接客マナーは心の礎 (おもてなしの心)  おもてなしの「心の礎」を築く(2)-認める-其の1

接客マナーは心の礎 (おもてなしの心) 

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おもてなしの礎-「認める

お薦め度【★★★★】全業種、業態用

おもてなしの原点「認める」


おもてなしの原点「認める

私達は、他者に生かされ、認められながら日々生活をしています。
他人に「認められたい」と思う気持ちは、人間である以上みんな多少なり持っています。
しかし、何人、何事に対しても「認められたい」「認めて欲しい」「認めさせる」などと言った
「見返り」を意識した活動は、決して良い結果を生まないことが多いと思われます。
人に、「認められたい」と思うなら、「認める」活動に専念すべきだと思います。

例えば、挨拶挨拶の語彙を知っていて、
誰にでもこちらから進んで挨拶する人。
認められたいから、こちらから挨拶する人。
その時の気分(感情)で、挨拶をする人。
好きな人、認めて欲しい人、認めさせたい人だけに挨拶する人。
挨拶された人だけに返す人。

このように挨拶一つを取って見ても、様々な「認める≒認証」活動があります。
他人に「認められる」ことは、「認める」ことの結果と捉え
自分を「認めて貰いたい」や「認めさせたい」と言う気持ちや「アピール(顕示)」ばかりを意識し、
自らが何らかの『見返りを求めたり、望んだり』する言動や態度は
誰からも「認められない」要因となると、心得て置いた方が良いでしょう。

今の日本の社会で薄れつつある意識を表している
「美しい花は、己の綺麗さを知らず可憐に咲いている」の語は、
私達日本人の控えめで慎ましい心や侘び寂びの心を表現している言葉です。
これは、思いやりの心であり、日本の心とも言える「おもてなしの心」です。

〇総ては、他者を「認める」から

その人物や話しを受け入れること(受容)は、その人を認めるということで、
相手を「認める」ということは、「私は貴方の言うことをきちんと聞いています。
貴方の言うことは私が耳を傾けるだけの価値があると思っています。
貴方がそういう意見を持っているということをちゃんと理解しています」
と言うことを「言語的、或いは非言語的コミュニケーション」手段を使い、相手に現し伝えることです。

人にはそれぞれ、その人が持っている「良さ」があり、
その「良さ」を見つけることが、自然と人を認めることになるのです。
常々人の「良さ」を探すようにしてみることは自分自身の成長にも繋がりますので心掛けましょう。
他人を素直に認め、受け入れるようにすると、自ずとあなた自身も認め受け入れて貰えます。


※「認める」の原義

【認める】=見える、気付く、判断する、よいと評価するとあり、

1.目にとめる。存在を知覚する。気付く。 
2.見て、また考えて確かにそうだと判断する。
3.正しいとして、また、構わないとして受け入れる。 
4.能力があると判断する。
5.気をつけて見る。じっと見る。・・・・・とあります。 

熟語として「認可・認定・認容・公認・承認・信認・否認・黙認・容認」などが挙げられています。

※認識=物事を見分け、本質を理解し、正しく判断すること。
また、そうする心の働き人間(主観)が事物(客観・対象)を認め、それとして知る働き。知識。)


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