#おもてなし は「心の礎」 (旧・接客マナーは心の礎) 心の姿勢が所作(仕草)に表れる-(3)

#おもてなし は「心の礎」 (旧・接客マナーは心の礎)

人を心から想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは「おもてなし」の『心』です。
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この心の礎に載せてある「人の心」や「対人関係」の記事は壮年に至るまで先々のことや人の心や思いを意識せず、
目の前の「楽」やその時の感情・我欲を自制出来ず、刹那に生きてしまった、と自省のキッカケとなった壮年後の
学びから気付かされた他人への「想像力や心に関わる心」の在り方、持ち方などを過去の実体験に照らして知った
知識や智慧など,御覧戴く皆様の今後の社会生活や仕事上で僅かでも役立てて頂けたらと考えて載せております。
ですから書いている私が記事内容の総てが出来るのではなく甘く見ても2~3割程度しか生かして使えません。
思いやりや礼節・感謝・誠実などの心に関する項目は「対人関係」上の参考資料として使って戴けると幸いです。

私的利用外の文章・写真のコピーや転載は御遠慮下さい。教材や営利を目的とした無断引用転載は禁止です。
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〇姿勢と身嗜み-2..

お薦め度【★★★★】全業種、業態用

心の姿勢所作3メラービアン

⦿日本人とメラービアンの法則

古より、私達日本人は、
「他人の思惑が気になる」
「他人の目が気になる人」
「他人の視線が気になる人」
「他人の噂が気になる」
「他人の評価が気になる」
と言っても過言ではないと思います。

同時にこのような日本人の特質からも、自分に対する他者の見方
即ち、思惑を無意識の内に気にするのは当然であるとも思います。

最近はあまり使われなくなった、
「外面(そとづら)と内面(うちづら)」と言った表現の仕方も、
日本人が人の目を気にする特質によるとものだと考えます。

さて、見た目や人の目、第一印象と言うと、
先ず、思い浮かぶのが「メラービアンの法則」です。
メラービアン氏は、第一印象を構成する要素は、
1:見た目55%、2:声38%、3:言葉遣い7%
の3つで構成され、夫々の要素に比率があると説いています、

このことは、言うまでもなく人付き合いで「見た目」が
如何に大きい要素かを表わしています。

人との触合いに、見た目の身嗜みを大切にすることが
好感を与える第一歩であると法則で教えています。

さて、日本人が持つ世界に類のない特質とも言える、
「見た目と人の視線を気にする」「他者の心を気にする」
ことと前記のメラービアンの法則の関係についてです。

私達は単純に他者の[見た目が55%]も占めるのだから、
他者から見られる自分自身の様々な外面的な要素の向上、
同時に身に着ける物、持ち物などを気にすれば良いのでは、
と考えてしまうのはある程度仕方がないと思われます。

これは、日本人はブランド嗜好が強いと言われる所以かも知れません。
さて、メラービアン氏の説く見た目の身嗜みには、
「心」と「身体」の二つがあると私なりに解します。

即ち、身嗜みの「技」には、その人の「心」が現れる、
詰り「心技一体」ということだと考えます。
一般的に身嗜みには手軽な「見た目」の身体に
関連することを重視する傾向があると思われます。
身嗜みに最も大切なのは、
その人の心の状態が如実に表れることを自覚認識しておくことです。

この心の身嗜みを気にせず疎かにしている人は、
どんな素晴らしく素敵で高価な装飾品や持ち物を身に着け、
自らの顔や体が美しくなることにお金や時間をかけても
「形ある物は瞬時に崩れる」が如く瞬時的なものになり
心豊かな本当の幸せを手に入れ掴み難くなるようです。

例えば、素晴らしい衣服を身に着けていても
靴の手入れがされていない、直に他人に見えない下着が汚れ臭いがある、
などと言ったことに、その人の心の情態や意識が表れ易いということです。

人の本来の心の姿(≒本質)を「見た目」だけで
安易に判断することは極力避けた方が賢明です。
「外見の美しさ綺麗さだけでは、末永い人と繋がりや結び付き、お付合いは成せない」
と言う現実を、男女間や水商売の場などで実際に数多くその現実を見聞きし、体験しました。

私達が先の震災復興や少子化に向けて大切にしなければならないことは、
日本人誰もが「心身の身嗜み」を認識し、現況を見直し、
修正すべきことは改めることであると思います。

報道によると、先の大震災や原発事故で変わったことは、
自分の為から、誰かの為に」の意識と、
「豊かな当たり前の生活を見直す≒節約の大切さ」
であると報道などで見聞きします。

震災から五年たった今私達日本国民のが一人一人が出来ることは、
「日本の国と日本人の心のターニングポイント」を強く認識し、
より良い方向付けをし、皆で力を一つにし、努力精進することであると考えます。

サービスの業界では「見た目」や「人の目」を意識し過ぎるばかり、
外見ばかりを飾ったり、磨いたり、人の思惑を気にし過ぎる傾向が多々見られます。

おもてなしや水商売と言われる仕事をしている方々に多く見られる、
「見た目」のエレガントさや素敵さを意識するばかりに、
日本の「おもてなしの心」であるさり気なく自然な立ち振る舞いが成されていない場合が
数多く見られるのも「人の目」を意識し過ぎる弊害と考えられます。

また、日本人は、自分と他者の外見や地位を比較するのを好み、
上下、優劣のランクを付けたがり、自分が周囲に比べて、
上か下か、と言ったこと比べたがる特性を持っています。(←比較相対意識)
と同時に、型や形に当て嵌めて物事を考えたり、捉えたり、行動したりすることも、
日本人の「人の目」を意識することに依るものあると考えられ、
結果として皆がマニュアルに頼り過ぎる傾向があります。

この「人の目」とは、自らの心が勝手に作り出した自らの影のようなもので、
他人が自分のことをどう考えているかというよりも、
自分が自らをどう考えているかの方が近いと思います。

人は誰でも、他者の自分に対する目や思惑を無意識に気にして当然です。
良く言われることですが「恰好をつけたり、見栄を張ってしまう」のも
「人の思惑が気になる≒(相手に)嫌われている(のではないか)」
などと思ってしまうのも、「少しぐらい気になってもいい、自分は平気だと」
と考えた方が賢明ではないでしょうか。

要は、「人の目や思惑が気になっても、気にし過ぎず苦にしない」ようにすることです。
また、人に良く思われたい、悪く思われたくない、
人は人、自分は自分と言うような狭い考え方は
今迄の人様とのお付合いやビジネス体験からも
良い人間関係や結果は得られ難いと思います。
何れにしても「人の目」を意識し過ぎることは、
人の考えではなく、自分自身の考え方だと思われます。
自分自身の心(自らの心の中)で対処、処理出来るものではないでしょうか。

先の予期せぬ大震災に見舞われた被災地の方々、
また先の震災の被災地等で復旧やボランティア活動をされている方々に見られた
自らの「見た目」「人の目」は全く気にせず、自利を捨て他者を思いやる心で
懸命に生活支援し、活動する姿が心に残っております。

この姿は、愛他・利他の心の表れでもあり、サービス業の本質である
自分の為より、誰かの為に」と言った、心の学びであると思います。


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