接客マナーは心の礎 (おもてなしの心)  『礼』と『仁』

接客マナーは心の礎 (おもてなしの心) 

人を想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは人との「和」「おもてなし」の『心』です。
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」を「」に生かす

お薦め度【★★★★】全業種、業態用

礼に始まり1

現代社会は、『』が疎かになっていると感じられることが様々な処で見聞きします。
例えば、
目上の方や上司との会話で、腕組みや足組みをして聞いていたり、
目上の方への承諾を「了解しました」と返事をしたり、
喪中なのに「新年おめでとうございます」と言った挨拶言葉を平気で使ったり、
目上や教えを受ける人に「参考に成ります」と平気で話したり、
教えて貰うだけでそのあとの経過を返さなかったり、
先人への節度の無い言葉使いや無な態度だったり、
このようなことを成さない社会人が増えていると思われます。

即ち、利己的な『』を尽くさずとも生きて行けると
安易に考える人が意外と多いのではないでしょうか。


以下、『』の大切さについて以下、学びメモと論語から記します。

新渡戸稲造氏は、その著『武士道』で、
礼は寛容にして慈悲あり、礼は妬まず、礼は誇らず、驕らず、
 非礼を行わず、己の利を求めず、憤らず、人の悪を思わず


また、江戸中期の儒学者太宰春台氏は、
は目で見え難いが、義は行動となり、礼は形となって表れ目に見える。
従って、礼を厳しく躾ければ、その過程でなぜそうすべきか解り、
 悪い心を持った人間でもその行儀作法と共に、心も自ずから正しくなっていく

とそれぞれ著書のなかで記しております。

」は、「」によって育まれた気持ちを『礼』に依って形とする。
」のみであってはいけませんし、「」なくして『』はあり得ないということです。

即ち、「」は「」を具体的な行動として、表したものです。
元々は宗教儀礼でのタブーや伝統的な習慣・制度を意味し、
後に、人間社会の上下関係で守るべきことを意味する。

孔子の論語の中にある以下の語に「」の心が窺い知れます。

礼を学ばざれば、以って立つことなし。』 [季子第十六]

礼を知らざれば、以って立つことなし。』  [尭曰第二十]

[原文の意味・解釈]
孔子は長男の伯魚に、庭先で「礼」を学ぶことを強くすすめた。
「礼」を知らないと、人格形成が出来ず、人間関係が上手くいかないからだ。
伯魚の告白によれば、直接の父である孔子から教えを受けたのは、
庭先で会って「詩(学問)の勉強」と「礼の勉強」を薦められた。
この二つだけだったと言っている。
さしずめ現在ならば「庭先での教え」は家庭で親が子に教える「躾教育」と言ったことです。
また、孔子は「礼儀作法」を重んじた。
「礼」を知らない「無礼者」になるな。
【引用終り】
」とは「礼儀作法」のこと。
今流に言うと「礼儀」は、「マナー」と「モラル(倫理・道徳)」、
「作法」は、「ルール」「規律・規則」と言うことでしょう。


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