接客マナーは心の礎 (おもてなしの心)  モラル・マナー・礼儀と調和

接客マナーは心の礎 (おもてなしの心) 

人を想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは人との「和」「おもてなし」の『心』です。
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モラル、マナー(躾)、礼儀を見直す(調和の認識)

この記事は、『誰よりも愛し、大切にしている自分を見失わないで欲しい!』そんな想いで記しました。

お薦め度【★★★★】全業種、業態用

和と言葉


    「世界中が日本の文化、日本人の素晴らしさを認め賞賛しているのに、
    日本人はその良さを失いつつある、それを若者たちに気付いて欲しい」

    と、世界で一番貧しい大統領と言われ親日家である元ウルグアイ大統領
    ホセ・ムヒカ氏も訪日の際に多くの場で話されています。

    現代社会は、自己保身、他人の思惑、見た目の恰好良さや
    心の伴わないパフォーマンスが重視されています。
    そして、楽しくもない自分と「向き合う」ことに背中を向け、
    楽な他人との上辺や形で向き合う傾向が強まっていると思われます。

    日本人の心の原点と言われる「和を以って尊しと成す」は
    人と人の本質の調和の意を表わす文言であると思います。
    これを実社会の対人関係で生かすにはモラル・マナー・礼儀は欠かせません。

    人の心は活動や態度に表れ、それによって相手がどんな人物かがある程度解ります。
    ではどういったことを意識し、どのような態度をすればよいのでしょうか?

    〇マナー☞思いやりの形。触合う人への行儀作法。

    モラル☞社会や個人の道徳・倫理観。

    礼儀 ☞敬意、慎み深さを表す行動や作法。


    対人関係で敬意の表現をするのはマナーやモラルではなく
    その人の心を表す「礼儀」にのっとったものだと考えられます。

    私見ながら礼儀は(=心づかい・心配り)だと言っても良いと思います。
    この「礼儀」を形や物で表すと「贈り物」となり、
    言葉や態度で表すと「敬意表現」と言えます。

    マナーは他人を意識しているだけとは限りません。
    例えば、御飯をお箸で食べるのは人が見ているからではありません。
    モラルは、自分自身の意識(心)が大きな部分を占めます。

    他人が見ていても、観られていなくても
    正しいことは正しいと判断出来ることです。
    言う間でもなくこの「礼儀」は対人関係にとても大切です。
    まとめると、礼儀(=敬意表現)は、相手に対する心づかいです。

    言葉は、発する人の意図する気持ちが正確に伝わってこそ
    初めて相手の心を動かし生かすために使うものです。

    ●マナーは、思いやりを表す形。触合う人への行儀作法。
      =「自他の保護」

    モラルは、社会や個人の道徳・倫理観。
      =「善悪の判断基準」

    ●礼儀は、敬意、慎み深さを表す行動や作法。
      =「心の表現伝達活動」


    例えば、「私はあなたを尊敬しているからこの気持ちを受け取って!」
    「こちらには慎みの気持ちなのに解って貰えない」
    などと押しつけるものではありません。
    いくら自分が英語をペラペラ話しても英語を知らぬ人にとっては
    「音」であり心と心を通わす【言葉】にはなりません。

    同じように「語彙や気持ち」が正確に伝わらないのなら
    会話をしている意味などなくなってしまいます。

    「こちらには敬意があるのだから、言葉はどうでもいい」

    では通用しない相手や場面があるでしょうし、
    また、下手で無理を感じる敬意表現なら、逆効果です。
    使うなら、やはりある程度の知識がなければなりません。
    勿論、聞く方にもその知識がなければならない、ということです。
    相手を尊び敬う礼儀を無しで、形だけの挨拶する人も少なくいと思います。

    敬意の表現は、双方がよく相手を理解した表れとして
    使うのならばとても便利で有意義な表現なのです。

    他人の批判や悪口を言ってしまうというのは、
    人としての軸(礎)が安定していないからだと思います。

    どんなに優れたスキルやパフォーマンス能力を備えていても、
    人としての軸(礎)安定していない限り、
    礼儀や敬意を表す形だけのパフォーマンスは、
    その場その時だけで相手の心に届かないでしょう。

    上の図にある「自分の発した言葉」の裏に隠された意味は、
    前記したマナー・モラル・礼儀を備え持ってこそ成し得ることだと思います。


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