#おもてなし は「心の礎」 (旧・接客マナーは心の礎) Nippon人力 「侘寂」の心

#おもてなし は「心の礎」 (旧・接客マナーは心の礎)

人を心から想い、思う気持ち“思いやり”は【心の礎】です。それは「おもてなし」の『心』です。
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この心の礎に載せてある「人の心」や「対人関係」の記事は壮年に至るまで先々のことや人の心や思いを意識せず、
目の前の「楽」やその時の感情・我欲を自制出来ず、刹那に生きてしまった、と自省のキッカケとなった壮年後の
学びから気付かされた他人への「想像力や心に関わる心」の在り方、持ち方などを過去の実体験に照らして知った
知識や智慧など,御覧戴く皆様の今後の社会生活や仕事上で僅かでも役立てて頂けたらと考えて載せております。
ですから書いている私が記事内容の総てが出来るのではなく甘く見ても2~3割程度しか生かして使えません。
思いやりや礼節・感謝・誠実などの心に関する項目は「対人関係」上の参考資料として使って戴けると幸いです。

私的利用外の文章・写真のコピーや転載は御遠慮下さい。教材や営利を目的とした無断引用転載は禁止です。
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 日本人らしさ侘び寂びの心を紐解く

 お薦め度【★★★★】全業種、業態用

侘び寂び日本影付

 日本人の心の源「侘び寂び」という日本人独自の意識(感性)は、
 世界中のどの言語でも、正確に翻訳ができないとても曖昧な存在です。

 この「侘び寂び」は、仏教の教えから派生した概念であり、
 それは諸行無常・苦悩・自然界の空虚さ、
 この三つが関係していると言われます。


 私見ながら「侘び」は不完全なものの魅力、
 「寂び」は経年による魅力と言えます。

 この二つの言葉はともに、
 不完全美と言った否定的な感情表現の場で多く使われています。


 そしてこれは日本人独自の美意識であり、
 自然界にある物や生活の中で触れる物、
 芸術品や美術品など目に映る物の儚さや不完全さを
 受け入れるという日本人ならではの世界観と言え、
 この美意識は理的な西洋文化と異なり
 不完全美・刹那的な描写・未完の美しさでもあり、
 それは様々な形で日本字独自描写、表現にン表れています。

 そして、「侘び寂び」を心で感じることは、
 不完全な物を鑑賞する以上の意味がありあらゆるものは、
 諸行無常≒刹那的だということを受け入れる感じ取ることです。

 この例をいくつか上げると、

 ⦿桜の満開の時期は、1年で数日間、他に類がない最高に美しさでも直ぐに散ってしまう

 ⦿富士山はどこから見ても左右対称ではないが美しい。

 ⦿使い込まれた物や稀しかない紙幣、歴史を感じる物に美しさを見出す
   (日本ならでは美術品や使い込まれた品々などの骨董品収集家が多いことにも表れている)

 ⦿茶道具にある、金継ぎされ使い込まれてヒビの入った茶器、茶道具が珍重される
  ※金継ぎ割れや欠け、ヒビなどの陶磁器の破損部分を漆によって接着し、
   金などの金属粉で装飾して仕上げる修復技法である。金繕い( キンツクロイ )とも言う。

 ⦿取り替えの効かない個性が加わっているから唯一無二の物に美しさを見出し、愛でる

 ⦿四季のある日本では秋になれば、山に生い茂っている木の葉が赤色や黄色に染まります。
  この景色を求め、多くの人が山の散策に出かけ、寺や神社にお参り行くと
  その場その時だけにしか感じ取れない独特の雰囲気を味わうことを美と受け止める。

 ⦿散りゆく落ち葉、こけに覆われた岩など、自然界でも、生き生きとした活気のある
  自然よりも、むしろ命が終わる様に情緒を見つけ出す感性も儚い美しさ。

 ⦿悲観するようなものの寂しい風景、色褪せているような様子であっても、
  そこにはその物や目に映る景色の「独自の美」が存在することを美しさ感じ取る感性。

 ⦿日本の伝統宗教や伝統行事は、見た目の豪華さではなく、
  精神性や静寂を好む傾向があり、これもまた「侘び・寂び」を人々に感じさせます。

 ⦿硬貨は不完全な部分があるものや偉人が使っていたものに価値を認め、
  或いは、印刷ミスのあるプロ野球カードやカード類も価値があると受止める・・・など。


侘び寂びの辞書検索 (出典) 大辞林
 「侘び」は、「侘ぶ」と云う動詞の名詞形で、
 「わびしい、悲しい、悲観する、気落ちする」という意味があり、
 一方「寂び」は「寂ぶ」と云う動詞の名詞形で、この言葉は
 「錆びて行く、廃れていく、古くなる、色あせる」と云う意味がある。
  (出典)終わり 


 日本人は古くから、事象や物事の物悲しい様子の中に美しさを見出したと考えられます。
 それは、ネガティブな不完全美、儚いものを愛する心、この心が、
 日本人特有の「美しさ」を捉える感性を形成していると考えられます。

 一方茶道は、「侘び寂び」という言葉が多く使われその心は生活の中に深く息づいています。
 日本での茶道は古くからありますが、室町時代(1336~1573年)迄は豪華な茶会が主でした。
 その室町時代までは、芸術は豪華で美しい姿が好まれました。
 時代が流れと共に、茶道でも豪華なものを排除し質素倹約が良いとされるようになります。
 このような質素なお茶は、千利休が始めた「侘び茶」と呼ばれます。

 その際に利用される茶室や茶具は、質素で、豪華さとは無縁です。
 茶道では、花を生ける時、豪華に飾りつけることはしません。
 それは、何本もの花を生け花として用いると、
 自然の中に何気なく咲いている状態を表すため、
 あくまでも1~2本の花の個性を生かし、
 有りの侭の状態を出来るだけ表現しようとします。

 日本の茶道は、前記した「侘び寂び」を原点とし、
 現代まで人々に受け継がれて来ました。
 この日本ならではの不完全美とも言える「侘び寂びの心」、
 言い換えるならば、さり気なさ・何気なさと言った、
 自然を大切にする日本人ならではの文化が、
 外見や装飾を重んじている現代の社会で、
 多くの日本人から徐々に忘れられつつあるのは大変残念なことです。

 このような日本ならではの文化「侘び寂び」は、
 次の世代に受継ぐべきだいじな日本の心(Nippon人力)であり、
 日本独自の「もてなし」に欠かせない大切な日本の心です。
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