接客マナーは心の礎 (おもてなしの心)  現代の躾&モラル意識

接客マナーは心の礎 (おもてなしの心) 

人を想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは人との「和」「おもてなし」の『心』です。
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モラル意識の変貌

お薦め度【★★★★】全業種、業態用

躾とモラル意識

個人の当たり前やと常識力、モラルは、環境、立場、年齢や体験のより差が出ます。
その中でも、その人の育った環境と体験や年齢による差異は顕著に表れます。
厳しいをされて育てられた人、甘やかされ自由奔放に育った人でも差異が生まれます。

特に「」は、子供の頃からの親の考え方、取組み方や育った生活環境に
大きく左右される場合が大変多いのでないかと思われます。

当然ながらベテラン社員と新入社員との常識力は異なりますし、
20代の若者と40~50代の人間では常識力が異なるのは当たり前です。

の根本は、社会の為に働く人間としての
誇りの自覚と認識と周りの人々への思いやりです。

一般社会人の「躾」と「モラルの修得は、
人として社会人としての様々な決まりを
「学習化」⇒「習熟化」⇒「習慣化」⇒「習性化」
のプロセスから成立つこと認識し、それを実施することです。

また、挨拶力も捉え方によっては「常識力」に含まれると思われます。

社会には、様々な常識力がありますが、その基礎となる「躾」「モラル」について考えてみます。

さて、20世紀末頃迄は、日本人は人の目人種と言われ子供は人様に対する「」を柱に

「そんなことをすると人(誰々さん)に笑われますよ」
「我が家の恥になるようなことは止めなさい」
「みっともないから、やめなさい(してはいけません)」
と言ったように人の目や思惑を意識した躾で育てられて来ました。

これに対し、欧米の子供の躾はキリスト教の教え「善悪」を前提にし
「それは悪いことだからしてはいけません」
「人に迷惑をかけると罰せられます」
「それは、良いことだからしなさい」
と言う風に躾られて育ちます。

要約すると20世紀末頃迄の日本は「恥の躾」、
欧米は、「罪の躾」であると言えます。

私見ながら21世紀に入ってからは、自らが積極的に他者を認めず、
認めて欲しい、認められたいと言う人、個人の利益、安心安全を優先する
「保身?の躾」になっているように思えます。

従って、個を主に捉え、自己顕示や自分さえ良ければと言う考え方、
褒めてぬくぬくと育てられた結果、打たれ弱くキレ易い体質になり、
人としての常識力を軽んじ、モラルを低下させる結果になっているのではないでしょうか。

社会の中枢を担う人や人を指導教育する立場の人に、古より日本人が大切にして来た
人の礎とも言える「義」や「礼」、モラルに乏しい人達が多くなってしまったように受け止められます。

また、私達日本人は、自分の家の物は、よく気をつけて大切に使い、清潔に保ちます。
しかし、海外で公の乗り物の中や施設を汚すのは日本人が多いと言われています。

数年前にあったヨーロッパの有名な遺跡に、日本人の若者の心ない落書きがされていたり、
公共のトイレを汚したまましにしたりする事例が実在しているのが現状です。

私達は、日本人の原点である「義・礼」を省み、
その大切さを再認識する必要があると思われます。

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