下心があり、卑屈な人間は、目下に対して多くは傲慢に成り易いと思います。
謙遜とは、単に遜るということばかりではなく、相手との関係に於いて、
どのような相手に対しても常に己の心を失わないことであると考えます。

謙遜」は、勢いが盛んな者であっても、
必ず衰え滅びる時がやってくる盛者必衰(ジョウシャヒッスイ)を自覚認識した上で、
己の名誉に先立っている意識や行為と考えられます。
それは、「有りの侭の自分を素直に認めている姿勢」を持ち、
謙遜の出来る人は「自分の言っていることと、存在(実際の言動・態度)が一致している人」の
ことを言うと思います。

では、そのような自分自身を確立出来る人は、果たして世間にどの位いるのだろうでしようか。
人は、自分が駄目だと言っている時には、本当に駄目な自分を頷いている時であり、
自分が相手を誉めている時には、本当に相手に対して敬意を持っている時が多いようです。

謙遜することが出来る人とは、真の心を備え、正直、誠実な人で
自分に対する過度な評価を望み求めない人のことを指すと考えられます。
そう言った人は、自らを過小評価も過大評価もせず、
淡々と自分自身の有りの侭を認められる人、その様な人は「付合い易い人」であり、
最終的には人々から大きな支持を得られるようになります。

人が謙遜になれないで傲慢に成り易いのは、
その人が物事の真理や人の道に真剣に取り組んでいないからかもしれません。

人は、現状に安住し、知らず知らずの内に道を極める努力を怠っていると、
人間としての成長が止まるだけではなく、傲慢になってしまったり、
卑屈になってしまったりする場合が多いと思えます。
そう考えると、謙遜の出来る人になる道程は、そう簡単ではないと思えます。

以下。あくまで私的な表現です。

謙虚は、自分自身の心のコップが空の状態を偽らず正直に表現すること。

謙遜は、我欲を捨て自分の心のコップの中の水の量が、どの程度あるのかを素直に表現すること。

偽った謙遜は、心のコップの中にある程度の何かしらの水が入っている状態なのに空だと偽り、
自分に都合の良い或はオイシイ水を注いで貰うこと。傲慢で自分中心(利己的)な意識を言う。

では、どんな時でも、誰に対しても、謙遜が自然体で出来る人に、どうしたら成れるのでしょうか?
その第一歩は、謙虚と謙遜とは、どのようなことかを正しく学び知り、身に修めることだと思います。

謙虚と謙遜

辞書検索に拠ると

謙虚】 控え目で、慎ましいこと。遜って、素直に相手の意見などを受け入れること。また、その様
謙遜】遜ること。控え目な態度をとること。また、その様。

謙虚の「四文字熟語」。【四文字熟語の戸棚より引用】

・謹厳実直(キンゲンジッチョク)慎み深く、誠実・正直な様。真面目な人間の様子。
「謹厳」は慎み深く、おごそかなこと。「実直」は正直で、真面目なこと。

・衣錦尚炯(イキンショウケイ) 四文字熟語の戸棚より
 才能をあからさまに外に出さず、謙虚なこと

謙遜の「四文字熟語」。

・寡聞少見(カブンショウケン)見識が狭く世間知らずなこと。

・寡聞浅学(カブンセンガク)見識が狭く学識が浅いこと。

◆「謙虚」「謙遜」の名言

『実るほど頭を垂れる稲穂かな』(日本の諺)

『教養ある人間は他の人格を尊重し、従って常に寛大で柔和で腰が低いものである』 (チェーホフ)

『謙遜は力に基づき、高慢は無力に基づく』 (ニッツ)

『懸命になればなるほど、人々は腰を低くして、他人から学ぼうとする』 (ベーコン)

『他人は、総て自分よりもアカンと思うよりも、他人は自分より偉いのだ、
 自分にないものを持っているのだ、と思う方が、結局は徳(得)である』
 (松下幸之助)

『素直な心というものは、総てに対して学ぶ心で接し、
 そこから何らかの教えを得ようとする謙虚さを持った心である』
(松下幸之助)



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