接客マナーは心の礎 (おもてなしの心)  「徳」の文字に隠された日本の心

接客マナーは心の礎 (おもてなしの心) 

人を想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは人との「和」「おもてなし」の『心』です。
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「人徳」と「仁徳」

お薦め度【★★★★】全業種、業態用

徳の文字

」と「」の文字の組立の本来の原義を色々と調べそのは「直き心」であると知りました。

辞書によると「徳」の語は、立派な品性や立派な人格。恵む。有り難く思う。もうけ。と在ります。
漢和辞典『新字源』に、「」は旧字体として<德>、異体字(古字)として≪悳≫が載っています。

「徳」の旧字の「德」の字は、その前身が「彳」と「悳」により形成された「憄」という字とされる。
「直」と「心」をタテに重ねた「直き心」の「悳」の字を[とく]と読みます。
「悳」に「行なう」の意を持つ「彳」が加わって「徳」という字が生まれました。 

この「直き心」は、『論語』の子罕(しかん)」に記されてある、
意なく、必なく、固なく、我なし」を踏まえた誠実で素直な心のことを指しています。 
「意」は、思い込み。
「必」は、無理押し。
「固」は、固執。
「我」は、我儘。
勝手な心を持たず、無理押しをせず、執着をせず、我を張らない
という柔軟な思考と客観性を保ち「直き心」を行い続けて「」を積んだ人を人徳者、
或は有徳者と言い、私見でその人の固有の持つ「人徳」、その仁の心である「仁徳」と解します。 

直き心」は、真理を愛する心で、直は「すなお」の意で、正直・実直・率直・撲直などで、
直往邁進(ちょくおうまいしん)して「義」の為に、「勇」を奮うのも直とされています。
※【直往邁進】ためらわず真っ直ぐに進んで行くこと。

って邪なこと、卑怯なこと、緩慢なこと、優柔不断なことを嫌う。
心が直く正しいものは、言うことに嘘偽りがない誠実さに当たると解します。
元来、嘘と言うのは、自分の悪事を隠すためか、体裁を飾るためか、
或いは不当の利益を得るためなどに、その方便として言うもので、
一時はそれで通れることがあっても、決して何時までばれないで済むものではありません。

また、一度嘘を言ってしまえば、それを隠すために第二の嘘をつき、第三、第四、第五と
際限なく嘘を言うようになって、人々から相手にされなくなり、
その結果、周りの人々から見放されて孤立したり、いじめに走ったり、
或は人としてあるまじき様々の犯罪の起因になったり、
自分が嫌になり世間から離れるようになり、
大切な命を自殺に追い込むはめにもなり兼ねません。

「人として成してはならない過ちやいかなる悪事も嘘から始まる」と言われる様に、
そのようなことをする人の元をただせば嘘をつく習慣によると考えられます。

我達は、自分の都合などで些細なことでも、決して嘘を言わぬようにすべきです。
古より「嘘も方便」と言われている、相手を思いやってつく嘘は、
表裏一体」即ち裏表のない心で、表は嘘でも、その裏側に相手への慈しみや思いやりが
隠されている言い回し「仁徳」と解します。

但し、自利、利己とも言える、保身のためにその場凌ぎや言い訳でつく嘘は、
嘘は方便」でなく「嘘は自他からの逃避」と捉えて良いのではないでしょうか。


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