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亡き父へ贈る「ぼくとお父さんのお弁当箱」(推奨作文)

「お父さん 僕が守るけん」 2010年11月29日 asahi.com の記事より

お薦め度【★★★★★】全業種、業態用
[心に響くとても素敵な内容なので読者の皆様にもご紹介します。]

『おとうさんが病気で亡くなってから三年、ぼくは小学一年生になりました。
おとうさんにほうこくがあります。
きっとみてくれているとおもうけど、ぼくはおとうさんのお弁当箱をかりました。
ぼくは、きのうのことをおもいだすたびにむねがドキドキします。
ぼくのお弁当箱とはしがあたって、すてきなおとがきこえました。
きのうのお弁当は、とくべつでした。
まだ十時だというのに、お弁当のことばかりかんがえてしまいました。
なぜ昨日のお弁当がとくべつかというと、
それはおとうさんのお弁当箱をはじめてつかったからです。
おとうさんがいなくなって、ぼくはとてもさみしくてかなしかったです。
おとうさんのおしごとは、天麩羅屋さんでした。
おとうさんの揚げた天麩羅はせかい一おいしかったです。
ぼくがたべにいくと、いつもこっそり、ぼくだけにぼくの大すきなエビのてんぷらを
たくさんあげてくれました。
そんなとき、ぼくはなんだかぼくだけがとくべつなきがしてとてもうれしかったです。
あれからたくさんたべて
空手もがんばっているのでいままでつかっていた
お弁当箱ではたりなくなってきました。
「大きいお弁当にしてほしい」とぼくがいうと、おかあさんがとだなのおくから
おとうさんがいつも仕事のときに持っていっていたお弁当箱を出してきてくれました。
「ちょっと優くんには、 大きすぎるけど食べられるかな」といいました。
でも、ぼくはおとうさんのお弁当箱をつかわせてもらうことになったのです。
そして朝から待ちにまったお弁当のじかん。
ぼくはぜんぶたべることができました。
たべたらなんだかおとうさんみたいに、
つよくてやさしい人になれた気がして、おとうさんにあいたくなりました。
いまおもいだしてもドキドキするくらいうれしくておいしいとくべつなお弁当でした。
もし、かみさまにおねがいができるなら、
もういちどおとうさんと、おかあさんと、ぼくといもうととみんなでくらしたいです。
でもおとうさんは、いつも空の上からぼくたちをみまもってくれています。
おとうさんがいなくて、さみしいけれど、
ぼくが家族の中で一人の男の子だから、おとうさんのかわりに、
おかあさんと妹を守っていきます。
おとうさんのお弁当箱でしっかりごはんをたべて、
もっともっとつよくて、やさしい男の子になります。
おとうさん、お弁当箱をかしてくれてありがとうございます。』


()この記事は、第4回「いつもありがとう」作文コンクールで
 広島市立中島小学校1年の片山悠貴徳(ゆきのり)君(7)が最優秀賞に輝いた。
 全国3万3421点の応募作から選ばれた。
 東京で表彰式があり、悠貴徳君が作文を朗読。参加者は目を潤ませた。
 悠貴徳君は母・恵津子さん、妹の乃莉子ちゃん(4)の3人暮らし。
 作文を8月中旬に書いた。
 夏休みの自由研究で、お父さんのことを書きたいと恵津子さんに言った。
 父の俊作さんは2007年3月19日、心臓発作で亡くなった。27歳だった。
 生前使っていたダイニングの椅子に座り遺影がある仏壇の前で3時間かけて作文を書いた。


さて、皆さんは上記の作文を読まれて、どの様に感じられましたか?
優しさ思い遣り感謝以外にも、これから大人になり生きて行く上での意思の明確さ、
一人の人として義務責任感、心と体の成長と言ったことなども含まれていると思います。

現代社会で失われがちな人と人との繋がり作りに無くてはならない心の持ち方として
大切な人の大切を大切にする”ことの重要性が現れている作文ではないかと思います。

この悠貴徳君のような子供達の将来の為にも、私達大人は心豊かで思いやりのある社会
残して行かなければならないと、改めて考えさせられるこの作文でした。

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