接客マナーは心の礎 (おもてなしの心)  目配り・気配り・思いやり(≒心配り) ☜私見投稿-[4]

接客マナーは心の礎 (おもてなしの心) 

人を想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは人との「和」「おもてなし」の『心』です。
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ハート無題1s #思いやり ってどんなこと? ハート無題1s

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主観客観と目配り・気配り

        ・思いやりについて-4.(正しい判断基準)


お薦め度【★★★★】全業種、業態用


    正しい判断基準

    正しい主観客観⇒思考(意識)と判断(基準)

    ■思考と判断のポイント

    1.人として何が正しいのかを判断する(道徳・倫理感)
    2.原理原則を弁え、正論を導き出す
    3.公正、公平に判断する

    4.無私に徹する(好き嫌いの感情を自制する)
    5.利他、誠実、正義、勇気、努力、博愛と言ったことを認識する
    6.適正な判断のタイミング(ТPО)の認識する

    7.強い意志力を備え持つ
    8.悲観視や楽観視をせずに客観視する
    9.同情や感情論を捨てて決断する(決める)

    10.論理を元に、正確な状況判断と分析する
    11.原理・原則・原因から判断する
    12.自心(本質)に嘘偽り、言訳などせず真摯に向き合う

    ※自分はいつも判断を間違えてしまうと言う人は、
     謙虚に自らの持つ弱い判断力では、仕事に必要とされる判断が充分に出来ないと自覚して
     「正しく判断が出来る人に謙虚に助けを求め、サポートして貰う」と言う自らの気付きも大切です。

    ■『正しい主観客観⇒思考と判断は

    日本の民主主義の社会制度は、個々人によって『正しいと考え、思うことは異なる』と
    言うことを大前提にして作られ、活かされています。
    古から正しいと決られている物事や全員が『正しい』とされることが『正しい』のであり、
    「自分が決めたから『正しい』「自分が正しいと思うから正しい」という利己的な理屈
    「自分は全員である」ということになり、社会通念上では有り得ないと言うことです。

    いつの時代でも言われることですが、
    「今の若者は・・・」とか「時代が変わって感覚が変化したから」と言われます。
    また、年齢差などによって感性が大きく変化し、
    人として成すべきことを「当たり前」、『正しい』と思考し伝えると、
    「見返りを望み求める」とか「押し付けがましい」、
    「今の時代に合わない」と言われることも間々あります。
    言い換えるなら『正しい』という判断基準も、時代の進化と共に
    意識や通念が大きく様変わりしていることの表れだとも考えられます。

    しかし、私たち日本人はそういった風潮に日本独自の文化や
    歴史を感がえず簡単に妥協してしまって良いのでしょうか?

    私見ですが、どんなに時代が移り変わろうとも、
    人である以上、正しいと言う『心』は不変だと思えます。
    日本国内では、阪神や東日本震災後、
    「自分の為より、誰かの為に」
    というような思いやりの利他の心、人と人との結び付や繋がり方、
    婚活や様々な省エネ(エコ)への取組などにも表れているように、
    各々の人の持つ『正しい』(≒当たり前)と思っている心の持ち方や
    主観客観を以て成す判断基準に様々な変化が見られます。

    このような風潮は、人々が人の心の原点に立ち返る大切さに気付くことで、
    今迄の自分自身が「正しい」ことと考えていたこと、
    判断してきた元となる主観客観を見直した証だと思います。
    即ち、主観を捨てて客観的に現実の有りの侭の姿を受入れ、
    公平に物事を判断することで「正しい」判断基準が導かれます。

    人間の素晴らしいところは、自心や思考、捉え方が間違いだ
    と気付いたら見直し、改善する修正能力を備えていることです。
    また、主観・客観も歳を重ね経験を積み知恵を得ること、
    おかれている立場の変化、人との触れ合いの多少により育まれます。

    下の続きを読む八正道(はっしょうどう)の解説を載せてあります。


    以下、目配り・気配り・思いやり(≒心配り) ☜私見投稿-[5]に続く。



    八正道(はっしょうどう)【以下、仏教の教えより転載】

    釈尊は四苦八苦を含め「苦」を滅する方法として
    八つの正しい道を解き明かしました。
    それが、正見・正思・正語・正行・正命・正精進・正念・正定の方法です。

    これらすべての方法に「正」の字がついていますが、
    正しい」とは「真理に合った」・「調和のとれた」考えや見方、行動をさし、
    小我「自分本意」にとらわれて、自分自身を過大評価し、
    不平・不足・不満などの苦の種をつくらない大きな立場で
    物事を判断できる人間となる事を示す道として解き明かしたものである。

    また、ものの見方には現象に現れた差別の見方や前記した大きな立場からの
    「平等だけの見方」のどちらに偏っても正しい見方とはいえないのです。
    ここでなぜ「平等」の見方だけで正しくないのかという疑問が湧くかもしれませんが、
    物の本質として現象に千差万別の差別の実相を現すには、
    それなりの原因や条件があり理由があり無視する事はできないのです。

    このように差別の見方にも偏(かたよ)らず、平等の見方にも偏らない、
    両者を総合したとらえ方が本当の「正しい」見方や捉え方と言えます。
    これを仏教では「中道」といいますが、これは一方に片寄らない、
    ちょうど真ん中という意味ではなく、その時々の真理の条件・立場に
    合った最善の方法の見方や考え方という事です。
    この考え方や見方は法華経の「妙」を現すものです。

    1.正見
    自己中心的な見方や、偏見をせず中道(一方に片寄らない、
    真ん中という意味ではなく、その時々の真理の条件・立場に
    合った最善の方法)の考え方の見方をすること。

    2.正思
    自己本位に偏らず、真理に照らし物事を考えること。
    例えば貧欲(自分だけの為に貪る心)・
    瞋恚(自分の意に添わないと怒る心)・
    愚痴(不平・不満などの邪心で小我を通す邪な心)
    という「意の三悪」を捨て去り、物事を考えること。

    3.正語
    恒に真理に合った正しい言葉使いや正しい言葉で書き表すこと。
    社会生活の上で慎まなければならない事で妄語(嘘)・
    両舌(都合や立場で使う二枚舌)・悪口(破壊的な悪口)・
    綺語(口から出任せのいいかげんな言葉)
    という「口の四悪」を行わないということ。

    4.正行
    本能に任せるままの生活ではなく、仏の戒めにかなった正しい行いをすること。
    仏が戒めたのは殺生(意味なく、或は楽しみの為に生き物の生命を絶つ事)・
    偸盗(ちゅうとう)・邪淫(道ならぬ色情関係)という「身の三悪」です。

    5.正命
    衣食住その他の生活財を正しく求めること。
    人の迷惑になる仕事や、世の中の為にならない職業によって生計を立ててはいけないこと。

    6.正精進
    自分に与えられた使命や目指す目的に対して、正しく励み、
    怠りや脇道にそれたりしないことで、捉われ過ぎたり偏った精進は
    かえって逆効果になる場合があります。

    7.正念
    正しい(真理に合った)心を持ち、小我(自己本位)による分別をせず、
    物事の真実の実相を見極め、心を恒に真理の方向へ向けること。

    8.正定
    心の状態が真理に照らし正しい状態に定まること。
    腹決めされた決心が外的要因や変化に迷わされないということ。

    ※これらの「四諦」・「八正道」の法門は、
     釈尊が人生苦というものに対する考え方や、その「苦」に対処する
     実践方法を解き明かされた大切な法門ですので、深く心に刻んで頂きたいことです。
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