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基本から学ぶおもてなし-(29)心を動かす

💗感動の「おもてなし」💗

感動おもてなし

触合う相手の心に響き、感性を動かし、
何時までも心に残る余韻を残すことを、

感動のおもてなしと解します。


〇主客一体の「モノ」と「コト」 

日本の「おもてなし」にはあらゆる「モノ」を以って、
その主人のもてなす心「コト」=体験を楽しむ、
即ち、主客一体となってお互いに通わせ合い、
それを成すという利他の意味があります。

このもてなしには姿形としてリアルに目に見えるもの「モノ」と、
決して目に映ることのないバーチャルな心や意識を指し示す「コト」とがあります。

その「コト」は歌舞伎の舞台で言うと、
黒子の心」を以って表現する「態度」「言動」を言います。
詰り「コト」とは、もてなす相手やお客様に接する際、もてなされる側の立場で思慮し、
誠心誠意の心、思い遣りの心で、自然なお世話や気配り、気遣いを影の様に行うことです。

大切な人やお客様、触合いもてなす相手に対し敬意を払い、
思い遣りのお世話の心を以って温かく接する「心」は「おもてなし」と
「ホスピタリティ」は同様な部分があると思われます。

日本独自の文化「おもてなし」と外来の「ホスピタリティ」の違いは、
この「モノ」と「コト」と共に存在する「行動様式」にあると考えます。

〇仏教の教えとおもてなし

[見返りを望まず、求めず、無心の「施し」に徹する、それはおもてなしの心]

日本には、古から仏教の教えの「施し」と言われること(文化)があります。
その一つとして、感謝の「ありがとう」「お陰様」の気持ち(心)を行動で表し示す
身近な実践の教えとして、「無財の七施」があります。

その「無財の七施」は、私達の日常生活に於いて、喩えお金や物がなくても
周りの人々に喜びを与えて行け、少しでも喜んで頂ける方法がある、
との教えを表している「利他の心」とも解せます。

この無財の七施の中に房舎施(ぼうしゃせ) と言う施しがあります。
そこに以下のようにあります。【以下仏教より引用】

訪ねてくる人があれば一宿一飯の施しを与え、労をねぎらうということですが、
これは現代では誰にもと言うわけにもいきませんが他者の労を労う心は人としても大切です。
「お疲れ様」「ご苦労さま」「お陰様で」など
ちょっとした言葉ですがすがしい気持ちになるものです。
四国地方にはお遍路さんをもてなす「お接待」という習慣が残っています。
人を家に泊めて差しあげたり、休息の場を提供したりすることは様々な面で大変なことですが、
普段から来客に対して温かくおもてなしをしましょう。
平素から喜んでお迎えできるように家の整理整頓や掃除も心がけたいものです。
また、軒下など風雨をしのぐ所を与えることや、
雨の時に相手に傘を差し掛ける思いやりの行為も房舎施の一つといえるでしょう。
おもてなしの由来にもこのことが記されています。
【以上引用終り】
この他に、「八正道」や「十の徳目」と言われる数々の仏教の教えも関係していると思われます。
このような仏教の教えも「日本のおもてなし」の成立ちに
大きな影響を及ぼしているのではないかと思います。


💕優しさと表なし
普段の私達の日常生活に於いて、
自分は優しい」と自ら言う人に、本当の優しさを感じ取れたことがありませんし、
そういう風に自分を表現する人には優しい人はいないのではないかとも思います。

日本のおもてなし」も、上記した優しさの表現と同様に、
こちらから「おもてなし」の心を押し付けたり、知らせたりするものではありません。
全身全霊でさり気なく「相手に喜んで貰うために心を尽くす
ことこそ日本独自の文化おもてなしです。

また、目に見える過度の演出や無理のある作られた感動と言った「おもてなし?」で
C.S(顧客満足)を押しつけがましく無理に与えようとするサービスは
本来の「日本のおもてなし」ではないと考えます。

それは日本のおもてなしやホスピタリティ、何れにおいても、
C.S(顧客満足)はお客様やもてなされる側の方々が感じることであり、
与えるものではないということです。
もてなされる側の人々の心の中に、自然に受け止められ、感じられるものだと考えます。

また、「裏表なしの心」は、飲食業、接客業・接遇の仕事だけに限らず、
日常生活上の人との触合いやお付き合いにも当て嵌ります。

今の時代は、多種多様な情報や形として
「おもてなし」の「表」とも言える目に見える微笑や笑顔、
言葉遣い、お辞儀、姿勢、態度)の情報などを、ネットやコンサルタント、インストラクターと
言われ方々等を通して手軽に得られ、身に着けられるようになりました。

しかし、おもてなしをする個々人の個性や資質にぴったりマッチした
「おもてなし」の「コト」の伝達や表現のために、
不可欠とされるその人の心の持ち方・意識や感性まで学ぶことは、
他の人間からの知識や教え、情報だけでは出来ません。

おもてなしの場に於いては、もてなす側、もなされる側は十人十色であり、
外見を始め、内面の心・感情も、常に一定ではありません。
型通りマニュアルだけでは日々触合う人々、大切な人、様々なお客様にピッタリ合った、
互いの心が通い合う本物の「日本独自のおもてなし」は出来ないのです。

出会い、触合う相手の個性にぴったり合ったおもてなしの仕方、
接する人の状況や状態に適合したおもてなしの表現や伝達こそが、
大切な人の状況にお客様の心を動かし、感動、感銘や余韻を与えられるのです。


★サービス業のおもてなし

サービス・おもてなし(ホスピタリティ)・日本のおもてなし

サービス業界に於いて、現在のこの厳しい時代を乗り越える為には、
表なしの裏に隠された心「コト」を客様に表し伝えて行くことが必要です。
モノ」をどのように使い、どの様にして楽しむかと言ったバーチャルなものが「コト」です。
その為には「思い遣り」や「感謝の心」の感じて頂ける、真心の感じられる温かなおもてなしと、
お客様の心に、おもてなしを受けた余韻感銘感動が、何時までも心に残るようにもてなすことです。

優しい目線、柔和で温かな表情でもてなす相手やお客様を観察するのみならず、
常にお客様の気持ちに立って気遣いし、相手の心や感情をいち早く察知することにアンテナを張り、
何らかのアクションがある前に、さり気ない自然な形のお世話の提供をすることは、
あなただけにしか出来ない個性豊かな思い遣りを表し伝える「おもてなし」なのです。

その為にも日々触合う人々、大切な人、お客様の心理を察するために、
ちょっとした仕草や僅かな表情の変化から、
お客様の心を察する鋭い察知力を身に付ける必要があります。
もてなすお客様との心の通い合いには、この様な表に出ない【影の役割】をシッカリ果たすことです。
日本のおもてなし」は、もてなすお客様に思いやりの心を込め、
裏表の無い心「コト」で伝え、触合う相手と心を一つにし(主客一体)、真摯で誠実な態度、
優しい奉仕(施し)の心を以って一所懸命に尽くし、無心で行うことです。

これは、諸行無常を表わした「一期一会」の心と全く同様です。
もてなす夫々の相手やお客様の個性に合わせた、
もてなす側の「コト」の表現や伝達をすることが大切なお客様の心を
動かし、感動、感銘や余韻を与えるのです。
それは、もてなすお客様を敬い、もてなす側の偽りのない心を表し伝えることです。
日々触合い接するお客様に対し、お陰様で、有り難い、と思う裏の「コト」の心を持ち、
心の通うおもてなしをすることが、もてなされる方の心に感動や感銘を生み出し、余韻を与えます。

日本のおもてなしに於ける感動のメカニズムを端的に表現している【世阿弥】の短いフレーズ
秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず」は、まさしく「日本のおもてなしの心」を評しているのです。

おもてなしの別な表現である裏表なしの『」』語は
提供する商品(メニュー)や雰囲気などの既成の「モノ」であるリアルに
目に見える様々な形や所作(言動・態度)を言い表し、
』の語は「コト」と言われる触合う人々、お客様に接するスタッフの裏に隠された、
もてなす相手を思いやる優しい心で相対することを言い表しているのです。
お客様に、心に残る感動と余韻を感じて頂くには、この「モノ」と「コト」の精度をアップすることです。

では、どうすれば、精度のアップが出来るのでしょうか?

それは、「和敬清寂や守破離、一期一会」などのおもてなしの心と、仏教の「施し」の教えを
現場の商品・メニューである「モノ」やリアルなものに照らし合わせながら、
もてなすスタッフ一人ひとりの個性に合わせてバーチャルな「コト」を考え、
新たに創り出し続けることを怠らず、継続して行くことです
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Theme: 仕事の現場 | Genre: ビジネス

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