接客マナーは心の礎 (おもてなしの心)  自利利他の行い

接客マナーは心の礎 (おもてなしの心) 

人を想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは人との「和」「おもてなし」の『心』です。
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他者に与えるもの

お薦め度【★★★☆☆】全業種、業態用

与える最澄

仏教には、人に対し、行動(活動)行為をしたり、物を与えたりする時は、
自分に今出来る、最高な心と最大のものを与えることが大切だと教えがあります。
その様な時には、利己を意識せず、出し惜しみや物惜しみをしてはいけないともあります。

例えば、人に何か仕事や個人的なことを頼まれた時に、
他人に頼まれるということは、自分に出来ると言うことですから、
その時は、いい加減に考えたり、さじ加減をしたりせずに依頼されたことをしないようにし、
手抜きをせずに、自分の現在出来る精一杯のことをすれば良いと教えにあります。
一番いいのは、相手が期待している以上のことを行うことです。
決して、そういったことは言葉や態度に出さないで自然体ですることだと考えます。

また、事後ありがちな恩着せがましい問いかけなどをしてはいけないと体験からも思います。
そうすれば相手は
あなたに頼んで本当によかった!」と喜び、満足して貰えますし、
自分自身も「役に立ててよかった」と、安堵感や充実感を味わえるのです。
他方、得るものの方は「適量」でいいと説かれています。
それは、最大ではありません。
なぜなら「得る」ということは「」と同じで際限が無いからです。

例えば、いくらお金が欲しいですかと聞かれると、
皆さんはどのように答えられますか? 
お金が無い時は、一万円でいいと言うかもしれません。
しかし、一万円が手に入ると、
今度は二万円、十万円と、膨らんで行くのが人の心(欲)です。
結局、幾ら在っても「もうちょっと欲しい」と望むことになります。
人間の「欲」にはきりがなく、
止まることなくどんどん膨らんで行きます。

しかし不幸なことに、自分が欲するものを
総て獲得するのは不可能に近いと思います。
また、喩え幸いにも獲得したところで、
それは一時的なものですから存続しません。
この「欲しいものが手に入らない」ということから
生まれる不満感で、私達はずっと苦しみ続けます。

また、仏教では「得るものは適量」ということを教えています。
無制限に「いくらでも欲しい」と考えるのではなく、
自分が幸せに生きるためにはこの位で充分
という己の適量(分度=二宮尊徳の教え)を、予め計り知ることがとても大事だと教えています。

即ち、「己を指差し、自分の器を自覚認識せよ」と言うことだと思います。
仏教で言われる布施や一般社会で他者に対する情けを持つこと、
 (情け=人間味のある心。他人を労わる心。人情。情愛)
利他とも言える、思いやりと言ったことの行いをする際に、
このような意識を備え持つことが大切だと解します。


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