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「信頼」を学ぶ

信頼を学び、理解する

お薦め度【★★★★★

信頼とは疑う余地が無く、信頼した結果が得られなくても

その責任を自分に求めることが出来る状態をも言い表します。

ですから、人は信頼するために、相手を徹底的に疑ってかかる場合も多々あります。

さて、此処で『信頼』を、少し突き詰めて考えてみることにします。

信頼の頭の文字「信じる」とは、真実と思う。信仰する。という意味があります。

真実」ではなく真実と思う」ことを示しているのです。

それには、他人の意見や意思とは関係がありません。

増してや、ハッキリとした根拠になるものも必要ではありません。

人が信じているのはある意味で「その人本人」と言えるのです。

その人が今迄に培ってきた知識・体験など、そしてその様々なことから作られた、

その人独自の個性から判断を下す、

自らが一番得心出来ること。疑っていないこと。」を真実と思うことが、即ち【信じている】ことです。

『信頼』は信じることよりも、更にもっと難しく、安易には出来ないことです。

『信頼』は【信じることを頼る】わけですから、

その対象の人に信じるに足りる根拠が無ければ、その人を信じることも頼ることも出来ません。

人間は同じ事をしていても、信頼の有無、どんな関係かによって、物事や結果についての

見方や意識は変化します。

異なった見方で考えてみると、相手に対して「信頼関係を作ろう」と思って作る「信頼」は

見返りを求めていることであり、信頼とは言えません。

「信頼」は「信じて頼る」ことの以前に、相手が喜んでくれ、温かな気持ちを持って貰うことも

前提の一つとも考えられます。

即ち、信頼は、双方に立場において、

「一方的で無条件に信用していること。」

「受け入れていること。」

「許していること。」

「依存するところに根ざしていること。」


であって時には、双方が噛み合ったり、噛み合わなかったりし、はみ出すこともあります。

また、互いが我慢や自制することもあり、節度も必要、自分の意識や判断と異なることでも

許せること、とも考えられます。

一方「信頼=相手の行動の結果が予測の中にあること」とも考えられます。

ですから、相手の行動の善し悪しに係わらず、予想出来れば「信頼」は成立ちます。

逆に、予想が出来ず、予測不能な行動を取る人は、相手の立場や人間性に係わらず

信頼出来ないと考えられます。

人としての本当の信頼関係は、表面上の仲良しや明るく振舞ったり、心を開いたりするだけで

築かれることではありません。

それは、相手を認めることから始まり、

思いやり誠実さ、厳しさ、自分を指差し、他人を批判しない、

相手の大切を大切にすることなどの様々な心の触合い、

日々の言動や態度の積み重ねによって、

お互いの心の中に少しずつ築かれて行くものです


信頼の基盤とも言える、相手が誠実かどうかは、簡単に判断できることではありません。

勿論、最初から人を悪く見るのは良くないことです。

優しさだけでは、信頼のは作ることは出来ません

前記した、常日頃の極小さな信頼の要素(誠実さ、思いやりなど)の数多くの積み重ね

によって得られるものですから、当然信頼関係を作ることに慎重にならざるを得ません。

例えば、登山の時に命綱を誰かに持って貰うと想定します。

その命綱は誰かに持ってもらわなくてはなりません。

万が一、命綱を持った人が命綱から手を放せば転落して死んでしまう場合に、

その命綱の端を持って貰いたいと、心に想ったり、願ったりする、頼んだり出来る人が

信頼出来る人」なのです。

信頼と信用とは、切り離すことの出来ない深い関係とも言えるのです。

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Theme: 対人コミュニケーション | Genre: ビジネス

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