おもてなしは「心の礎」 (旧・接客マナーは心の礎) 「思いやり(遣り)」って、どんなこと?

おもてなしは「心の礎」 (旧・接客マナーは心の礎)

他者を想い、思う気持ち、『思いやる心』は、人の「心の礎」です。それは「おもてなし」・「マナー」の礎です。
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拡散しましょう「思いやり(遣り)」の心 

お薦め度【★★★★】全業種、業態用

「思いやり(遣り)」って

思いやり」は、人として純粋に親切で温かな心から生まれでる行動「心の活動」のひとつだと捉えます。
人は相手への思いの大小やその表現の仕方は、思う人、思われる人によって様々です。
そしてこの「思いやり」は、相手への想いから自然に自心に生まれ、
多様な人間関係の中で相手があって始めて成立する人の心の概念です。

仕事、社会生活や様々な人との触れ合いの中から人の生きる知恵として
自分の心の中に自然に生まれてこそ、「思いやり」だと思います。
喩え「自分には思いやりがある」と思っていても、(言葉にせず)それを日々人間関係に実践できなければ、
思いやり」ということを考えているだけでは、自分自心を苦しめる結果になると考えます。

人の思いは、何事に於いても実践できなければ、自分が惨めになり、自己嫌悪に陥ります。
思いやり」のある人は、人の気持ちに敏感で感受性が強い人が多いと実感しています。
そのような人は、自分自身も傷つき易かったり、相手の顔色が自然に気になったりします。

思いやりのない人」と思える人は、どちらか言うと人の気持ちに鈍感な人だと思います。
若い頃の私がそうだったように、人間の持つ「」を知らず、
即ち「思いやり」の概念意識が無ければ思い悩むことはありません。
では、知らない方が良かったのかと言えば、そうではありません。
私の場合、思いやりってなに?の一言がその後の生き方の道標になりました。

思いやり」の心は備えたい、持ちたい、と考えて持てるものでもなければ、
どんなに本を読んだり、人からの話を聞いたりしても備わらないものだと思います。
また、「思いやり」は、人の触れ合いや人間関係に於ける体験の積み重ね、
自分の心との闘いなどから、自らの心に自然に生まれ育つ意識です。
押し付けや意図的な「思いやり」は、わざとらしさやよそよそしさを感じさせますから、
平らで冷静心とく心を備えていれば、直感的に分かることだと思います。

自心に背を向け、自分の頭の中だけで考えるだけの「思いやり」は、
ただ単に「思い込み」であり、その人の心が表われる「思いやり」とは言えないように思います。
それは、身勝手で独りよがりの単なる「思い込み」であると捉えます。
当て字ですが「※思い矢理
即ち、人の心や人として、筋や理の通らない思い矢理だと考えられます。
※思い矢理(自作)―思いを遣わせず、届けられず、その思いを無理矢理をあらわし、通すこと。

本物の、人を思いやる行為や心の活動は、巡り巡って形を変え必ず自分自身に」戻って来る。
何の見返りも求めず、期待せず、自分の備え持っている心やものを無償で分かち合う。
触れ合う相手のことを気にかけて、進んでひと言をかける、
こうした相手への利他心とも言え、礼節を大切する精神から「思いやり」が生まれます。

現代社会でこのような「思いやり」の心が希薄になってきた理由は、
個人中心の生活環境になったことや親の躾と道徳教育に因るばかりではなく、
大きな理由は経済的に豊かになり、情報に溢れすぎたIТ社会になったことがあげられます。 
古からの教えに※「衣食足りて礼節を忘る」にある
経済的に豊かになったことが他人との関わりを持たないで
一人でも生きていけると錯覚すること、にもよるのではないかとも考えられます

※『衣食足りて礼節を知る』 (故事ことわざ辞典より一部引用)

【出典】『管子』
【意味】人は生活に余裕ができて、初めて礼儀や節度を弁えられるようになるということ。
【注釈】衣服と食物は、生活をする上での根本であるから、
     それらが満たされることによって心にもゆとりができ、
     礼儀を知ることができるものだということ。
『管子・牧民』に「倉廩実つれば則ち礼節を知り、衣食足れば則ち栄辱を知る」とあるのに基づく。
・・・・・・引用終り。


喜怒哀楽や苦労・喜びを共に味わう機会が少なくなってきたことが、
思いやりが希薄になってきたことの最大の要因です。 
個々人が相手の苦労、辛さ、苦しみ、切なさを身に沁みて感じ受止めていれば、
今社会で起きているような人として残念な行為や事件を引き起こすことが減ると思います。 
自己都合とも言える自分の気持ち「我儘・気儘」が、「思いやり」の心に背を向けるのです。
結果、感情の侭、刹那に生きたり、人を人として認めず無視したり、
自分一人の世界へ閉じ籠る引き籠り、いじめ、ハラスメントの起因・誘因になります。
今後の少子高齢化社会に必要な人と人との繋がりを創るのは「思いやり」の心です。


【思いやりの名言】 美輪明宏氏

自分に思いやりが足りない人ほど相手に思いやりを求める。

自分の言葉が相手を傷つけていないか、まず反省してみる事。


(参考)
「思いやり(遣り)」  (国語辞書検索 goo辞書)
1 他人の身の上や心情に心を配ること。また、その気持ち。同情。
2 想像。推察。
3 思慮。分別。
[思いやり解説]⇒意義素(=夫々の言語単位に一定して結びついている意義)
・配慮(思遣り)→相手の気持ちを察し、気付くこと。(心遣い・洞察)
・思慮→人の身について考え、思い巡らす(想う)こと
・同情(≒立場転換)→相手の立場や気持ちを理解しようとする心
知恵→体験や知識を現実に応用出来る能力
・おもてなし→相手を心から歓迎しようと思う気持ち
・利他心・心尽くし→他人のために尽くす心
・配慮→他人を慮る(オモンバカル)気持ち
・想像→自分以外の者がどう思考するのかを考える



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