FC2ブログ

当サイトに御訪問頂き誠にありがとうございます。40年余サービス業に携わり,
その体験で得た仕事やコミュニケーションの技や知恵,学びを載せております。

コロナウイルス感謝s
みんなで力を合わせ和国コロナウイルスss新型コロナウイルス和国コロナウイルスssと戦いましょう

※各投稿へのコメントは「日本語」でお願いします。


#支える 活動!「#安心感」を与え合う

私達は支えられて生きている!

安心感25-20

古より日本では、自らの保身の為や他人の目、
他人の思惑を優先して考えてしまう傾向があり、その結果相手への可否や
イエス・ノ-の返事を曖昧にしてしまうことを美学とする国民性があります。

※少しでもご縁のあった人からのメッセージ・のスルーは
 人として無視する活動であり、相手の心に「闇」を作り出し兼ねないと実感しています。
 可否(是非)をハッキリ伝えることも「#安心感」に欠かせないことです。(⇔相手を立てる)
 接客サービス業や指導する立場の人は極力「スルー」を避けましょう。


現在の情報やパフォーマンスを優先する社会環境は、
「個」を優先し、個々人の安心・安全・保身を大切にする傾向があります。
この「個」を何よりも一番に考えること、言い換えるならば、
一人称である利己的な要素や起因を如何にして解消して、
人は独り、即ち一人だけでは決して生きていけないと皆が考え行動する
社会にして行くかが、これからの日本全体の課題ではないかと思われます。
いつも二人称を意識した思考、言行、態度に心掛けましょう。

同時に、多少に関わらず生き方や人間関係に不安を持っている人達が
一番先に求め望むことは、相手を認めると共に安心感を与え合うことだ
と自覚し、心に留め置くことではないでしょうか。

その様々な不安を解消するための為のキーワードの一つとして、
相手を思いやる利他心とも言える、先ず他者を考え、想い、
その人を大切にすると言う意識を持つことが挙げられます。

それは、人として相手を認めることは勿論、人を大切にする心と行動、
即ち人の原点である『思いやり』と『優しさ』の心を備え持ち、
周りの人々に触合うことだと思います。

その一つのとして、様々な「#安心感」のキャッチボール
を心掛けることが必要であると考えます。

社会生活上で日々の人との触合いやビジネス上でも、
互いが「#安心感」を与え合う意識と活動はとても大切です。

得てして、無意識の内に何気なく発した一言が相手に不安を与え、
強いては自分の不信や損失に繋がることもしばしばあります。

面識や繋がりが希薄な時期出会ったその人との初期の段階は、
特に注意しておくべきです。

寂しがり屋で孤独な人、受け身で積極自発性に乏しい人、
自信や信念の持てない人、自分の外見に自信がない人、
孤独な人や不遇な人、子供や老人、心に闇がある人、
ほどこの#安心感の【キャッチボール】を求めます。

また、この安心感は、人々を幸せに導き、
同時に犯罪を少なくすることにも役立ちます。

例えば、
◍ 相手に伝わるように、「はい」の返事をする

◍ 家庭、職場や会社で心からの挨拶を日に一度は交わし合う

◍ 些細な挨拶でもされたら必ず返す

◍日に一度は、心を込めて挨拶を交わす

◍互いに感謝の言葉「ありがとう」を、心から伝え合う

◍ 質問や問いに、適時適切に答える

◍相手のことを何故の心を以って、観察察知する

◍ メールは、一言だけでも即レスをする

◍ 相手から依頼されたことなどについて、
 断りや承服できないことを曖昧にせず伝える

◍ 報連相を確り行う

その他、何らかのキッカケで
御縁を頂いた方への挨拶メールも
大切なその一つであると思います。

些細な御縁が得られるネットの様々なツール
(ツイッター・フェイスブック・ミキシィなど)で、
面識のない見ず知らずの人からの挨拶メールの有無で、
その人のこちらに対する意識や心(姿勢)が量られている場合が
多いと考えてみることも、時に必要なのではないでしょうか。

挨拶のレスの有無に、取組姿勢や自らの利害意識が
如実に表れると考えられます。

その一例を挙げますと、自分自身に何らかの形で
役立ちそうな人、著名人、ビジネスに繋がる可能性が
ある人など言った方には、進んで挨拶のメッセージや
コメントを送りますが、自利利己的な意識で
関心のない人はシカとして無視してしまう傾向がある
ということも時折あります。

意外と忘れがちな、このようなネット上のツールでの、
「初めまして、どうぞ宜しくお願いします。」の
一言の挨拶メールを交わすことです。

このようなことは、
相手を一人の人間として「#認める}こと、
互いが「#認め合う」こと表れであり、
即ち「#安心感」のキャッチボールです。

また、自分には関係ないと思われる他地域やスキル習得などの
イベントのお誘いやお願い事などを無視しないで、勇気を持ってハッキリ
「辞退します」とか「出来ない」と断ることも、
相手へ不信を抱かせずに済みますし逆に安心感を与え
その人への思い遣りを表わし伝える結果になると思います。

常々このような「#安心感」のキャッチボールが出来るように
心掛け生活して行くことは、自利利他の心を育みます。
捉え方を変えてみると、このようなことは
「#安心感」=「#安信感」に繋がるということです。

日常生活上での「認める心、認め合う心」と「態度」は、
思いやりを表現するひとつの手段です。

例えば、ビジネス上でクライアントに接する場合や場面で、
自己事情や己の甘えや要望を優先した言動や其の場凌ぎの
調子の良い会話、手間を惜しんで楽に逃げてしまったり、
目先の利益を追いかけてしまったりするなどして、
相手を大きな視野(視点)で捉えることが出来ず、
相手やクライアントの奥にある多大な可能性や
無数のマーケットを見逃してしまうことがあります。

このようなことの無いようにするには、
相手やクライアントを大切にする心、
その人(会社)への安心感のキャッチボールに
気遣いと心配りする心を備え持つことです。

また相手やクライアントに、
思いやりの「ものさし」である時間を取ったり、
作ったり出来るかです。 この思いやりの心の大小により、
信用や信頼、絆が生まれるか否かが決まるとも言えます。

そこで、当て字になりますが「安信感」を、
常に意識することをお勧めします。

「安」は安らかな心と安全、
「信」の文字の組立てから、
「人への心を口」から発すると解します。

安心感は、優しさと同様に、与えた人と与えられた
人の心の中に生まれるものです。


そしてその人への安信感(信頼、信用)は、
#思いやりと同様に相手に
自らの思いを相手に伝え届けることであり、
様々な思いを発信することを表わした言葉です。

安心感を発信すること、相手を信じることと共に、
「信」の熟語である
【信用・信頼・信念・信条】の
語句を意識し、表現し言行することです。

但し、この安心(安信)感は、
利他の心から生まれることであり、
「見返りを望んだり、求めたりすること」
ではないと強く自覚しておくことです。

※利他心
 利他心は他人の利益を重んじ、他人が利益を得られるよう
 振舞おうとする、人を思いやる心です。


利他心は自分や自社だけの利益や保身
自利の損得を考えず、先ず、自己犠牲を払ってでも
相手やお客様に尽くそう、という精神の活動であり、
人として最も尊く美しい心である
と思います。

関連記事
スポンサーサイト



Theme: 対人コミュニケーション | Genre: ビジネス

Comment

Leave a Reply





管理者にだけ表示を許可する

Trackback