接客マナーは心の礎 (おもてなしの心)  誰彼かまわず『お疲れ様です』 ⁉

接客マナーは心の礎 (おもてなしの心) 

人を想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは人との「和」「おもてなし」の『心』です。
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挨拶言葉に心が表れる

これで良いのか?語彙軽視、形ばかりの挨拶

お薦め度【★★★★★】全業種、業態用

挨拶言葉1

 労い挨拶言葉「お疲れ様です」 

※労う (ねぎらう) 辞書検索 
  苦労や骨折りに感謝し、いたわる。現代では、「従業員の労を労う」同等または下の人に対して用いられている。
  他の使い方=労を労う、使いの人を労う、激務にある人を労うなど


先日の『ヨルタモリ』(フジテレビ系)でのタモリ氏の

子役が誰彼かまわず『お疲れ様です』といって回るのはおかしい

の発言が話題となり、ネット上でもいろいろと語られているようです。

そこで以下、このことについて私なりの見解を記してみたいと思います。

多くの人々は礼儀作法を学ぶ場で、
目上の人には「御苦労様です」は失礼であり、
「御疲れ様です」を使うようにと教えられてきたと思われます。

私は、挨拶の原義や言葉の語彙(≒使う目的)を確り理解していれば、
タモリ氏の言われている
「子供が誰彼構わず「お疲れ様です」と言う形ばかりの言葉は使わないと思います。

要は、どのような目的で挨拶するのか、それに適正な言葉を選択することだと考えます。
極端な捉え方ですが、言えば良いだけの口先だけの挨拶や
胸の前で手を組みお辞儀をする(韓国のコンス)手組みスタイルといったことは、
挨拶やお辞儀の心を弁えず、見た目や形を重んじ、恰好良さを優先する
心の感じられない、形だけのパホーマンスとして行っている結果ではないかと考えられます。

』には、身体に体温があり、心には温もりがあり、それは、言葉で伝えることが出来ます。
』の文字は、言うまでもなく他者を支え、人々に支えられていることを表しています。
言葉は時代によって大きく変化しますが、それを使う人としての心は変わりません。

この言葉の文字は、「心」と口」と様々な日本語と言う「木に繁る葉」で組立てられています。
言葉には、話すその人の「」=【魂・言霊】が存在しています。

例えば、朝の挨拶、「おはようございます」は、
・あなたに支えられていることに感謝します。
・私は元気です。
・あなたも元気ですか?
・皆さんはいかがですか?
・早朝からお疲れ様です。(ご苦労様です)
・皆さん、私は元気ですから、要らぬ気遣いはしないで下さいね。
・今日と言う一日の為に、新しい気持ちでスタートしましょう。
 と言った語彙があります。

また、飲食業、販売業や医療の現場で慣れ親しんでいる挨拶言葉に、「ありがとう御座います」、
医療施設では、「どうぞお大事に」、この二つ挨拶は、簡単な言葉なので意外と疎かにされ、
言葉の語彙など意識せず、無意識の内に口調を意識せず何気なく使いがちな言葉です。

ところが、この二つの言葉は、夫々に重く、大切な意味があるのです。
「ありがとうございます」の言葉は「有難う」と「御座います」の二つの語句で組立てられています。
「ありがとう」は、即ち伝える相手に対する、感謝、嬉しさ、有難さ(=有り得がたい)の心の表現であり、
「ございます」は相手に対して敬意を示す尊敬語です。

「お大事に」は、病んでいる患者さんへの慈しむ心、思い遣りの心である気遣いと心
配りを伝えるために用いられる「どうぞ、御身体をお大事に成されて下さいませ」を簡素化したひと言です。

接客や接遇でおもてなしをする側も『人』、当然ながらそれを受ける相手も『人』です。
感謝を表し伝える「ありがとう御座います(ました)」の言葉、患者さんへの思い遣りの言葉は、
『人』の温もりと心の感じられる「ひとの言葉」と「ひとの声」と意識し、触合う人々に伝えましょう。

「ひと言」は『人』の言葉であり、「ひと声」は『人』の声であって、【一声(音)】ではありません。
声(音声)は、人間以外の生物でも発することが出来ます。
人間以外の生物には心がありませんが、『人』には、魂とも言える心があります。
よって、【一声】では、『人』の心を表し伝えることは出来ません。
この「ひと言」「ひと声」の重さ、大切さを常に自覚すると共に、「人言」「人声」は、
『人間力』を表し、伝えるために使うものであると常々強く自覚することをお勧めします。
自らの言葉の使い方と声の表情(=口調)を、
この「人言」と「人声」を意識し見直してみましょう。
たかが挨拶、されど挨拶。言葉の選択を大切に。】
一つひとつの言葉の心(言霊)を大切にしながら、日々使いたいものです。


※以下、週刊ポスト2015年8月14日号より転載

★ウェブ他の関連記事(リンクしてあります。クリックするとジャンプします。)
タモリが「お疲れ様です」は目上の者に使ってはいけないと
タモリ口火の「お疲れ様禁止」「こんにちは」導入の会社も

7月26日放送の『ヨルタモリ』(フジテレビ系)でタモリが、
「子役が誰彼かまわず『お疲れ様です』といって回るのはおかしい」
「『お疲れ様』というのは、元来、目上の者が目下の者にいう言葉。

これをわかっていないんですね」と力説し、民放連(日本の民間ラジオ・テレビ業者が所属する団体)が
子役に「お疲れ様」といわせないよう申し入れをすべきだとまで提言し、波紋を呼んでいる。

「お疲れ様」はいつの間にやら、若い世代の中で挨拶のスタンダードになっているが、
上から目線の言葉ではないかと違和感を持っている中高年が多く、
このタモリの発言に快哉を叫んだ。「お疲れ様です」を巡っては社内で軋轢が生じ
「お疲れ様禁止令」が出された広告代理店もあるという。

どうしてこんな現象が起きるのか。言語学者の金田一秀穂氏はこう分析する。
「お疲れ様は、いたわりの言葉。力のある者でなければいたわれないので、
いわれた側は“上から目線”を感じてしまう。私も学生が授業が終わった後に、
『先生、お疲れ様でした』というのには抵抗があります。
ただ日本語には、会った時に目上の人に対してきちっと使える万能の挨拶語がないんです。
だから、『いつもお世話になってます』とか『先日はありがとうございました』とか、
場面によって使い分けるしかなかった。

『お疲れ様です』が広がったのは、適当な挨拶が他にないというのも大きな要因でしょう」
例えばテレビ業界では、昔は「おはようございます」が万能の挨拶語だったが
「夜に『おはようございます』は変だ」ということで、
「お疲れ様です」が主流になったという。
その“新スタンダード”に業界の顔であるタモリが苦言を呈したとあって、
テレビ業界はざわついている。

かつてタモリは、居酒屋の店員が使う「こちら○○になります」という表現を、
撲滅しようとしたことで有名だ。

「タモリさんがとくに子役についていったのは、そもそも子供は敬語を使うべきではないからです。
子供は『お疲れ様』でなく『こんにちは』といっていればいい。
子役の人たちは立派な社会人ではあるが、子供は子供。
だからタモリさんには違和感があるんでしょうね。
悪気はなくても、その言葉で相手が腹を立てたら逆効果。
そのことを若者たちも認識しておくべきでしょう」(金田一氏)

「お疲れ様」の広がりには、時代的背景もある。
いまやビジネスも友人関係も「広く薄いつながり」が当たり前になり、
上下関係も曖昧になる一方。

そんな中、「お疲れ様です」は、どんな相手にも気配りを示そうとする、
若者世代にとっての「新しいマナー」ともいえる。
シニア世代も、いずれ「『お疲れ様』といってもらえるだけマシ」(60代男性)という心境になるのかも。


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