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余韻の源「感動」

おもてなしの感動余韻

おもてなし感動余韻

触合うお客様や相手が、その人の期待以上のサービスやもてなしを
受けた時や心に感じた時に、その心に自然に生まれる感動の特質から、
対象となる物事を感じ受けとめる人の内面的な心の期待感が付き物です。
極端な喩えですが、
一度味わった感動は、二番が無い

と言うことを意識しなければなりません。
従って、より高い感動のレベルを追い求めるようになり、
その結果、不自然なものとなってしまい兼ねません。

余韻は、人や物の姿や音が目前から消えた後も、
なお体験した人の五感である視覚、聴覚、触覚、
味覚、臭覚に何らかの形や温もりとして意識の中、
心の中にその後も残るものを指します。
それは、自らの心が未体験な何らかの驚き、
感動や感激を与えられることで生まれ、
いつまでも心の中に思い出として残るものです。

感動して頂けるように意識することは、とても大切です。
しかし、感動を意識し過ぎるばかり、感動させることを
前提に思考したり、物事を推し進めたりするような
感動の押売りは絶対に避けなければなりません。
また、感動させることばかりを考え、
その追い駆けっこをすることも避けたいものです。
真の感動を感じて頂くには無心で邪心のない
「さり気なさ」「何気なさ」であるとか、
決して作られたものではない「自然さ」を、
何よりも重んじなければならないと思います。

思いやり」は、触れ合う相手に提供するものであり、
感動は相手が心に受け止め、感じて頂くものです。
このことは、日本文化のおもてなしにも相通じていることです。

様々な演出や客観的な「モノ」(形)によって
不自然に作られた環境、無理に言う感動させる
言葉、仕草と言った、こちらが主となり
能動的に行う主観的な「コト」や客観的な「モノ」で、
半ば強制的に得られる瞬時的な感動、
感激は本物ではないのではないかと考えます。

素晴らしい、本物と言われる物事や品々は、
いつまでも心に残る余韻があります。
感動を味わって頂くことは大事なことですが、
より大切なのはいつでも「お客様の目」を意識して、
お客様に気遣わせることなく観察・察知し、
それに合わせた様々な言動や態度を
自然な形と無心ですることではないかと考えます。
現在成長発展している会社や企業、繁栄している店舗は、
この「お客様の目」や「クライアント目線」を
常に重視し、営業や企業戦略に生かしていることからもよく判ります。

あなた自身やあなたの店舗、会社はいかがですか?

 感動を味わって頂くこと、お客様目線、どちらを大切にしますか?


お客様目線」で三味一体を観察したり、考えたりすることは、
感動とその余韻を味わって頂く為に怠ってはならないことですし、
自らの店舗や営業全体を心技体の夫々で見直すことです。
無理をしたり、何かの対価を望んだりして無理に
作られた物や形は必ず無くなり、崩壊してしまいます。

しかし、相手に対する思い遣りの意識から生まれる
自然で何気ない気遣いの仕草やこれと言った決まった姿形のない
感動から生まれた『』や「意識」(≒余韻)は永遠に不滅であると思います。
このことを日本の文化おもてなしでは、「侘び寂び」と称しています。

相手やお客様の心に響き、心を揺るがす感動は、
「お客様目線」を持つことに常に心掛けると共に
誠心誠意の『まごころ』と相手を大切に思う
相手への『思いやり』が何よりも大切です。

あなたは、物事の余韻、感動の余韻、
言葉に表されていない趣を大切に考えていますか?

素晴らしいマナーは、人としての『思い遣り』を表現し、
伝えるための形であり、感動の源です。
いつまでも心に残る余韻は、一過性の感激や感動では
相手の心に決して生まれないことを認識しましょう。

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