#おもてなし は「心の礎」 (旧・接客マナーは心の礎) 相手を認める-「筋を通す」

#おもてなし は「心の礎」 (旧・接客マナーは心の礎)

人を心から想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは「おもてなし」の『心』です。
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ハート無題1s #思いやり ってどんなこと? ハート無題1s

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当ブログに御訪問戴き、誠に有り難うございます。

この心の礎に載せてある「人の心」や「対人関係」の記事は壮年に至るまで先々のことや人の心や思いを意識せず、
目の前の「楽」やその時の感情・我欲を自制出来ず、刹那に生きてしまった、と自省のキッカケとなった壮年後の
学びから気付かされた他人への「想像力や心に関わる心」の在り方、持ち方などを過去の実体験に照らして知った
知識や智慧など,御覧戴く皆様の今後の社会生活や仕事上で僅かでも役立てて頂けたらと考えて載せております。
ですから書いている私が記事内容の総てが出来るのではなく甘く見ても2~3割程度しか生かして使えません。
思いやりや礼節・感謝・誠実などの心に関する項目は「対人関係」上の参考資料として使って戴けると幸いです。

私的利用外の文章・写真のコピーや転載は御遠慮下さい。教材や営利を目的とした無断引用転載は禁止です。
尚使われる場合は記事の右横、Categoryの上にある「問合せMail」にてお名前・連絡先・目的をお知らせ下さい。

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~「見かけ」と「中味(心)」~

見かけ中身認める

現代社会は、少子高齢化社会に入ると共に、
個人中心の意識が強まり自分さえ良ければと言う利己的な体質、
感情の自制が出来ず親子が傷つけ合う悲しい事件も増えている現況です。

同時に、
人の思惑が気になり自らの「見かけ」を重んじ、自己顕示の意識が強くなりつつあります。

昔の日本人は「見かけ」も求めましたが、同時に 「中味(心)」も強く求めました。
見かけ」の方は、歌舞伎、鎧兜、浮世絵とか、様々な生活様式や儀式の中に現れました。
日本の美術工芸品の完璧度、様々な「侘び寂び」の「不完全美」は世界が認め称賛しています。
世界からクールジャパンと評価されている現代の「マンガ」文化もその延長線上でしょう。

どの国も「見かけ」を求める文化がありますが、日本ほど「不完全美」や
「完璧」を求めている文化は無いように思えます。
この「中味(心)」は、花道や茶道、武道、武士道、 神道というような「道」に目に映る形で現れました。

日本独自の食文化として、寿司やラーメン、日本料理なども世界中の人々から親しまれています。
こちらも世界中が認め、世界各国に広まっています。
でも、現代の日本社会には 「見かけを求める文化」が溢れ、目立ち過ぎているように感じます

何故なら、
安心、合理性、豊かさ、安全、便利、社会的成功」などを
を求める心と、「中味(心)」を求める心は共存することが甚だ難しいからです。

私達日本人は、
その「中味(心)」が伴わないという自分の中の不安から逃れることが出来ません。
それを誤魔化す為に、戦争中は国策として、「日本は神の国だから負けるわけがない
という論理を無理に国民に押し付け、不安を抱かせないために自信を付けようとしたのだと考えられます。

また、スポーツなどで言われる
「メンタル」の弱さもこの不安によるものではないかと考えられます。

我が国での経済成長の時代は、 経済的な成長の中に不安を払拭する自信を求めました。
また現代では、オリンピックのメダル数やノーベル賞、マー君・イチロー選手など、一部の人の活躍によって
日本人の優秀さ」を確認しようとしています。
一方では、他人に対して、人の思惑が気になり自分の意見や志を堂々と述べられません。

日々テレビやネットなどを見ていると、
「こうしたら魅力が増す」とか、
「こうしたら好かれる」とか、
「モテる仕草は、人を惹き付ける言葉の色々」とか、
「スタイルが良くに見える下着」とか、
「年齢を隠すことが出来るアンチエイジングの化粧品」とか、
「若々しさを保つためのサプリメント」とか、
「魅力的なパフォーマンスの色々」とか、
「成績を上げるビジネス塾」とか、
お金を払うだけで「見かけ」を取り繕うことが出来るものばかりが目立ちます。

そして、町中では綺麗にお化粧をして、素敵に着飾って、美しくない日本語を話しています。
昔場末の女性しか使わなかった汚い言葉を、今は若くて可愛い女性が平気で使っています。

「お金」で取り繕うことが出来ることに関しては良いのですが、「中味(心)を大切にする」
という価値観が薄れ、消えかけているように思えてなりません。

温暖化対策のための様々な政策や商品も本気で温暖化の問題を
考えているとはとうてい思えない「見かけ」ばかりのものが多いようです。

昔の人が人間関係で、大切にした「筋を通す」ということが出来ない人が多くなっているのです。

それは、
自分の生き方」に不安を抱え、 「自分独自の哲学・志」を
確り持っていないからだと思われます。
ですから、みんな場当たり的、対処療法的、見かけ倒し、綺麗ごと、ばかりが横行するのです。

難しいのはその「中味(心)」は一度失われてしまうと、
それがどういうものであったのか分からなくなってしまうことです。
何故ならその「中味(心)」は目に見えないバーチャルなものだからなのです。

この「中味(心)」は、
人と人との触合いの中で直接手渡さないことには、互いが伝え合うことが出来ません。

そしてそれは、「人としての温もり」を互いが通い合わせることで伝えられるのです。
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