#おもてなし は「心の礎」 (旧・接客マナーは心の礎) 目配り・気配り・思いやり(≒心配り) ☜私見投稿-[3]

#おもてなし は「心の礎」 (旧・接客マナーは心の礎)

人を心から想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは「おもてなし」の『心』です。
20178-1.jpg


クローバ横

当ブログ&Humane-Project「礎」の御案内横

コンセプト おもてなし講座s

ハート無題1s #思いやり ってどんなこと? ハート無題1s

※各文字をクリックして戴くと内容が御覧になれます。
クローバ横
金色3線

当ブログに御訪問戴き、誠に有り難うございます。

この心の礎に載せてある「人の心」や「対人関係」の記事は壮年に至るまで先々のことや人の心や思いを意識せず、
目の前の「楽」やその時の感情・我欲を自制出来ず、刹那に生きてしまった、と自省のキッカケとなった壮年後の
学びから気付かされた他人への「想像力や心に関わる心」の在り方、持ち方などを過去の実体験に照らして知った
知識や智慧など,御覧戴く皆様の今後の社会生活や仕事上で僅かでも役立てて頂けたらと考えて載せております。
ですから書いている私が記事内容の総てが出来るのではなく甘く見ても2~3割程度しか生かして使えません。
思いやりや礼節・感謝・誠実などの心に関する項目は「対人関係」上の参考資料として使って戴けると幸いです。

私的利用外の文章・写真のコピーや転載は御遠慮下さい。教材や営利を目的とした無断引用転載は禁止です。
尚使われる場合は記事の右横、Categoryの上にある「問合せMail」にてお名前・連絡先・目的をお知らせ下さい。

金色3線

主観・客観と目配り・気配り

     ・思いやりについて-3.(主観内面外面)


お薦め度【★★★★】全業種、業態用

主観外面内面



    多くの人との関わりから、人と触合いや何事も実体験なくしては、
    の相手の本質(本心)は解らないと学び知り実感し痛い思いもしました。
    ですから容易く人や物事、事象の批判や評価は口にしてはならないと学びました。

    わたしの場合、人生後半で学んだ「思いやり」で発した言葉が
    要らぬ誤解や感情を害したなどと言ったことも幾度かあります。
    振返ってみるとその殆どが、押しつけがましい言葉使いや、
    人として○○すべきではないでしょうか、と言った
    相手の弱い処を突いてしまったことに因ると思われます。
    そして、それがコミュニケーションの障害になった場合もあります。


    さて、人の主観・客観、性格や能力は、外見だけでは到底判り得ません。
    現代社会は、他者の目や思惑を気にし過ぎるばかり、
    己の本質を偽り、日本人の心と言われる「侘び寂び」の心を失い、
    虚飾や虚像と考えられる自分自身の外見や対人テクニック
    を優先し身に着けたがる傾向があります。

    最初は本質を偽って着飾り「素敵」に見えたとしても
    数ヶ月経てば虚飾や虚像の中身は露見してしまうものです。
    このことは若かりし頃、女性との付き合いで実体験しました。

    最初の頃は、フェミストぶって恰好いい表面(虚飾)の付合い、
    触れ合い深くなると醜い利己の本質(虚像)が相手に知られ
    その結果、大切な人を失った苦く辛い寂しい体験をし、
    他の人が苦い思いをしている事例を沢山見てきました。
    私の場合、今顧みると“主観”だけの自己中な言行態度やその会話、
    同時に自分を愛さず“自心に嘘や言訳をして偽っていた”と自省しています。

    一方日常生活や社会・会社の対人関係では、
    口ではお世辞を言うのに内心では人を馬鹿にしていたり、
    外では道徳の大切さを話すけど自分は道徳に従わなかったり、
    自分の家は汚いのに他人の家の汚さの文句を言ったり
    他人には優しいのに家族には威張っている、
    といったことを体験されたことがないでしょうか?

    意思や思考の食い違いがあること事態は人間として当然ですが、
    吟味した侭にしておくと、そのギャップが大きいのは良くありません。
    何かをする時に、言行不一致と言われている、
    思っていたり、言っていたりすることと、
    実際に行動していることって結構違う場合があります。

    これも“主観”の誤った判断基準や表現方法の表れとして、
    他人を見る時や話を聞く際の基準と自分自身への基準が
    異なり変わってしまうことがあります。
    人は自分が一番大切ですから仕方ありませんが
    こういった意識を続けていると対人関係が上手くいかず
    引き籠りや孤立してしまうもあることを自覚することです。

    また、文章を書く時にも、思ってもないのに、
    自分がよく認識していないことや思いつきで
    書いていてしまうことも多々あります。
    これも“主観”が強いことの表れだと思われます。

    人は、多少なり外面(ソトヅラ)と内面(ウチヅラ)が違っているのは
    夫々の個々の感情や感性を備える人である以上仕方のないことです。
    ТPОに合せ、外面を変えないといけない場合もあるので
    外面を気にしてはいけないと一概には言いきれません。

    自らの心が変な暴走をしないように防ぐためにも、
    自分の本質を認識し外への“主観”の表し方をコントロールしながら
    内面外面は多少異なるといつも意識しておいた方が良いと思われます。

    さて、主観が強く外面と内面が大きく異なる人に共通することは、

     なんでも頭だけで考え、解決しようとする
     愛されたい気持ちが強い
     人に求めて、自分は行わない

     求めるばかりで与えない
     立場転換意識が持てない(相手の気持ちに寄り添えない)
     感情の赴くまま刹那に生きる

     私利私欲、煩悩を自制出来ない
     負けず嫌いである
     傾聴力に乏しい

     自己開示をしない
     自分と真摯に向き合わない
     謙虚さに欠ける

     本音を漏らさない
     笑いでごまかす
     曖昧な返事で答を出さない

     偽りの謙遜をする
     自分のものさしを変えない
     プライドが高く己の否を認めない

     時間管理に欠如する
     外への自己逃避の活動が多い
     認めて貰いたい意識が強い

     自己開示は避ける
     生立ちから来る淋しがり屋である
     自己誇示・誇張のために着飾る

     自己顕示の言動や態度をする
     知識やスキルをひけらかす
     「してあげた」言動が多い
    ・・・・めなど多々あります。

    各項目に☑現在の自他の言行や態度を観察したり顧みたりするのに使えます。


    【外面・内面】—辞書検索

    *外面(ソトヅラ) 1 物の外側の面。がいめん。2 他人との応対などに見せる顔つきや態度。
    *内面(ウチヅラ) 1 家族や内輪の人に対する顔つきや態度。2 物の内部。内側。


    以下、目配り・気配り・思いやり(≒心配り) ☜私見投稿-[4]に続く
    関連記事
    スポンサーサイト
     

    コメント
    この記事へのコメント
    コメントを投稿する
    URL:
    Comment:
    Pass:
    秘密: 管理者にだけ表示を許可する
     
    トラックバック
    この記事のトラックバックURL
    http://projectishizue.blog60.fc2.com/tb.php/3196-0e399aaa
    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
    この記事へのトラックバック